「あの子は…、そうなのか。」
何だか表情を曇らせて、彼は何事か考えているようでした。
本堂の脇の入り口に蛍さんの父が姿を現しました。光君の祖父はハッとして、もうそんな時間かと思い、
蛍さんと何も話していない事に気付きました。
彼女の父にもう少しお願いします。5分ほど良いでしょうか、考え事をしていてまだ何も話していないんです。
光君の祖父はそう正直に彼に話し、父親からもう1度承諾を得るのでした。
蛍さんの父は2人の時間を作る為に、また奥の座敷へと戻って行きました。
光君の祖父は、今回は早めに要件を切り上げなければと、直ぐに蛍さんに話し掛けました。
「君ね、蛍さん、ホーちゃんだったね、ホーちゃんは向日葵が好きだろう?」
蛍さんは、あまり話した事が無い年配の男性と2人で話をするのは気が進まなかったのですが、
彼ににこやかに親し気に話しかけられると、彼女も打ち解けたにこやかな表情に変わりました。
「うん、好きよ。大きくて黄色いお花ね、お日様みたいな花でしょう。大好きよ。」
「あの花は大きいだろう。君の背丈より大きくて、君は怖くないかい?」
光君の祖父にそう聞かれて、蛍さんは一瞬ひやりとして、胸に思い当たる物が有りました。
それは幼稚園時代の事でした。子供達皆で花壇にヒマワリを植えました。
その花を知っている子や先生から、それはとても大きな花だと聞かされた子供達は、向日葵の開花する日をとても楽しみにしていました。
やがて向日葵は芽が出て茎が伸び、草丈が伸びるごとに葉も大きくなり、その葉の大きさに皆一様に驚いて行くのでした。
遂に蕾が付き、明日、明後日には開花するらしいと噂がながれ、皆が喜びに湧いてその開花を待ち焦がれていた開花当日、
それは起こりました。
蕾が緩み始めた後2、3日雨が続き、その後天候が回復して、からりと晴れたよいお天気の日でした。皆は久しぶりの外遊びに興じていました。
その時です、おーいと誰かの声が聞こえ、咲いたよー、向日葵がさいたよー。という声が遠くの花壇の方で聞こえました。
わー、咲いたんだって。きゃー、見に行こう。わーっと、園庭にいた皆は一斉に花壇まで駆け出して行きました。
花壇から可なり離れた場所にいた蛍さんも、皆に遅れまいと急いで花壇に向かって走り出しました。
彼女は砂場を超えて園の建物を曲がると、花壇方向へまっしぐらに向かいました。
その時です、きゃー!、わーんと、子供達の鳴き声が聞こえ、顔をくしゃくしゃにした2、3人の女の子が泣きながら駆け戻って来ました。
バラバラと、蛍さんにぶつかる様に行き合うと、顔を上げている者は恐怖で引きつった形相、泣いている者は手で顔を覆ったまま走って行くのでした。
逃げて行く第1陣が、その隊列を避けた彼女の脇を走り去ったと思ったら、次の女の子達の塊が、やはり悲鳴を上げてダーッとばかりにやって来ました。
蛍さんはぶつからない様に更に脇に下がりました。走り去る子達を傍観して、彼女が続いてまた花壇方向からやってくる子供達に目をやると、
その中に仲良しの見知った子が1人いました。蛍さんが、あ、○○ちゃんと声をかけると、
「あ、蛍ちゃん、行かない方がいいよ。」
怖いよ、怖い。向日葵って怖い花だよと、彼女が立ち止まって蛍さんに言うと、他の子達の何人かも立ち止まり、口々に彼女に同意して怖い怖いを連発するのでした。
そこで彼女達は、蛍さんに向日葵は怖い花だと一様に告げると、ワーッとばかりにまた駆け出して、一目散に向こうへ行ってしまいました。
向日葵から少しでも離れて遠い所に行きたいと言うと、仲良しの女の子も蛍さんを1人残して、園庭の方へ駆け戻って行ってしまいました。
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