* 平家物語(百二十句本) の世界 *

千人を超える登場人物の殆どが実在の人とされ、歴史上”武士”が初めて表舞台に登場する
平安末期の一大叙事詩です。

第七十句「平家一門都落ち」

2009-08-10 10:05:56 | 日本の歴史

  遅れた平維盛兄弟たちが、先行する平宗盛一行本体に追い付
  いた場面。(左の手前、黒毛馬の宗盛。相対する維盛)

<本文の一部>

  平家都を落ちゆくに、六波羅、池殿、小松殿、西八条に火をかけたれ
 ば、黒煙天に満ちて、日の光も見えざりけり。
  あるいは聖主臨幸の地なり、鳳闕空しくいしずゑをのこし、鑾輿ただ
 あとをとどむ。あるいは后妃遊宴のみぎりなり、椒房の嵐の音かなしむ
 掖庭の露の色うれふ。藻扃黼帳の基なり、弋林釣渚の館、槐棘の座、
 鵷鸞のすまひ、多日の経営を辞して、片時の灰燼となれり。いはんや
 郎従の蓬蓽においてをや。いはんや雑人の屋舎においておや。

  余炎のおよぶところ、在々所々数十町なり。「強呉たちまちに滅びて,,
 姑曽田委蘇台の露荊棘に移れり。暴秦衰へて虎狼なし、咸陽宮の煙
 睥睨を隠しけんも、かくや」とおぼえてあはれなる・・・・・・・

   池の大納言頼盛は、池殿に火をかけ、落ちられけるが、なにとか
 思はれけん、手勢三百余騎引きあうて、赤旗みな切り捨て、鳥羽の
 北の門より都へ引きぞ返されける。越中の前司盛俊これを見て、大
 臣殿に申しけるは、「池殿のとどまらせ給ふに、侍どもあまたつきた
 てまつってとどまり候。大納言殿まではおそれに候。侍どもに矢一つ
 射かけ候はばや」と申せば、大臣殿、「そのこと、さなくともありなん。
 年来の重恩を忘れて、このありさまを見果てぬ奴ばら、とこう言うに及
 ばず」とぞのたまひける。

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<あらすじ>

<都落ちの、池の大納言頼盛のてんまつ>

(1) 都を落ちゆく平家は、一門の屋敷を始め町に火をかけて焼く。

(2) 池大納言・頼盛は、屋敷に火を放った後、手勢の三百余騎と共に
  赤旗(平家の旗)をみな切り捨て、途中から都へ引き返してしまう。

   同じく都を落ちて行く宗盛の軍勢の中の越中の次郎盛嗣が、これ
  を見咎めて、宗盛に「かの侍共に矢でも射かけてやりましょうか」と
  申し上げるが、宗盛は「平家の苦境を見捨てる奴、捨て置け」と留
   めるのであった。

(3) 頼盛は、八条女院(鳥羽帝皇女)の常盤谷の山荘に入り、「もしもの
  時はお助け願いたい」と女院にすがるのであったが、「世が世であ
  れば何とでもなろうものを、今の身の上では・・・」と口ごもる。

    頼朝は、常日頃から頼盛に好意を寄せていて、「ご貴殿をおろ
    そかには思っていません、かつて私の命を助けてくれた貴方の
    亡き母御・池の尼殿の生き写しのように思っています。
     八幡大菩薩もご照覧あれ・・・・」と、度々誓書を送って申し伝え
    ていたと言い、平家追討の軍勢が都に攻め上るごとに、「決して
    池殿(頼盛)の侍に弓を引いてはならん」と云っていたくらいであ
    ったと言う。

維盛など、重盛の子息たちの動向>

(1) 妻子との別れに、思わ時を過ごした維盛たちは、ようやく帝を守る
  宗盛の軍勢に追いつき、待ちかねた宗盛は、ほっとして合流する。

(2) 落ち行く一門の武将や僧侶たちの、名前を連ねる記述がある。
  この他、検非違使、衛府、諸司など主だった者たちを含む総勢は
  七千余騎とか・・・。

(3) 小松の三位・維盛を除き、他の者は妻子を伴っての都落ちであった
  が、陸路を馬で行く者、海路を船で行く者、思い思いに落ちて行くの
  であった。

<旧都・福原での宗盛

(1) 宗盛は、旧都・福原に着き一夜を明かすが、主だった侍たち三百余
  人を集めて、「そなた達は、先祖代々伝わってきた家来たちであり、
  縁の浅い客分の者とは違う。平家の年来の恩をわきまえて、どこま
  でも帝のお伴をするべきだ・・」と諭す。並み居る侍たちは「どこまで
  もお伴します」と応えるのであった。

経盛
 ふるさとを 焼け野の原とかへりみて 末もけぶりの 波路をぞゆく

忠度
 はかなしや 主は雲井にわかるれば あとはけぶりと 立ちのぼるかな

経正
 行幸(みゆき)する 末も都とおもへども なほなぐさまぬ 波のうへかな 

この他、平家随一の忠臣として知られる“平貞能”は、都へとって返す
が、誰一人都へ戻る武将とて無く、傷心のまま平家一門と別れて、東
国へ下る宇都宮朝綱を頼る話がある。
  
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