そぞろ神の物につきて―日本列島徒歩の旅の記録

  (2008年 日本海側)
  (2011年 四国八十八ヶ所)
  (2014・15年 太平洋側)

琵琶湖一周 まとめ

2018年02月12日 | 2018年琵琶湖ー周
2018年 琵琶湖一周 まとめ





 小生、これまで主に日本列島の海岸沿いをぶらぶらと歩いてきて、長崎県と沖縄県以外は自分の足でその地を踏みしめ、その地の風にあたってきました。この間の旅で通らなかった長崎県については、かつて学生時代の友人の結婚式で、佐世保市と長崎市にいったことがあります。

 その他は8つの海無し県ですが、
①、奈良県は、母が生前にカミさんと3人で旅行に行ったことがあります。あっ、修学旅行でも行ったことがあったっけ。
②、栃木県は、奥鬼怒、那須、日光、足尾の山に登りました。
③、群馬県は、谷川岳、尾瀬などに、
④、埼玉県は、奥秩父に、
⑤、山梨県は、富士山と南アルプス、八ヶ岳、奥秩父などに、
⑥、長野県は、北・中央・南アルプスや、八ヶ岳、戸隠、姨捨山などに登りました。
⑦、岐阜県については微妙なところですが、北穂高岳の滝谷の岩場や、槍ヶ岳から西穂高岳への稜線歩きの際に、部分的に飛騨側へ下りました。
 そして、⑧、今回琵琶湖を一周し、滋賀県の地も踏みしめ、土地の風を感じて来ました。
 これで、沖縄県を除いて、全国1道1都2府42県を歩いたことになります。

 60歳で定年になるまで、上信会越の山や沢以外は、居住地(東京南部・川崎市)と職場(大田区)という多摩川を挟んだ小さな範囲をほとんど出ることなく生きてきたことを考えると、70歳までのこの約10年の間にずいぶんとあちこち歩き回ったものだと、われながらいささか感慨もわいてきます。外国へは死ぬまで行くことはないでしょう。もし機会があれば、国内で唯一残された県である沖縄県へは行ってみたいと思いますが、はてさて‥‥。
 
 今回もお付き合いくださいまして有難うございました。
                                   以上


琵琶湖一周 第8日目 川崎(自宅)へ

2018年02月12日 | 2018年琵琶湖ー周
1月22日(月)曇のち雪 道の駅あじかまの里~川崎(自宅)



ビワイチ観光ウォーキングマップ 13


14





昨日の計画通り、4時半に起床し、一気に帰宅の体制。雨は止んでいた。食事、撤収、パッキングをして、

5時45分、まだ暗い中を出発。

7時、藤ヶ崎トンネル、賤ケ岳トンネルとぬけて田園地帯へ。


7時10分、余呉川に沿って琵琶湖方面へ。矢羽のマークや矢印はビワイチのサイクリング用の目印。


8時、片山トンネルを抜けて、再び湖岸へ。竹生島がよく見える。


8時30分、道の駅湖北みずどりステーションの先で、小白鳥の群が羽根を休めていた。


8時50分、竹生島と湖上の水鳥たち。



9時10分、左手の奥に伊吹山。


9時40分、近づいてくる伊吹山を見つつ県道331号を歩く。


姉川大橋より、さらば奥琵琶湖。


11時、長浜城。




長浜城跡。




11時10分、コンビニにて小休止、昼食。

11時35分、長浜の大仏。




12時40分、朝妻湊址。




そばに西行の歌碑。
「おぼつかな 伊吹おろしの 風先に あさ妻舟は あひやしぬらん」


12時55分、入江橋交差点で琵琶湖と水鳥たちにに別れを告げる。


あとは一目散に米原駅へ。途中で降雨。駅手前の平和堂でお土産を買う。

米原駅ホームにて、降雪。


13時57分発の「新幹線ひかり」で新横浜へ。
 
隣の岐阜羽島駅で雪が雨に変わっていたので、この分ならうますくれば関東地方は晴れているかもしれない、などと考えていたところ、箱根のトンネルを抜けて外を見たら真っ白な世界が目にとび込んできた。


それでも、若干の混雑と運行の遅れだけで、夕刻無事に帰宅。
関西地方の天気予報しか頭になくて知らなかったが、関東地方には大雪警報が出ていたのだそうだ。夕食時にテレビで、列車の大幅遅延や各駅の大混雑、入場規制の様子などを見た。あやうくギリギリでセーフだった。

歩数  52819歩  (累計  351995歩)
距離  33.5km (距離累計 217km)  
経費  11690円 (経費累計 31778円)※土産代は別


琵琶湖一周 第7日目 道の駅あじかまの里へ

2018年02月12日 | 2018年琵琶湖ー周
1月21日(日) 晴のち曇のち雨 源氏浜~道の駅 あじかまの里



ビワイチ観光ウォーキングマップ 10


11


12


13


7時20分、日の出。


左手には竹生島。


7時30分、出発。

道の駅しんあさひ風車村はリニューアル工事中。

7時40分、琵琶湖治水の先覚者である藤本太郎兵衛の像。




その後は、県道333号沿いの自転車道をずっと歩く。




明日は雪の予報だが短い行程なので、木之本と高月の街を散策し、長浜の国民宿舎でゆっくりと風呂に浸かって、翌日のんびり帰るつもりでいたが、予約の電話をすると、全館定期点検とかで休業、との返事。里心がついてしまい、それなら雪の中の中途半端な時間でのテント泊よりも、一気に歩ききってしまおうと方針変更。

途中から、水鳥の写真を撮りに来ていた、高齢男性のアマチュアカメラマンと話しながら近江今津まで一緒に歩く。湖北地方は、少子高齢化で過疎になりつつある、とのこと。この先のルートの様子を教えてもらう。

9時20分、今津港の琵琶湖周航の歌の碑。


9時30分、近江今津駅のそばの「琵琶湖周航の歌資料館」へ。この歌は、1917年(大正6年)初夏の夕べ、旧制第三高等学校(現在の京都大学)ボート部所属の小口太郎が琵琶湖周航2日目にここ今津の宿で仲間に詞を披露したのが始まり、と。


10時15分、今津浜。竹生島がよく見える。


10時30分、左手、雪をつけた湖北の山々。まだ青空が見られた。


11時5分、沢山の水鳥が乱舞。


11時15分、百瀬川井川尻橋から上流方面。


マキノサニービーチで小休止。途中で挨拶をしたお婆さんが、「お寒いですねえ」と。今日は本当に寒い。

12時15分、「鮒寿し製造元魚治」前を通る。「魚治」は、1784年(天明4年)創業の鮒寿しの老舗。


12時30分、海津の街を回り込んで、海津大崎に向かう。湖岸に桜の大木多し。春は桜の名所、と。


13時、海津大崎。


釣りをしている人に聞いたらブラックバスねらいだ、と。

13時30分、長浜市に入る。琵琶湖一周達成が近づいた感じ。この辺りは奥琵琶湖というようだ。


その後は、雨が降ったり止んだり。一時強く降り、JR永原駅にて雨宿りがてら小休止するも、寒くて落ち着かず、いっそ歩いていた方が温まると、再び雨中を歩く。

景色の写真も撮らず、雨の中を闇雲に歩き、第二岩熊トンネルをぬけて、

16時30分、コンビニにて食料調達。

コンビニの隣に道の駅があったのだが、辺りは暗いし気が急くしで見落としてしまい、そのまましばらく行ったところでどうもおかしいと気づき戻る。40分間のロス。

17時10分、道の駅あじかまの里に到着。すでに営業終了したパン屋さんの前の庇の下にてテント。

歩数  52151歩  (累計  299176歩)
距離  32.5km  (距離累計 183.5km)
経費  210円    (経費累計 20088円)



琵琶湖一周 第6日目 源氏浜へ

2018年02月12日 | 2018年琵琶湖ー周
1月20日(土) 晴ときどき曇 清林公園~源氏浜



ビワイチ観光ウォーキングマップ 9


10


清林公園は、「相撲四十八手の基礎をつくった今日の相撲道確立の第一人者である」志賀清林を記念してつくられた公園とのこと、また行司は今は式守・木村家であるが、志賀家がその始祖だったとのこと、一相撲ファンとしては初耳で、新しい知識を得た。


それと、昨日の到着時に確認したのだが、この公園には「テント禁止」との注意書きがなかった。琵琶湖畔は、ここまで歩いてきたところでも、バーベキューと花火は禁止とあったが、「テント禁止」と明記されたところは気づかなかった。野宿派にはうれしいかぎり。ちなみにここまでホームレスの姿も一人も見かけなかった。

7時出発。再び湖方面へ。


7時15分、松の浦の日の出。


歩行者自転車専用道路(びわ湖レイクサイド自転車道)を歩いていたら、いつの間にか近江舞子駅近くまで行ってしまい、犬と散歩をしていた男性に教えてもらい、雄松崎に向かう。


8時50分、雄松崎。


近江舞子浜。正面は舞子港。


近江舞子水泳場のこの立て札の意味するところは何だろう? 7月8月以外はテントOKということでよいのかな?


道端に万葉集歌碑あり。
「ささ波の比良の都のかり庵に尾花乱れて秋風そ吹く」


内湖の向こう、比良の山並みと特急列車。


10時15分、高島市に入る。気温5℃の表示あり寒し。


10時25分、「うかわファームマート」にて、名にし負う「鮒ずし」の小型のものを買う。織田信長と明智光秀との確執のもとになったとのいわくつきの琵琶湖の珍味、とのこと。




10時45分、白髭神社へ。


本殿。




若宮社。


芭蕉の句碑。
「四方より 花吹入れて 鳰の湖」


湖中に大鳥居。この写真を撮るには、神社の境内からは無理で、「横断禁止」の立て札を無視して県道をわたる必要があったのだが、自動車が停まって待ってくれた。


11時10分、県道を左にしばらく上ったところに鵜川四十八体石仏群。




11時50分、コンビニにて小休止。昼食および食料の調達。

12時10分、近江高島の商店街を通ると、


造り酒屋あり。良い香りが漂っていた。


12時15分、四高桜の碑。四高桜と石碑あり。これは、昭和16年4月6日、旧制第四高等学校(現在の金沢大学)のボート部員が萩の浜沖で遭難死したのを悼んで建てられた慰霊碑。


この先、県道304号に沿って、四高桜に因んで桜の若木が植樹されている。霧雨が降ってくる。

12時40分、萩の浜で日が差してきたので大休止。昨夜の結露で濡れたフライなど干したあと、湖の波の音を聞きながら、「琵琶湖周航の歌」など口ずさみ、ゆったりのんびりとしばし寛いで過ごす。


14時30分、急に雨足が強くなり、寒風も吹いてきたので、折よくあった安曇川浜園地のトイレの庇の下へ。
園地には車中泊の男性がおり、雨宿りがてら30分ほどお喋り。話好きな面白い京都のおじさんで、彼の身の上話やこの近辺の情報など聞く。ウィスキー入りのコーヒーをご馳走になった。雨がやみ出発。

16時、源氏浜のあずまやの下にテント。
キャンプはこの先の六ッ矢崎浜のオートキャンプ場へ連絡するようにとあったが、自動車でもないし、どうせ冬期休業だろうと考えて、無視することにした。テントに西日が当たって暖かいので、中で素っ裸になってアルコールウエットティッシュで体中を拭きまくった。

そう言えば、高島市に入ってからは、あちこちの浜辺でキャンプ禁止の表示が目立った。

夕食時、昼間買った鮒ずしを食べた。独特の臭いよりも、塩味がきつかったという印象だ。


歩数  44085歩  (累計  247025歩)
距離  28.5km  (距離累計 145km)
経費  1401円   (経費累計 19878円)


琵琶湖一周 第5日目 清林公園へ

2018年02月12日 | 2018年琵琶湖ー周
1月19日(金)曇のち晴 道の駅びわ湖大橋米プラザ~清林公園



ビワイチ観光ウォーキングマップ 7





6時30分、出発。まず比叡山へ向かうこととし、暗い中をJR堅田駅へ。

駅で、コインロッカー2つに荷物を分散させてなんとか入れ、傘だけは入らないので持参。湖西線で比叡山坂本駅へ。下車して比叡山へ向かう。

7時40分、日吉神社の大きな鳥居をくぐる。正面が比叡山方面。


穴太衆積みの石垣。「穴太衆」は、戦国時代に活躍した石工の技術者集団。城や寺院の石垣は彼らの手になるものが多いそうだ。




坂本ケーブルの駅へ行ってみたが、始発は8時30分だったので、徒歩で上ることにする。

8時、参道の石段へ。


途中から、京都の大原へ続くハイキングコース(古い参道)になり一汗。


9時5分、法然上人得度御舊跡。




9時10分、延暦寺会館で入山料700円。








天台宗総本山である比叡山延暦寺は、「東塔」、「西塔」、「横川」と三つの地区に分かれており、「横川」までは北へ4キロあるので、今回は時間の都合上、東塔と西塔を巡拝することにした。


すぐに出世大黒天堂。




文珠楼。


延暦寺根本中堂は保存修理中。




修理中だが、堂内を見ることは可能。修行中でも自由に中へ入ってよいとのことで入ると、暗い中、本尊の薬師如来の前で一人の僧侶が読経していた。さすがに天台宗の総本山で重々しい雰囲気に圧倒される。

根本中堂改修のあらまし




根本中堂の変遷と見どころ


「比叡山が生んだ高僧」として、法然、栄西、道元、親鸞、一遍、日蓮らのビッグネーム。空海(真言宗)と最澄(天台宗)について、空海は個人として余りに偉大だったため、その後彼と並ぶ名僧は真言宗の中から出なかったが、最澄は仏教を学ぶことを重視したため、比叡山で天台宗を学んでその後鎌倉仏教を起こした僧が何人も現れた、という説もむべなるかな、である。


鐘楼では1回50円で鐘を撞くことが出来る。観光客の集団が去った後、一人で綱を思い切り引っ張って撞くいたら、余韻が2分間も唸っていた。


大講堂。長押には釈迦とその十大弟子、最澄とその弟子たち、その他比叡山ゆかりの名僧たちの大きな肖像画が並んでいた。


戒壇院。




阿弥陀堂。




東塔。


吉井勇の歌碑があったようだが見落とし。比叡山にちなんだ吉井勇の短歌の紹介。
「雷すでに起こらずなりぬ秋深く 大比叡の山しづまりたまへ」
「雨のなかを浄土院谷へくだり来る 僧ひとりありて深むしづけさ」
「夕空の明りもとめて往きゆけど 釈迦堂みちの杉尽きずけり」


國寶殿見学。500円。






主に平安、鎌倉時代の仏像が沢山保存されていた。書や絵画もあったが、寒くてストーブにあたったりしながら見てまわった。
一昨日の石山寺内覧の500円とは同じ金額でも雲泥の差(俗物根性!)。

その後、西塔にまわり、山王院堂。




伝教大師(最澄)御廟の浄土院。


椿堂。


常行堂と、




法華堂。




常行堂と法華堂は並んでいて渡り廊下でつながっている。力持ちの弁慶がこの渡り廊下をてんびん棒にして、二つの堂をかついだという伝説から「弁慶のにない堂」と呼ばれている、とのこと。

石段を下っていくと釈迦堂。ここが西塔の本堂になっている。




左手の上方に鐘楼。


若山牧水の歌碑。
「比叡山の 古りぬる寺の 木かくれの 庭の筧を 聞きつつ眠る」




中西悟堂の歌碑。
「樹の雫しきりに落つる暁闇の 比叡をこめて啼くほととぎす」




12時になったので見学は切り上げ、下りはケーブルにしようと駅に行ったら発車したばかり。
乗車券(片道860円)を買って待つ。


ケーブルの展望台からの琵琶湖。




12時30分、ケーブルで下る。


13時、比叡山坂本駅近くのコンビニにて小休止、昼食。

堅田駅へ戻り、コインロッカーにて荷物を回収。パッキングをして歩きはじめる。

県道161号は、琵琶湖大橋交差点から県道558号にかわる。


15時15分、八屋戸浜のパノラマ。






15時50分、湖上に漁業の定置網が見える。


16時15分、琵琶湖から離れ、県道558号沿いの清林公園に着き、一休みした後テント設営。

夜半、頭上にオリオン座が大きく広がっていた。


歩数  39032歩  (累計  202940歩)
距離  17.5km  (距離累計 116.5km)
経費  3060円   (経費累計 18477円)※賽銭と鐘撞代は別。

琵琶湖一周 第4日目 道の駅びわ湖大橋米プラザへ

2018年02月10日 | 2018年琵琶湖ー周
1月18日(木) 晴時々曇のち雨 膳所公園~道の駅びわ湖大橋米プラザ



ビワイチ観光ウォーキングマップ 6








朝起きると雨は上がっており、6時30分から、公園に集まった人たちと一緒にラジオ体操。

7時、出発。

7時5分、膳所城址。


7時10分、近江大橋。


なぎさ公園を行き、


7時25分、太陽が顔を出す。


「北緯35度線と大津湖岸なぎさ公園」の碑。北緯35度戦場には、テネシー州のメンフィスやギリシャのクレタ島、アフガニスタンのバーミヤン、忠ごこの洛陽や韓国の木浦などがあることを知る。


途中で、芭蕉の墓のある義仲寺に立ち寄っていこうと考え、

7時40分、コンビニにて野菜ジュースを買いがてら、義仲寺への道を教えてもらう。

7時55分、義仲寺についてみたところ、9時にならなければ開かないとのことで諦める。




再び湖岸に戻り北上。

8時20分、常夜燈。


お城のような建物は、「滋賀県立琵琶湖文化館」。


琵琶湖観光船「ミシガン号」。


大津港から離れて、三井寺に向かう。で、うっかりしてケータイを起動するのを忘れていることに気づき慌てて起動する。そのため、それまでの歩数はノーカウント。

9時、西国14番園城寺(三井寺)へ。
園城寺が「三井寺」と呼ばれるのは、天智、天武、持統天皇の産湯に用いられた霊泉があり、「御井(みい)の寺」と言われたことに由来する、とのこと。

仁王門。


阿形仁王像。


吽形仁王像。


入山料600円。










釈迦堂。




近江八景「三井の晩鐘」で有名な鐘楼。




金堂。




3人の天皇の産湯に用いられた泉がわくといわれる閼伽井屋。




霊鐘堂の「弁慶の引摺り鐘」 ――「当寺初代の梵鐘で、奈良時代の作とされています。 むかし、承平年間(十世紀前半)に田原藤太秀郷が三上山のムカデ退治のお礼に 琵琶湖の龍神より頂いた鐘を三井寺に寄進したと伝えられています。
その後、山門との争いで弁慶が奪って比叡山へ引き摺り上げて撞いてみると ”イノー・イノー”(関西弁で帰りたい)と響いたので、 弁慶は「そんなに三井寺に帰りたいのか!」と怒って鐘を谷底へ投げ捨ててしまったといいます。 鐘にはその時のものと思われる傷痕や破目などが残っています。
また、この鐘は寺に変事があるときには、その前兆として不可思議な現象が生じたといいます。 良くないことがあるときには鐘が汗をかき、撞いても鳴らず、 また良いことがあるときには自然に鳴るといいわれています。 」――三井寺のホームページより


弁慶の汁鍋。




一切経蔵。






三重塔。




灌頂堂。


微妙寺、三井寺5別所の一つ。


観音堂へ。


正確には、この観音堂が西国三十三所観音霊場の第14番札所。




琵琶湖展望台という所へ行ったが、昔はさぞかしと思えるも、今はビルが立ち並び、琵琶湖はあまりよく見えなかった。

1時間余りで退出。三井寺は広くて由緒あるお寺で、しかも観光シーズンではないので、静かな雰囲気に浸ることが出来た。

さらに、すぐそばの大津市歴史博物館へ。観覧料320円。






八千年前の縄文時代から現代までの、大津の文化と歴史が豊富な資料によって説明されており、とてもボリュームのある展示だった。時間が許せばもっとじっくり見学したかった。

博物館から見た琵琶湖。先ほどのミシガン号が見えた。


こちらも1時間ほど見学し、

11時、ふたたび歩き体制に。

県道161号を辿り北上。

13時、唐崎神社。


近江八景「唐崎の夜雨」の碑。


霊松「唐崎の松」。この有名な老松は三代目、樹齢150~200年、と。




柿本人麻呂の「楽浪の志賀の辛崎幸くあれど 大宮人の舟待ちかねつ」を思い出す。

13時30分、坂本城跡。




そばには織田信長の命によってここに築城した明智光秀の像。


14時50分、スーパーにて食料調達。

その後は車の多い県道161号を辿る。

15時40分、民家の間を抜けて、近江八景「堅田の落雁」で名高い浮御堂のある海門山満月寺へ。


浮御堂。


16時、出島の灯台。他に類を見ない木造の燈台、と。




琵琶湖大橋の近所に住むという女性に案内されて、お喋りをしながら一緒に湖岸道を行き、


16時20分、道の駅びわ湖大橋米プラザへ。今夜はここでテント。


一時、冷たい強風とにわか雨。

23時50分、夜中に小用で起きた際に、ついでに琵琶湖大橋の夜景を一枚。



歩数  33399歩  (累計  163908歩)※ケータイの起動が遅れ不正確。
距離  22.5km  (距離累計 105km)
経費  1376円   (経費累計 15417円)※賽銭は別

琵琶湖一周 第3日目 膳所公園へ

2018年02月10日 | 2018年琵琶湖ー周
1月17日(水) 雨 道の駅草津~膳所公園



ビワイチ観光ウォーキングマップ 6


5時起床、雨が降っていた。

8時、今日の行程は短いので、ゆっくり出発。雨具上下に長靴で、傘をさして行く。

まずはビワイチのコースに従って、烏丸半島を湖岸に沿って三角形に回り込んで歩く。

水鳥たちが群れていたり、


名前のわからない大ぶりな猛禽類がいたり。


そのまま雨の中、県道559号を南下。

11時、近江大橋遠望。


11時20分、帰帆島の北と南の橋を渡って大津市へ入る。


11時50分、瀬田の唐橋が見える。


12時、瀬田の唐橋。
大海人皇子側と大友皇子側との間で行われた壬申の乱の決戦場。その後も幾たびかの戦いの舞台となり、「瀬田を制する者は天下を制す」と言われた、とのこと。




唐橋を渡り、瀬田川左岸を遡行して石山寺に向かう。


12時30分、西国十三番石山寺の東大門へ。




阿形仁王像。


吽形仁王像。


入山料600円。













石山寺の名前の由来となった「硅灰石」の壁と、その向こうに多宝塔。




本堂。




参拝の後、本堂内陣を見た。拝観券500円。


これは一昨年に33年に1度の本尊如意輪観世音菩薩の御開扉があったためだろうが、現在は大きな毘沙門天と金剛力士像の骨組みのようなものなどの、ほんのわずかな仏像が見られるだけ。非常に割高な金額と思う。100円くらいでいいんじゃないか(罰当たりめ!)。

本堂横手の紫式部人形。


境内をぐるりと散策。

三十八所権現社本殿。




経蔵。




雨のためかほとんど人影がなく、とてもいい雰囲気だった。


紫式部供養塔(左)と芭蕉の句碑(右)。
「あけぼのは まだむらさきに ほととぎす」


さきほど下から眺めた多宝塔。




源頼朝と亀谷禅尼の供養塔。




芭蕉庵。


月見亭。


東風の苑のロウバイ。


光堂。


紫式部像。


八大龍王社。




無憂園。


1時間余りがあっという間に過ぎて退出。

少し先に、「朗澄大徳ゆかりの庭園」。
朗澄律師は石山寺屈指の名僧。「‥‥没後、石山寺経蔵の一切経並びに聖教を守護し、万民の降魔招福の為、鬼の姿となることを誓い、承元三年五月十四日入寂された」とあり。




その後は瀬田川左岸を行き、膳所公園へ。適当な場所はないかと探しつつ歩いていると、地元の高齢男性が「この先に大きなあづまやがある」と教えてくれた。水、トイレも近いとのこと。

14時30分、近江八景「粟津の晴嵐」の碑。




14時50分、コンビニにて食料調達。

15時、少々早いが、教えてもらったあづまやでテント泊とした。

夕刻、雨が強くなったが、広い屋根の下で安心して早々と就寝。


歩数  32448歩  (累計  130509歩)
    ※雨のためケータイをザック内に。したがって歩数のカウントは不正確。
距離  21.5km  (距離累計 82.5km)
経費  1543円   (経費累計 14041円)※賽銭は別



琵琶湖一周 第2日目 道の駅草津へ

2018年02月09日 | 2018年琵琶湖ー周
1月16日(火) 晴 新海浜~道の駅草津へ




ビワイチ観光ウォーキングマップ 3








左手の屋根の下に幕営。フライをかけておいたが、夜半に冷え込み、予備の二枚目のダウンジャケットを着用した。


7時、出発。

7時10分、県道25号に戻って、東近江市との境の愛知川。




両側が田園地帯へ。


7時40分、水車橋をわたると、大きな水車。


7時50分、近江八幡市へ。


8時10分、再び湖岸に出て、堀切新港。


目の前に、「日本で唯一島民が生活する湖水湖上の沖島が見える」(ウォーキングマップより)。


この後、長命寺まで、アップダウンの多い湖岸の道を行く。樹木が繁茂し、湖は余りよく見えず。途中、道端に残雪などあり。水鳥観察の女性2人組に出会った以外は誰にも会わず。




9時50分、西国33番札所の長命寺門前へ。あづまやで小休止。


本堂まで808段とあり。土合駅の階段の2倍足らずか‥‥よし!




長命寺。


本堂。






護摩堂。




三重塔。




三仏堂。




護法権現社拝殿。




鐘楼(右)と加法行堂(左)。






下りはのんびり車道を下って、長命寺港。


あずまやの横に、「琵琶湖周航の歌」の碑。


六番の歌詞、「西国十番 長命寺 汚れの現世 遠くさりて 黄金の波に いざ漕がん 語れ我が友 熱き心」とあるのは、「西国三十一番長命寺」では歌いづらいから、ということらしい。

再び湖岸の県道25号を行く。

途中、ロウバイの香り。


当然ながら、湖岸には水門が沢山ある。


白鳥川からは、県道559号に変わる。

小さな登りのあと、左手に残雪の原。


県道の琵琶湖側に自転車歩行者専用道路。


日野川大橋より。


12時40分、佐波江海水浴場にて小休止。琵琶湖のパノラマ。






13時、野洲市へ。


13時10分、あやめ浜緑地。


紫式部の歌碑あり。
「おいつ島 しまもる神や いさむらん 
浪もさわがぬ わらわべの浦」

おいつ島というのは琵琶湖に浮かぶ沖島のことで、ここから対岸の沖島を見て、詠んだ歌、とか。


14時、マイアミ浜にて。対岸の比良の山々がくっきりと見えた。


14時30分、守山市へ。


14時50分、琵琶湖大橋東詰めのコンビニにて小休止、遅い昼食。

15時50分、「比良の山並みと琵琶湖大橋が撮影できる最高のシャッターポイント」(ウォーキングマップ)の少し先でびわ湖大橋を振り返る。


16時20分、琵琶湖夕景。


17時30分、いつの間にか草津市に入っていて、道の駅草津へ。よく歩いた。今日はここで宿泊。

18時の営業終了後の売店入り口横の庇の下にてテント。

夜、デジカメとケータイのバッテリーの残量が大分少なくなっているのに気づく。そういえば、この2日間、アップしたもの以外に調子に乗ってずいぶんと琵琶湖の写真を撮りまくったし、ケータイのカメラでもいくらか撮った。寒冷による消耗もあるだろうし、ちょっとマズイと反省。予備バッテリーを使っても、下手をすると最後までもたないかもしれず、デジカメは撮影枚数を減らすこと、ケータイは夜間の電源は切っておくこととする。


歩数  56888歩  (累計   98061歩)
距離  37.5km  (距離累計 61km)
経費  358円    (経費累計 12298円)











琵琶湖一周 第1日目 新海浜へ

2018年02月08日 | 2018年琵琶湖ー周
2018年1月15日(月) 晴  川崎(自宅)~新海浜



「ビワイチ観光ウォーキングマップ」










5時前に自宅を出て、川崎、東神奈川、新横浜を経て、名古屋で乗り換え、

8時、東海道新幹線の米原駅着、歩きはじめる。


途中の田園風景。畑には霜。右手、伊吹山は雪化粧。


8時45分、入江橋交差点。琵琶湖と対面。


やはり琵琶湖は広い。遠く県境の山々は白く、竹生島がかすんで見える。


目を左に転ずれば、湖上に小さく多景島。


彦根方面に向かい、県道2号に沿った湖岸の歩道を歩く。


地図に沿って県道から分かれて行ったらさっそく行き止まりに。


9時15分、磯漁港。


高市連黒人の歌碑。
「磯崎を漕ぎ廻み行けば あふ美乃海 八十のみなとに 鵠さはに鳴く」

9時30分、米原市から彦根市へ。


9時45分、水鳥多し。知識疎くして名前わからず。


9時50分、「千乃の松原」。


10時15分、彦根城に着く。黒御門への橋から内堀。






黒門券売所にて、彦根城と玄宮園の共通券、600円。








天守に向かう。


2017年10月の台風21号で損傷を受けた彦根城外壁。


天守閣。現存12天守の一つ。井伊家の居城。幕末の大老井伊直弼も、藩主となるまでこの城下で過ごしている。特徴は破風の多さ。








天守からの琵琶湖。


その後、玄宮園へ。玄宮園は彦根藩の下屋敷。








天守閣を望むが、破損個所が痛々しい。


園内に、井伊直弼像。




二季咲桜。




内堀に沿って、再び琵琶湖へ。


その後は、湖を眺めながら、幕営地の新海浜へ。彦根より先は県道25号に。

琵琶湖の水は触れてみるとややぬるい感じがした。


14時ごろから一気に空気が冷えてくる。

16時、新海浜海水浴場に到着。

17時30分、琵琶湖夕景。


歩数  41173歩  (累計   41173歩)
距離  23.5km  (距離累計 23.5km)
経費  12140円  (経費累計 12140円)

琵琶湖一周 はじめに

2018年02月08日 | 2018年琵琶湖ー周
はじめに

 これまでおおむね海岸線に沿って日本列島を歩いてきて、昨年一応の目標を達成しました。そこで、今回は海無し県である滋賀県の琵琶湖を一周しようと考えて行ってきましたので(2018年1月15~22日)、その記録を残しておくことにします。

 季節がら或る程度の積雪も覚悟していたのですが、行く少し前に降ったという雪の名残が遠くの山々や、一部の道路わきに見られたものの、自分が歩いたところにはほとんど雪はありませんでした。日ごろの行いがよいので(?)さほどの困難もなく行って来られて幸運だったというべきか、せっかく真冬に行ったのに雪道をラッセルしながら歩く面白さを味わえず残念だったというべきか‥‥。

 装備類は昨年1~2月の四国の旅とほぼ同様の防寒仕様で、今回も炊事と暖房用にコンロを持っていきました。行動はテント泊中心で、必要に応じて宿泊まり、という計画にしました。

 事前に、インターネットで「ビワイチ観光ウォーキングマップ」をダウンロードし、印刷して持参しました。
 これは全体図。この他に部分図が14枚あり。


 また、これまでは行き当たりばったりに、歩く都合をまず第一に考えて、出来る範囲内で名所旧跡を見学してきましたが、今回は、石山寺、三井寺、比叡山延暦寺などを見て回ることを第一に考えました。そしてそのため、1日あたりの歩行距離も大幅に少なくしました。

 ということで、いざ出発。