散文的で抒情的な、わたくしの意見

大河ドラマ、歴史小説、戦国時代のお話が中心です。

ノートルダム大聖堂・我らが貴婦人・ノートルダムのせむし男・フランスかぶれ

2019年04月19日 | カルチャー
萩原朔太郎/旅上(純情小曲集)
ふらんすへ行きたしと思へども
ふらんすはあまりに遠し
せめては新しき背広をきて
きままなる旅にいでてみん

「フランス」は「あまりに遠き」国です。行ったことはありません。焼けたノートルダム大聖堂は1163年から建設が始まったようで、12世紀末には一応の完成をしています。一応の完成は鎌倉時代初期です。荏柄天神社の本殿は鎌倉に唯一現存する、鎌倉時代の建築物、という情報がネットに載ってました。鎌倉は鎌倉時代も室町時代も「騒乱ばかり」ですから、当時の建築物は残っていないようです。むろん日本全土なら、いくつかあるようです。東寺の御影堂など。

ノートルダム、「ノートルダムのせむし男」という映画がありました。映画の名前だけは有名でした。それで「ノートルダム」という言葉を知りました。ノートルダム大聖堂が舞台です。
「ミシェル・ド・ノートルダム 」、、、これはノストラダムスの本名です。

一年ぐらい前に「イギリス・フランス史」という本を読みました。そこで初めて「ノートルダム」とは「我らが貴婦人」という意味で、聖マリアを指すと知りました。

ノートルダム寺院は当初は西洋最大級のカトリック教会だったようですが、フランス革命で「廃墟化した」ようです。18世紀末のことです。

フランスが大改修というか、再建に近いものを行ったのは19世紀半ば(調べ書きですから、たぶんです)。すると、ほぼ19世紀の建造物ですね。

日本人は昔はフランス好き、というか「フランス憧れ」があったように思います。アメリカかぶれ、フランスかぶれがいました。文化面ではフランスかぶれが多かったように思います。1966年の「ウルトラマン」にはダダという宇宙人が登場します。白黒の筋が入った異様な姿です。これはフランス等を中心にしたシュールレアリスム運動、「ダダイズム」または単に「ダダ」の影響です。子供になんか「ダダ」が分かるはずもないのに、フランス文化の影響をモロに受けた宇宙人が登場するのです。作家の「あこがれ」が分かろうというものです。

西洋では大国です。ウソのような話ですが、1160年ぐらいから300年間、「イギリスの公用語はフランス語」でした。イギリス王がフランス貴族だったからです。「イギリス・フランス史」に書いてありました。

かつてフランス出身の「日本の有名人」はフランソワーズ・モレシャンさんで「わたくしどもの国ではー」とよく言ってました。「フランスではこうだ」ということです。フランス好きの日本人に訴えるところがあったと思います。今有名なのは、数学者のピーター・フランクルさんですが、もともとはハンガリー人のようです。

私がフランスに「あまり興味がない」のは、まずフランス映画とか分かりにくい。ファッションに興味がない。また、フランス料理とか「バカバカしい、なんでこんな小さな料理に大きな皿」とか思ってしまうからだと思います。

が、本当の理由は「ベトナム戦争」です。

ベトナム戦争の始まりは「ベトナムVSフランス」です。アメリカはそれを引き継ぎました。

ヒトラーによるフランス侵略とパリへの無血入城が1940年6月です。1944年の8月になってやっとフランスはパリを取り返し、「パリ解放」叫びます。ドゴール大統領です。

ところがなんと1946年の末にはベトナムと「インドシナ戦争」を始めるのです。首相はドゴールではありません。直前まではドゴールです。

つまり「フランスという国」はヒトラーに占領されて、やっとパリを解放したと思ったら、その2年後には「侵略戦争を再開」しているのです。「なんという国か」と思います。

むろん背景には「ベトナム共産化の阻止」、共産主義国増大阻止の目的はありました。それでも「侵略から解放された、その2年後には自分が侵略国になっている」わけです。

で、どうもフランスとかフランス文化にあこがれる気分にはなれません。