そんな鈴舞さんにも、やはり気になり踊りたいな、と思う相手はいました。しかし、パーティ当日には会場にその人の姿が無く、緊張していた鈴舞さんは、彼の姿が見え無い事にほっと気が緩んだものでした。やはり好きな相手と躍るには緊張感が走ります。もし手を繋いで、相手のことが好きだという感情が顔に出たらどうしましょう。そんな事を考えていた未だ19歳の鈴舞さんでした。
そこで会場に着くや否や、彼女はお目当ての彼をきょろきょろと探してみました。が、彼がいない事に気づいた時、がっかりすると同時にホッとしもした彼女でした。その後の鈴舞さんは、心配の種が無くなり落ち着いてパーテイー会場を観察してみたりするのでした。
室内には紙皿に盛りつけられたサンドイッチ等の軽食が残り、ジュース類の飲み物のボトル等も数本残っていました。『少しいただこうかな。』、会費は払ってあるから当然食べてよいのだろうと、空腹を覚えた鈴舞さんは思いました。
彼女が食べ物に近付くと、ああと、世話役の男子学生の1人がそれを制しました。
「それは食べたり飲んだりしない方がいいよ。」
と彼は言うのです。「それは卒業生の先輩用だからね。」と、さも意味ありげな含み笑いを浮かべて彼は鈴舞さんに言いました。それで物慣れない鈴舞さんは、彼に嫌な感じを受けるのでした。ちょっと意地悪されたような気分になりました。『もう、結構大きいのに。相変わらず男子は子供っぽく女子を苛めたいのかしら?』そんな事を彼女はふと思いました。
彼女の先輩の方は、流石にこの時期の予餞会の事情に通じていて、この食べ物には何か仕組みがあるのだなと悟りました。それで空腹そうな鈴舞さんの顔を見て、もうここを出て、どこか喫茶店ででも一休みしようと鈴舞さんを誘いました。
「私もここの食べ物は食べない方がいいと思うわよ。」
鈴舞さんの先輩に当たる、橙さんは微笑んで後輩に言いました。そして先に立つと出口へと歩み始めました。鈴舞さんも手早くコートとバッグを手に持つと彼女の後に続きました。彼女達の餞別会は終了しました。