Jun日記(さと さとみの世界)

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うの華3 57

2020-10-22 11:44:35 | 日記
 ほうっと息を吐いて、危ない危ない。真顔でそう漏らす祖父に、私は彼が階段から落ちかけたのは芝居では無く、如何やら本当の事だったらしいと気が付いた。

 「大丈夫、お祖父ちゃん?。」

如何にも心配そうに私が尋ねると、祖父はいやいやと、「心配ないよ、お祖父ちゃんは大丈夫だからね。」と、生真面目に答えてくれた。さっきの勢いは何処へやら、祖父の顔色は既に白くなっていた。私は彼の答えに目だけで笑ってしまった。が、祖父が大息を吐いて喘ぎ、彼の右手で手摺をしっかりと掴んでいる姿や、彼のその身を全面的に手摺にもたせ掛けている姿、彼の左手が自分の胸の辺りを摩る姿等、祖父の尋常ではない様子の数々を目にするに連れ、私は否応なく彼への不安を掻き立てられた。

 私は憔悴した祖父の様子に、これは如何も自分は本気で心配した方が良さそうだと感じた。しかし、さっきの今だからと思うと、未だ祖父に揶揄われているのかと半信半疑にもなった。

「お祖母ちゃんを呼んでこようか?」

一応そう祖父に尋ねてみることにした。祖父はいやと、いいよと私の申し出を断って来たが、彼は暗い感じの顔付きで俯いていて、何やら苦しそうにも私には見えた。そうする内に、彼はやはり喘ぎながら、自分の呼吸を整えている様子だった。『やはり落ちかけた事がショックだったのだ。』。これは本物だなと私は確信した。彼のお芝居では無かったのだ。

 すると、祖父は気が付いた様に、「お前、厠じゃないのか?。」、と聞いて来た。かわや?、何の事だろうと私が呆気に取られると、

「お前厠を知らないのか、手水、便所の事だよ。」

と、祖父は言った。ハイカラに言うとトイレだ。大かい?等、やや笑顔で祖父は声を掛けて来る。これは私にも分かった。小だよと答えた。祖父は続けて、なら早く行かないと漏れるだろう、そう言って私が所用の目的地に行く事を促した。

 「うん、でも、」

私はその時如何いう物か急を要さない状態になっていた。そこで、そう彼に言うと、祖父はその格好ならなと、それでも急いだ方がいいぞと助言してくるのだった。

 それもそうだなと、私は先程迄の自分の状態を思い出して彼の言葉に従う事にした。祖父の体の脇を擦り抜ける形で、私はてんてんと尻で階段を下りていく。確りと自分の右手でこちらの手摺を掴み、もう片方の左手で腰かける板の端を掴んで行くと、ふっと、自分が出した祖母の評価の事を思い出した。

 反射的に、私は真横に来た祖父に問いかけた。

「お祖母ちゃんて、出来る人だよね。」

あん?という感じで祖父の注意が私の顔に向いた。

「お祖母ちゃん、はしかい人だよね。」

こう言ってから、私は自分が考えた言葉をにっこりと祖父に披露した。

「出来る大人だね。」

 祖父は、はて?という感じで眉間にやや皺を寄せた。何の事だいと言うと、子供の言う事は分からんものだなと言う。如何してそんな事を言うのか話をしてごらんと言う彼に、私は先程祖母について感じた事を話すと、だからお祖母ちゃんは出来る大人でしょうと、彼から自分の造語を褒められると思い込んで笑顔を向けた。

 祖父はむすっとした感じで、私の笑顔に何が面白いのかと不機嫌そうに言って来る。

「尽く々々、子供というのは訳が分からないなぁ。」

そう言って、彼は如何にも呆れたというような様子で、「今の子は、『やり手』という言葉を知らないのかい?」と不平を言った。その方がしっくりくるという物だ。今の子は言葉を知らなくて困る。お前もだ。もっと言葉を覚えなさい。と、これは如何も私は祖父に叱責された模様だ。





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