Jun日記(さと さとみの世界)

趣味の日記&作品のブログ

うの華4 40

2022-04-20 11:33:40 | 日記

 『この儘この子を家の中に返したら、後からどんなに両親が自分を責めるだろうか。下手をすると父に折檻を受けるかもしれない。』

我が子に嫌われる事よりも、実際に彼はその事を恐れていた。子と仲良くせよと、今現在の両親は推奨するのだが、昔の彼等はというと、親としては子である自分達に対して厳格そのものだった。しかも長兄ともいえる兄には相当厳しかった。特に母のスパルタ教育とくればその凄まじい事、幼い頃から自分は兄の苦境を目の当たりにして来たのだ。その都度その場に居合わせた自分は震え上がった物だった。自分自身の経験を取ってみてもそうだ。怒った父から暗い蔵の中に押し込められ閉じ込められた事がある。その儘一夜を明かしたのだ。その時の事は今でも思い出す。暗く湿っぽいカビと土の臭いを嗅ぎながら、これから自分は如何なるのだろうと心細く将来への不安を抱きながら、自分を押しつぶす様に広がる周囲の闇に恐怖心を覚えていた。そんな可哀想な幼い自分。そんな自分の姿が蘇って来るのだ。それ程に彼の両親の折檻教育は徹底していた。その子供時代の彼の恐怖の記憶は、彼自身の骨身に嫌という程に染みていた。そこで彼は何とかこの目の前の自分の子の機嫌を直そうと試みた。

 「それで、父さんに何の用だい。」

彼は自分の子に微笑みを向けた。『子では無く親、父の方が怖い。』そうだ!、彼は思った。彼は子供に微笑みを向けた。緊張して強張った顔だが、自分でも我ながら上手く微笑む事が出来たと彼は内心思った。

 さて、子供の方は自分の父の笑顔にホッと安堵した。父はどうやら自分には怒っていない様子だと感じた。しかし念の為と思うと、子供の方も父のご機嫌を取るべく明るく微笑んで父の顔を見上げてみせた。うふふふ…。はははは…。と、どちらからとも無く笑い声が漏れた。

 「で、何の様だ?。」

「お祖母ちゃんがお父さんを呼んで来てって。」

と、私が父に答えると、父はえっ!と驚いた。私にはこの父の驚きが意外だった。何時もなら、母さんがと直ぐに笑顔になり、何やったかなと言いながら、父はスタスタ歩き出していく筈なのだ。如何したのだろう?。私はキョトンとして、父の生真面目な、また不安感を滲ませた様な思案顔を見詰めていた。

 母さんがなぁ、母さんが…。父は上の空でこう繰り返して呟くと、その儘無言になり考え込んだ。何か考えないといけない事があるのだろうか?、私は不思議な気がした。お母さん、父の母だからそれは私の祖母だが、父にすれば大好きなお母さんに呼ばれたのだから、それは嬉しい事なんじゃ無いのかと、それ迄、叱られる為に両親から呼び出しが掛かるという出来事に遭遇した事の無かった私は思った。

 そこで私は一計を案じ、私の父が彼の母の待つ居間に行き易いようにと気配りした。

「きっと良い事だよ。」

「お八つが貰えるんじゃないの、お父さん。」

私は揶揄する様にニコニコと笑うと私の父の顔を見上げた。父は俯き加減でしょげていた。彼の目が潤んでいた。実際に彼は手で目頭を抑えると

「そんな事はあるまい。」

と細々とだが断定的な声を出した。その儘、自分の目に手を当てた儘で、父は私に言った。

「お前はこんな形の呼ばれ方に未だ会ってないからなぁ。」

分からないだろう。今のお父さんの気持ちが。そんな事を言うと父は言葉を止めて、後はまた静かに彼の手を自分の目に遣った儘佇んでいた。

 すると、家の中から、多分居間の方からだろう、四郎、四郎、お前いるんだろうと私の祖母の声が遠く屋内を通り抜け聞こえて来た。「早くこっちに戻っておくれ。」。

「は、はい。」

父は彼の母の声に空かさず彼の顔から手を下ろした。が、彼の態度はおどおどした感じで裏庭で、ととと…と二の足を踏んでいた。

 さて、

「ねえさんが、この儘だと里に帰るって言ってるがね、お前いいのかい。」

この母の声が聞こえて来ると、

「や、え!、あれが…」

父は口にするや否や血相を変えて、時を待たずしてバタバタバタ…と矢の様に家の中へと飛び込んで行った。本当に、私にするとあれよあれよと言う間もなかった。私の父の姿は裏庭の私の視界から消え去った。