そぞろ神の物につきて―日本列島徒歩の旅の記録

  (2008年 日本海側)
  (2011年 四国八十八ヶ所)
  (2014・15年 太平洋側)

2014年 徒歩の旅 第22日  広島市・ユースホステル レイノ・イン広島平和公園へ

2015年12月13日 | 2014年太平洋側の旅-前半
4月1日(火) 晴 (岩国市・ホテルAZ山口岩国店
             ~広島市・ユースホステル レイノ・イン広島平和公園)





4時55分、出発。久しぶりの暗い中の早朝行動。時間が早いため朝食のサービスはなし。
明けの明星が東天にあり。月はなく寒い。国道2号線を北上する。
瀬戸内の動脈ゆえ長距離輸送の大型トラックがしきりに行き交っている。

5時35分、小瀬川にかかる栄橋を渡って


広島県大竹市に入る。空はだいぶ明るくなったが、足元は要注意。


6時、JR山陽本線の線路の向こう側にはJR貨物の貨車が止まっている。もうだいぶ明るい。


反対側、三菱レイヨンの工場。


桜、満開・


6時20分、朝日が昇ってくる。


ちょっと国道を離れて、海岸沿いを行く。


7時、玖波漁港。




7時10分、すっかり明るくなってくると、広島湾には牡蠣の養殖の筏が並んでいるのが見える。


7時15分、廿日市市に入る。右手、宮島が大きい。


7時30分、八坂山隧道。


貨物列車通過。


7時50分、宮浜。牡蠣の販売あり。
生牡蠣、大野のアサリ販売、などの広告がある。

小さな漁港が続く。






8時5分、大野浦駅通過。相変わらず肌寒いので、フリースの手袋をして歩いている。

宮島との間の海は、大野瀬戸というようだ。




9時10分、安芸の宮島の朱塗りの鳥居が遠望できた。


フェリーも見える。明日は休養日として、あのフェリーに乗って宮島を観光・見学の予定。


9時20分、「宮島焼窯元、山根対厳堂」という店。厳島神社の対岸にあるから、ということだろう。


9時25分、JR宮島口駅。


9時50分、広電阿品駅通過。

10時、広島電鉄宮島線。


海きらめく。やっと暖かくなる。


10時10分、火立岩跡。毛利元就と陶晴賢との間で行なわれた厳島の戦い(1555年)における、毛利軍出船の跡。元就は、3000の兵を率いて対岸の地御前に陣を進め、夜、折からの暴風雨をついて、荒れ狂う怒涛の中に出発したといわれている。


すぐに西広島バイパスへの分岐。要注意。広島宮島自転車道路(宮島街道)を海に沿って進み、


11時10分、広島市に入る。


12時、八幡橋にて八幡川を渡る。


12時30分、西部埋立て第八公園にて、昼食休憩を兼ねて20分間小休止。

13時20分、埼玉から歩いて来たという僧侶の恰好をした青年に会う。お互い頑張ろうと挨拶しあった。

13時30分、バイパスと合流。








旭橋にて太田川放水路を渡る。水量多し。






市電。広島に来たという実感。


14時10分、新住吉橋で太田川を越える。


14時30分、平和記念公園に着く。




チェックインの16時までまだ時間があるので、平和記念資料館を見学。前回の旅以来の2回目だが、やはり衝撃的である。




外国人もかなりいた。彼らを通して各国に反核兵器の意思が広がることを願う。


その後、公園内を散策、休憩。

16時10分、ユースホステルレイノ・イン広島平和公園に着く。宿泊、素泊まり2400円。
前回泊まった広島ユースホステルは、休館中で利用できず、こちらにした。
隣のベッドの青年はイギリスからきて、2か月間日本各地を巡っているとのこと。彼は日本語が全然できないので、こちらのカタコト英語ではなかなか意思疎通ができないところがもどかしい。

歩数  58835歩  (累計  1231656歩)
距離  40km    (累計  807.5km)
費用  4201円   (累計  109566円)

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