Jun日記(さと さとみの世界)

趣味の日記&作品のブログ

うの華3 31

2020-08-26 08:43:00 | 日記
 やはり何だか父の様子が何時もと違う。私は父の表情から緊迫した雰囲気を漠然と感じた。と、彼は文机の前から立ち上がった。

 お前も読んでみるといいと言って、父はその場から離れた。私が不思議そうに机上に閉じられている古びた本を眺めていると、彼は私からも遠ざかって行く様子だった。そうして彼は一旦歩を緩め、再び見ていいからなと許可する様な一言を私に残すと、その儘階段へと向かい何という事も無く階下へと降りて行った。

 寝室に1人残された私は、思いあぐねていた。通常なら理解不能な物への興味は早々に打ち切って、慣れ親しんだ父の後を追うのだが、今回は如何しようかと思う。それは今の父の様子が理解不能だったからだ。本に着くにしろ父に着くにしろ、私に取って面白い事は無さそうだなと感じた。

 『見ていいというのだから…。』

見てみるかなと思う。未知の物に興味を引かれたのは今し方の事だ。私は早速先程の父の様子を真似て文机の前に座った。そして立ち上がった。私が正座して本を読むには机が少々高過ぎたのだ。そこで私は立ち上がって片手で自身の体重を支えると、もう一方の手を伸ばして本を開いた。そうして、目に飛び込んで来た黒々とした細かな文字達に眉を顰めた。

 「何でこんな物を…。」、思わず呟いてしまう。父は私に読めというのだろうか?。否、見てよいといっていたな。と思う。そちらの方だろう、私は了解した。大体、私は未だ文字が読めなかった。本には平仮名もあったが、私は平仮名自体全く読めなかったのだ。読むという言葉も、「本を読んで」のセット上に有る言葉だ。目の前に有るのは本、本は読むもの、そうだ声に出してだ。父の言葉には読めという言葉もあったと、私は本を見て声に出そうと試みた。当然、ぐうの音も出ない。

 そうだ!、私は手を打った。絵本に有るような簡単な文字ならば声に出して読めると、私は思い立ったのだ。私は満面笑みでその考えに歓喜した。が、再び本を眺めた私は、極小の漢字紛れの中に存在する平仮名から、母が読む話と、その時母が繰った絵本のページ上の文字順から、私がこの音と察していた平仮名の、覚えのある一つ二つの文字さえも見い出せないでいた。

最新の画像もっと見る

コメントを投稿