東十条探偵団2

明日は何を撮りに行こうかな?

筑波と富士とユリカモメ

2024-01-26 | 散歩

  舎人(とねり)公園へ着いたらまず丘へ行こうか
  池に行こうか花壇にしようかと考えます。
  早いうちに山を見たいし鳥たちが飛び立つ前に見たい、
  花は逃げないから最後にしよう、が今の歩き方ですが。

 

   そんなわけでまずは「あさひの丘」へ、薄雲があったのでどうかなと思ったけど
   筑波山の方は雲もなくこの日もしっかり見ることができました。

 

 

   富士山の方はと言えばごく薄い雲がたなびき頂上がちょこっと見えただけ、
   でもあちこち見ている間に雲は無くなりちょっとぼんやりしてるけどこの日もオッケ。

 

 

   NTTドコモ代々木ビル、通称ドコモタワーです。
   普通のビルの50階くらい高さがあるが使っているのは25階まで、
   その上は空っぽのハリボテでアンテナの高さを稼ぐためにこの高さにしたという。

 

 

   池へやってきました、今日もユリカモメがいたけど数は少な目、お食事にでも行ったのかな。

 

 

   ♪ カモメの水兵さん、並んだ水兵さん、、、ユリカモメは並ぶのが好きだねぇ。

 

 

   はい、左向け左!。一羽だけ無視してるのが、これって足環をしてるねどこかで逮捕歴ありってことかな。

 

 

   ここにいるとエサをくれると思って飛んでくる。悪いなぁ、なんにも持ち合わせがないんだよ。

 

 

   「分かったよ、なんか拾って食べようっと」。落ちていたポップコーンなど食べています。

 

 

   着水でも飛び上がるのでもありません、例のバタバタです。ユリカモメでもやるんだね。

 

 

   こっちはユリカモメだはなくカモさんかな、
   目の前でこれをやられるとつい撮ってしまう。
   前に白鳥のこれを見たけどさすがにダイナミックだねぇ。

   今年はユリカモメが早く来てくれたので助かりました、
   花のないこの時期に被写体が増えるのはありがたき哉。

          data:EOS70D/EF70-200 1:2.8 L 。 撮影  1月 19日  舎人公園

          

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素戔嗚神社も久しぶり

2024-01-25 | 散歩

  弁天さまの帰りは道筋にある素戔嗚(すさのお)神社へ、
  ここも久しぶりとなります。
  境内は広々としているけど弥生三月ともなれば
  二千とも三千とも言われるお雛さまが飾られ春を彩ります。

 

   素盞雄神社の主祭神は、素盞雄大神(すさのお おおかみ)です。
   そして素盞雄大神は、海、嵐、農業の神さまでもあります。

 

 

   鳥居をくぐると白い小さな幟旗が並んでいる、
   ここだけではなく境内あちこちで見られます。

 

 

   正面にはイチョウのご神木がそびえ木いっぱいに絵馬がかかっている。

 

 

   子どもは7歳までは神さまの子、ということで健康に育つようにと、
   また、この木の皮を煎じて飲むと、乳の出が良くなるという伝承があるようです。

 

 

   拝殿にもこの絵馬がいっぱい並んでいる、まだほかにもあるので総数は大変なものだね。

 

 

   ユニークな狛犬さんはかなり古いものみたいだね。

 

 

   江戸時代までは千住牛頭天王、飛鳥権現社と呼ばれていました。
   明治に入り廃仏毀釈によって神仏分離され素盞雄神社に改称されました。

 

 

   境内には「小塚原富士(こづかはら ふじ)」と呼ばれる富士塚があります。
   余談ですが江戸のころにはすぐ近くに「小塚原(こづかっぱら)」と呼ばれた刑場がありました。

 

 

   富士塚の頂上には 浅間神社が祀られています。
   毎年7月1日には山開きが行われ、富士塚へ登ることができます。

 

 

   ここは松尾芭蕉が「奥の細道」の旅へ出発した地点のすぐ近く、
   芭蕉は住んでいた本所から舟で千住大橋まで来て
   そこから奥州へ、「奥の細道」へと旅立ちました。
   先日の旧日光街道、宿場町通りを歩いたことでしょう。

   この旅立ちに当たって芭蕉が詠んだ「行く春や鳥啼き魚の目は泪」の
   矢立初めの句碑(松尾芭蕉の碑)が境内にあります。
   その千住大橋のジオラマが作られていました。

 

          data:PowerShot G7X MarkⅡ。 撮影   1月17日   荒川区・素戔嗚神社

          

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弁天さまにも初詣

2024-01-24 | 散歩

  百花園から真っすぐ帰るのも芸がない、
  ちょっと足を延ばして吉原へでも行ってみよう。
  思えばしばらく行っていない、
  弁天さまは一人ぼっちで寂しかろうと。

 

   吉原の入口となる「見返り柳」、帰る段になってもつい今いたところを振り返ってしまう。
   「きぬぎぬのうしろ髪ひく柳かな」・・・。

 

 

   吉原の真ん中の通り仲之町通り」を突き抜けたところにある吉原神社の本社。
   江戸のころはこの辺りを「水道尻」と。張り巡らされていた水道もこの辺りが終点だったようです。

 

 

   5,60mくらい離れて奥の院、弁天さまはここに祀られています。
   かつてはここに大きな池があって弁天さまが祀られていた。

 

 

   関東大震災が起きた日に猛火の中を遊女たちはこの池に逃げたが約500人が命を落としたと。
   ここに慰霊のための観音さまが建立されました。

 

 

   弁天堂の壁画は東京芸術大学、武蔵野美術大学の学生や卒業生により描かれました。

 

 

   弁天さまは元々はインドの河神であることから、
   日本でも水辺、島、池など水に深い関係のある場所に祀られることが多い。
   そして龍とか白蛇とかに関連付けられることも。

 

 

   弁天堂の向かいに池があったが行ってみたらすっかり作り替えられていた、
   ちょっと安っぽい池になってしまったなぁ。

 

 

   かつてはこんな池があって情緒的にも豊かだったけど。

 

 

   そして池にはこんな絵も飾られていた。

 

 

   花吉原名残碑(はなのよしわらなごりのひ)。
   吉原遊郭の歴史を永く止めようと昭和35年に地域有志によって建立された石碑です。

 

 

   焦らさないで弁天さまに会いに行きましょうか、ここにも大きな龍がありますね。

 

 

   さあ吉原弁天さまです、久しぶりにお会いしました。
   日本橋の吉原遊廓が移された。以来、300年間に及ぶ遊廓街新吉原の歴史が始まり、
   遊廓造成の際、池の一部は残りいつしか池畔に弁天祠が祀られ、
   遊廓楼主たちの信仰をあつめたが、現在は浅草七福神の一社として、
   毎年正月に多くの参拝者が訪れている。

   市杵嶋姫命(弁財天)は、遊郭の土地造成でできた弁天池に祀られ、
   関東大震災の後に遊郭の守護神に加えられました。

 

          data:PowerShot G7X MarkⅡ。 撮影   1月 17日   吉原弁財天

          

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梅と椿とシモバシラ

2024-01-23 | 季節の花

  百花園へ行っても梅に目を取られ
  ほかの花はどうなんだろう、
  見渡してもさすがにこの季節
  花らしい花はもうちょい時間がかかりそうです。

 

   唐梅もたくさんあるけど先に咲いたこの一本がまず頑張っています、ほかの木はおっとり型かな。

 

 

   冬至は確か一本だけ、最近植えられた木です。
   紅冬至(こうとうじ)のつぼみが膨らんでいたのでこちらはもうすぐでしょう。

 

 

   新しくやってきた梅、竜峡小梅(りゅうきょうこうめ))が咲きました。
   小梅生産量1位の小梅で、カリカリ梅の加工用として有名です。

 

 

   八重寒紅が満開近くなりました、外の公園でも八重寒紅はもう満開ですね。

 

 

   寒椿が最後の輝きかな、梅が咲いたら役目を終えるんですね。

 

 

   白い椿、今年はどうしたのかな?まだそうお年でもないと思うけど、来年は頑張って。

 

 

   ボケがきれいな姿を見せてくれました、丸っこい赤い花がかわいい。

 

 

   朝のニュースで今朝は0.5℃と、ひょっとすると見られるのかなシモバシラ。
   ただ百花園の開園は9時なので融けないで残っていてくれるだろうか、
   開園1番に飛び込んで直行、ちょっと小さ目ながら一個だけ残っていた。

 

 

   冬になって枯れるシモバシラの木、それでも水を吸い上げている。
   枯れてひび割れた茎の割れ目から水が染み出し外気に触れて凍り、きれいなオブジェとなる。
   近くではほかにどこで見られるだろう、高尾山は有名なんだけど。

 

 

   マンサク、支那マンサクのつぼみです。折り畳まれたリボンみたいな花弁がちょこっと覗いている。

 

 

   なんだかよく分からない"作品"が展示されていた、
   それは芸術に無縁の私が言うことで見る人が見たら絶賛するのかも。
   百花園も手を変え品を変えやってくる人にサービスしてる、
   ここはありがたく拝見して更なるサービスを期待しよう。

 

          data:EOS70D/EF70-200 1:2.8 L。 撮影   1月 17日   向島百花園

          

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日光街道旧道を歩いてみた

2024-01-22 | 散歩

  千住は日光街道の街、
  旧道がそのまま残り宿場町通りと。
  魚市場から本町通り商店街、宿場町通りと
  旧街道沿いは賑やかな商店街が続いています。

 

   旧道なので狭い道を商店がびっしりと埋め尽くす街、
   いま大きなビルを作っているので作業用の車で歩くのも大変です。

 

 

   頭の上には関連する浮世絵や地口行灯がこれもずらりと。

 

 

   小さなかわいい道の駅なんかもあって地元も観光に力を入れています。

 

 

   「高札場」の跡が小さな公園になって子どもの遊び場に、
   明治の初期まで高札場として残っていたようです。

 

 

   その公園にかわいいモニュメントが、何かを覗いているのかな。
   銀座にも同じようなモニュメントがあります、こちらの子どもは背中に羽が生えた天使だったけど。

 

 

   「横山家住宅」、伝馬屋敷の跡です。
   宿場町で運送業みたいな仕事をやっていた家。(足立区登録有形民族文化財に指定)。

 

 

   「千住絵馬屋・吉田家」、江戸中期より代々絵馬や地口行灯などを作っていました。
   (足立区登録無形民俗文化財・足立区登録有形民俗文化財)
   地口行灯は本来初午のとき使われたが今ではいろいろな催しにも使われています。

 

 

   狭い道にひしめき合う商店、ひらがなとカタカナが隣り合うことも。

 

 

   さらに何のお店かよく分からないお店も散見される、食べ物屋さんかな。

 

 

   そしてお店かどうかよく分からない建物も、昔を引きずっている街なので分からないことも。

 

 

             

         そんな古い町並みの中に全く新しいタイプの建物も、
         古けりゃいい新しければいいというものでもないけど
         ちょっと場違いな感じも。
         

         最近の住みたい街ランキングで2023年は1位に選ばれた北千住、
         調査した会社によると「昔ながらの商店街や居酒屋が残る街並みも
         人気の要因の一つとみられる」と。
         かつては悪いイメージが多かった足立区、
         一転して人気の街になってもらいたいものです。

 

         data:PowerShot G7X MarkⅡ。 撮影  1月 16日  北千住・宿場町通り

         

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