「こらー、枝を折るんじゃない」
行き成り怒鳴る声が聞こえて、バラを眺めていた私は面食らいました。
声は垣根の内側から聞こえてきたので、バラの垣根のあるお家の方です。
垣根越しに怒鳴られたので、向こうも枝を折っているかどうか確信がなかったのでしょう、
迫力は今一つでした。
私が絶句して苦笑いしていると、おじさんが道に出て来られました。
私は花を見ていただけなので、枝は折っていませんというと、そうか、黙って枝を折る人もいてね、
と、おじさんも苦笑いされました。
おじさんは一呼吸おいて、怒鳴って悪かったねと仰るので、
いえいえ、綺麗なバラなので欲しい人も多いんでしょうね、
でも人の家の物なのに、黙って折って持って行ってしまう人もいるんですか。
と、酷いですね。とおじさんに同情してしまいました。
せっかくこんなに綺麗に育てておられるのに、取られてしまうなんて、悪い事をする人がいるんですね。
そうなんだよとおじさんは言います。
分かってくれるかねという感じです。欲しいなら欲しいと言ってくれば切ってあげるのに、
黙って折るから枝が痛んでね、ハサミで切っていく人もいるけど、分かっていないと、
切っていい所じゃないところで切る人もいるからね、ほんと、困るんだよ。との事でした。
しかし、おじさんは何だかまだ疑い深そうに私を見ている感じなので、
私は鞄を開いて見せようかと言います。
いや、その鞄じゃ入らないだろう、本で詰まっている、とおじさんは気乗りなさそうでした。
服の中にといってもごく普通のセーラーの制服です。ポケットの中にというと、
隠せそうなのはスカートのポケットですが、これはスカートをめくって見せるというわけにはいきません。
私は鞄を道において、スカートを両手でパタパタと叩いてから、ひだスカートをゆさゆさ振ってみせます。
漸くおじさんは安心したようでした。
それで、バラを見ていたのと聞かれるので、そうです、とても綺麗なので楽しみにして昨日から見ています。
と、答えます。
昨日同級生の男の子から教えてもらったんです。
なんていう名前?こー君です。ハァーん、と、おじさんは知っている子だという事でした。
しかしあの子は…、と、ここまで言っておじさんは黙り、少し考えていたようでしたが、
にっこりされると
「欲しいバラがあったら切ってあげようか。」
と言われます。
嬉しい申し出でしたが、この点、私の場合はこの場所で咲き誇っているバラを見るのが好きだったので、
このまま枝に置いておいて欲しいと、頂くのは辞退しました。
バラに限らず、野山に咲いている花類を摘むのを、私はあまり好まない方でした。
摘んで帰って家に飾る、そんな事をしたのはほんの小さな幼少の頃だけでした。
直ぐに萎れて生気が無くなってしまう花を見るのが嫌だったからでした。
自然に任せて、生えているその場で朽ちるに任せる、萎れた花を見るのが嫌だったらその場に行かなければよいと、
私はそんな自然に咲く花々の鑑賞の仕方をしていました。
それで、今を盛りのこのバラも、この場所で見るのが私の楽しみなのでした。
「このバラは、ここに咲いている物なので、ここで見るのが私は楽しいんです。」
そう言って、ありがたいのですが、バラを切っていただかなくても大丈夫です。と答えます。
私も中2です。せっかくのおじさんの親切な申し出を、無下に断る言い方をしないよう、
考えながら注意して言葉を選んで言いました。
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