日本でもひとたびブームになったパワースポットのひとつ、セドナ(アリゾナ州)。
スピリチュアルとか特別興味があったわけではなかったのだが、行ってみたら、、、とってもよかった。
口では説明できない、、それがここに繰り返しやってくる人の答えなのかもーと思ったり。
少なくとも私はまた行きたいと思う場所のひとつです
ふざけたこと、面白いことを真剣にやるって、笑いを越えて感動すら与えるということを、
今までの経験で実感してきた。
●歳になったからとか、女性だからとか、そういうことを言い訳に面白いことをしなくなったら、つまらない人間になるような気がして、
面白いことををすることに貪欲でありたいと思ってはきたけれど、
何だか最近、自分のそういうことに対する野心が薄れてきている気がして、
いけないいけないと思っていたところでもある。
つまりは、年齢を言い訳にしない、したくないと言っておきながら、
ここ最近、すんごーく気にしている自分がいるということに気がついてしまったという、その事実。
そんなとき、放送作家・鈴木おさむさんの言葉が結構すとんときた。
鈴木おさむのネタ帳
ふざけたことを真剣にやる!
それができるかできないかって、でかい気がするんですよね。
人間力というか。
ふざけたこと、言うだけならいくらでも言える。
だけど、それを実現しちゃうパワーがあるか、どうか。
あーしたいな、こーなったらいいな。
願うこと、口にすることならば、誰にでもできる。
でも、それを実現させちゃう人とそうでない人の違いは、大きい。
何かをモノにするって、簡単なことではない。
そういうとき、3つのステップがある気がする。
①自分が抱いている野望は現実的に、実現しうるものなのか否かの判断力。
煮えたぎるような情熱とあくまでも冷静に分析する力をフルに活用して判断できるか。
②じゃ、行けそうか!?って判断した後の、実際に、あたしやるわ、決めた。っていう決断力。
決断するまでに悩むって人が多いのは事実だと思う。
③決断したからには、やるよ。っていう、行動力。
最終的にはこれがすべて。
判断力があっても、決断力があっても、最終的に動くかどうかってことでしょと思っている。
口でなら何とでも言えるでしょう。
面白いこともそうだったりね。
アレやったら面白いんじゃない。こんなことも出来るんじゃない…っていう妄想ももちろん大切なのだけど。
そして、結果を出すこと。
面白いことにだって、結果がついてこないと。
別に面白いことをしてお金をもらうプロではないので、結果を求めるのは違うのかもしれないが、
好奇心がある限りは、その思いに、直感に従っていたいと思う。
そこに人間力みたいなものが宿っていく気もする。
何をやるにも真剣に取り組めば、自分の中でそれなりの結果は得られるのではないかと思ったりもした。
そして、その、自分の中でっていうのがいかに難しいかということを、今になってようやく分かってきた気がした。
人と、他と比べて答えを出す方がよほど簡単だから。
自分で自分と向き合ったり、自分の中で考え抜いて答えを出したりすることも、
人間力ってのに繋がるのだろうと私は思い、その人間力っていうのを高めていきたいとつくづく、思う。
好奇心がある限りは、その思いに、直感に従っていたいと思う。
そこに人間力みたいなものが宿っていく気もする。
個人的にこの2行が最もグッときました。
そうありたいものです。
ありがとうございます。
年齢を重ねると、いい意味でも悪い意味でも、これまでの経験が働いて好奇心にストップをかけることがなくはない気がして。
10代の頃ってこわいもの何もなかったなぁとも思いますが、大人になることの方がずっと楽しいと私は思うし
つまりは、人間力なんて年齢関係ないのかもですね。