平成22年4月4日付朝日新聞朝刊埼玉西部版に以下の記事があった。
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以下引用
【自由に遊びすくすく さいたま別所沼公園】
合言葉は「自分の責任で自由に遊ぶ」―。お仕着せの遊び場ではなく、子どもたちが自由に遊べる場所が月1回、さいたま市南区の別所沼公園にオープンしている。「別所沼プレーパーク」で、毎回数十人の家族連れが集まる。母親らでつくる市民団体「さいたま冒険遊び場・たねの会」が運営しているもので、会員数も約40人にまで増えた。今後、開催回数を増やすことや、別の場所での開催も検討中だ。
「プレーパークとは」
従来の公園の遊び場とは異なり、廃材や道具を使って秘密基地を作ったり、地面を掘り返したりと、昔の子供たちが自然の中で自由気ままに遊んでいたように、想像力で工夫できるような遊び場。「冒険遊び場」とも呼ばれ、子供の安全の確保のために指導員を置いたりしている。1943年にデンマークの廃材置き場で作られた遊び場が起源とされ、日本では現在、関東地方を中心に200を超える団体がプレーパーク作りに取り組んでいるという。
引用ここまで
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今の子供たちの「冒険遊び」って、場所を提供し、さりげなく道具を用意し、親と一緒でないと出来なくなってしまったのか…
私なんか少年時代を埼玉県の片田舎で過ごしたクチだし、たまに当時よく遊んでいた場所などを通りかかってもまだまだ田んぼや小川は当時のままだし、山登りや川遊びをした山や川もそのまんまである。そんな昔のままの風景を目の当たりにするといまだにワクワクしてしまう中年オヤジなわけなんだが…(笑)
まあこの先の話は単なる中年オヤジの懐古趣味で片付けてしまって構わないんだけど、自分が子供の頃の遊びと言えばもっぱらこの記事の言うところの「冒険遊び」。魚釣りに虫捕り。山を駆け回り川で泳ぎ、無人の神社を秘密基地にしたり。
でも全て自分達で場所を見つけ、自分達で遊び道具を調達し、親の目の届かないところで遊んだもの。もしもその当時、保護者が場所を提供し、保護者が道具を用意し、保護者が見ているところでの「冒険遊び」だったら絶対拒否していただろうな。
だって「冒険」って親達の監督下の対極にあるものだったから…
もっとも都会ではなかなか勝手に「冒険遊び」なんてする場所も無いだろうし、限られた場所でなんとか昔の子供たちのような「冒険遊び」を体験させてあげたいと思う親心も理解できる。
でも、何か多少吹っ切れない思いが残る。もっと自分達だけで勝手に「冒険遊び」をするエネルギーは今の子供たちにはないのかと。
飯能の山間部に住んでいる友人がいるのだが、以前「いまでも子供たちは川で遊んでいるのか?」と聞いたことがある。その答えは「今でも川で泳いでいる。」だった。もっとも泳げる川のあるところに住んでいること自体恵まれているというべきなのかもしれないが。
ところでこんなこと書いている私の子供たちはどうだったのかといえば、全然「冒険遊び」なんてしてないみたいだが…(笑)
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