照る日曇る日 第1839回
彫刻家というより伝統的な木彫家、平櫛田中の代表作は、国立劇場の六代目尾上菊五郎の鏡獅子だろうか。今も半蔵門の国立劇場の真正面で頑張っている。
鏡獅子より田中らしいと思うのは、東京藝大の中に安置してある岡倉天心像で、これを見た人はみなこれぞ天心だと頷くらしい。強烈な実在感のある木彫である。
本書を読めば、2児を失た悲劇の人、田中の人となりをつぶさに知ることができるが、いちばん面白いのはやはり逸話、それも天心に関するそれである。
例えば、下村観山が岡倉天心が宮島の岩惣という旅館に泊まった待ったとき、浴衣を着せる女中が、天心のおちんちんピンと弾いたので、天心は「これは、これは、というた」とか。
京のはたごの女将と出来ていた天心が、弟子の観山が邪魔なので、「どこか遊びにイケイケ」というのだが、そんな事情を知らない観山は、かえって師匠の天心に密着して最後まで離れなかった、とか。
天心がボストン医行っていた間に、その奥さんと横山大観ができてしまったと疑った天心は、ピストルを持って大観を追っかけたので、納屋に隠れて難を逃れた。とか愉快な噺が多い。
けれども、饅頭が大好きでよく胃痙攣をおこしていた狩野芳崖が、神田の樫村病院を呼んだが、いつもの先生が留守で、その弟子が打った注射の量が多くて亡くなってしまったという噺などは、哀しい。
妹の香典返しのトースター形見のごとくそこに在るなり 蝶人