風になれ

大自然のふところで山歩きを楽しむ生活。
いつの日にか、森にそよぐ風になれたら・・

白ワイシャツ

2015-06-27 | Weblog


 明日、職場の人の結婚式に列席するので、土曜日の朝、白ネクタイを新調するため天満屋に出向いた。
 白ネクタイとポケットチーフを買い、支払いをするとき、店員さんに白ワイシャツも勧められた。白ワイシャツという言葉。単なる白ワイシャツなのに、聞いた瞬間、胸が痛む思い出がよみがえった。

 8ヶ月ほど前のことだったろうか。入退院を繰り返しながら重い病気と向き合っていたカミさんと久しぶりに表町に買い物に出かけた時のことだった。突然、僕の白ワイシャツを買おうと天満屋の売り場に向かい始めた。何枚も白ワイシャツはあるはずなのになぜ買おうと言い出したのか不思議で、怪訝にどうしてって訊ねると「要るから」とはにかみながらカミさんが答えた。カミさんの目ははっきりと「私のお葬式に要るんだから」「新しいワイシャツがいいから」と語っていた。
 その頃、抗がん治療を重ねても肝臓がんの進行を押し止めることはできず、病状は悪化の一途をたどっていた。お互いにカミさんの命が終末期に入っていることは分かっていたし、主治医から年は越せないだろうと僕にも告知されていた。だからこそ、その時、僕は白ワイシャツを買うことに抵抗した。白ワイシャツを買う行為は唯々諾々と死を受け容れることで、病気に負けるなと応援する気迫や気概がだらしなく挫けてしまいそうで、白ワイシャツは要らないと大人げなく抵抗した。買おう、買わないのやり取りのあと僕の主張を通して買わずに帰った。それからしばらくして再入院し、カミさんはあっけなく帰らぬ人となった。

 僕は弱い人間だから、カミさんの近づく死に備えて白ワイシャツを揃える勇気はなかった。だから抵抗した。
 新しくない白ワイシャツを着てお通夜、葬式を済ませた。あれから8ヶ月余り経ったけど、突然、白ワイシャツはと店員さんに勧められて戸惑い、カミさんとのやり取りを思い出してしまった。でもあのときに抵抗した感情はすでにない。素直に、お願いしますと勧められるまま白ワイシャツを買った。そしてあのときのカミさんとのやり取りの思い出を噛みしめながらひとり駐車場に向かった。
 さあ、明日は新しい白ワイシャツを着て、若い二人の門出を祝うことにしよう。
 

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