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日本の近代化と西洋化・伊藤博文・大久保利通・西郷隆盛・夏目漱石

2019年03月31日 | 歴史
日本は「アヘン戦争がなければ」、太平の眠りの中に「たたずんでいたかった」国です。ところがアヘン戦争=列強の侵略を見てしまった。黒船が来た。そこから倒幕→明治維新→近代化、西洋化に突き進みます。

近代化、西洋化など、武士階級は、できればやりたくはなかったでしょう。でもやらないわけにはいかなかったのです。

近代化、西洋化は「軍隊の近代化」を主に意味します。しかしそのためには「教育の近代化」「生活の近代化」などあらゆる面に渡る近代化、西洋化が必要となりました。

西郷隆盛は、陽明学の徒で、保守的な人間でした。明治維新など起こさなければよかったと愚痴を言ってもいました。しかし山縣有朋が汚職事件を起こした時、彼をかばいました。山縣は長州ですから、かばう義理はなく、しかも西郷が最も嫌った汚職です。しかしかばった。何故なら「軍隊の近代化は山縣なしではできない」と思っていたからです。本来は村田蔵六の仕事ですが、彼は明治初頭に暗殺されています。

西郷すら「近代化は嫌いだが、やらないわけにはいかない」と考えていたのです。

大久保利通はさらにリアリストで、「やらなければいけないからやる」という立場でした。が、暗殺されます。

その仕事を受け継いだのが、大久保死後の内務卿(実質首相)である伊藤博文です。彼は芸者好きで有名ですが、生活は質素で、大久保を見倣って「蓄財」をしませんでした。明治天皇が彼を憐れんで、お金を送ったほどです。

伊藤もまた「近代化はやらないといけない」と考えていたでしょう。感情の問題ではなく、やらなければ亡国の危機があったからです。

夏目漱石は明治44年の講演で、近代化がいくら「上滑り」で「西洋の真似」であっても、やらなければ「どうしようもない」のだから、仕方なくてやったのだと述べています。

その結果が日露戦争の「勝利というか引き分け」です。「引き分け」としても奇跡的なことでした。その後日本は自己肥大を起こし、おかしくはなりますが。

明治の日本の政治家、知識人の多くは、西洋化に伴う「きしみ」「無理」を十分認識していました。しかし「それでもやらないといけない」ところに「日本が置かれた目の前の現実」、つまり帝国主義の時代という現実があったのです。


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