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四国88ヶ所 自転車遍路の旅⑲

2006-08-03 22:48:16 | 遍路
 四国88ヶ所自転車遍路の旅8-5 通算19回目です。いよいよ、
 結願(けちがん)までカウントダウンですが、身も心もダウン寸前・・・

 
長尾寺への道は国道十一号線と交叉する交通量の多い県道三号線をひたすら南を目指して歩いて行く。最初の頃は志度の町並みで、県道の両側はコンビニやスー パーマーケット、商店、住宅などが並んでいたが、やがて高松自動車道の高速道路の高架を過ぎる頃からは、人家も絶えてくる。いよいよ激痛となってきた足 を、ごまかしごまかし歩く。木陰を探しつつ、排気ガスと照りつける太陽に辟易としながらもくもくと歩きつづけた。
 一時間ほど歩くと、県道か ら左手のほうに旧道が繋がっている地点に着く。旧道は遍路道となっており、そこを歩きやっと排気ガスから解放された。遍路道といっても交通量の多い国道や 県道を辿る道も結構多く、特に真夏の暑い季節には余り快適ではない。さて、旧道をしばらく行くと、玉泉院という寺の前を過ぎた。玉泉院の門前は、立派な藤 棚があり横手のほうには、第八十七番札所の長尾寺の奥の院との掲示が出ている。高校生ぐらいのグループが玉泉院の中に入っていったが、合宿でもしているの だろうか。
 玉泉院を過ぎ三十分ほど行くと、ふたたび県道三号線にぶつかるが、それを横切り、川の土手の上の道を歩く。標識が出ており長尾寺 までは二.三キロメートルとのこと。土手の道を一キロメートルほど行くと「へんろ橋」があり、そのたもとに「お遍路さん休憩所」の東屋がある。時刻は十五 時四十分。長尾寺まではあと一.三キロメートルであり、時間は余裕を持って間に合った(ケーブルカーと琴電のおかげか)ので、しばし休憩。少しすると若い 男性の歩き遍路さんが到着した。

  私
  「ご苦労様。一番から通し打ちをされているんですか。」
  遍路さん
  「いえ、私は家が松山で、松山をスタートして予定では一国打ち(それぞれの県ごと、四回に分けて回りきる遍路の仕方)で歩いています。仕事の都合で毎月人に合わねばならず、通し打ちはちょっとできません。」
 私
  「最近は、若い人が遍路をするのが多いですね。特にこんな真夏は年配の人はほとんど見かけませんが、そのかわり夏休みを利用してか、学生さんのような人も多いですね。」
  遍路さん
  「そうですね。先ほど志度寺で見かけられたでしょうが、自転車で遍路をしている学生さん。あの自転車はお接待で貰ったそうですよ。もっとも終わったら返しに行くといってましたが。」
 
  そういえば、志度寺を出発する時、ママチャリに荷物を一杯積んだ学生風のお遍路さんと挨拶を交わした。しかし、彼はもうすでに私たちを追い越してずっと先まで行っているだろうと思う。
 
  遍路さん
  「しかし、いろいろと話を聞いても、通し打ちの遍路さんは誰も仕事をしていませんよ。学生さんか、リストラに遭われた方、リタイアされた方などで、現職を持った社会人は通し打ちはおろか、区切り打ちでもなかなかできるものではないですよ。」
  私
  「それはそうだと思います。私は大学職員ですので、比較的長期間のゴールデンウィークや夏期休暇があります。だから今まで区切り打ちの自転車遍路ができたので、幸せなことだと思います。」

  お互いの今後の奮闘を励ましあって、男性の遍路さんは先へと歩き出した。 「遍路橋」を渡ると、長尾の町に入っていく。長尾の町は土壁の旧家があちこちに在り、古い町の雰囲気が残っている町である。町中をしばらく歩くと、第八十 七番札所の側門があり、正面の仁王門のほうに回り込むと本日の宿泊地「民宿ながお路」がある。「民宿ながお路」の前にご婦人が立っており、挨拶をするとそ の人が女将さんであった。
 荷物を置かせてもらい先にお参りとする。十六時十五分に第八十七番札所「長尾寺(ながおじ)」に 到着。梵鐘が吊るされた仁王門を入ると広い境内に本堂と大師堂がある。本堂の長押には立派で迫力のある龍が彫られており、この寺の個性がにじみ出ている。 お参りを済ませ納経帳に記帳を頂こうと納経所へ入ると、先ほどの歩き遍路さんがくつろいでいた。これ以上行動する気配は殆どなく、どうやらここに泊まるよ うな雰囲気である。
  「民宿ながお路」に戻り、早速靴下を脱いで足を見るとちょっと重症の感じである。右足の小指は爪が奥から剥れて浮き上がっており、しかも化膿している。浸 潤液が止まらず出血もあり靴下はどろどろ。指が白蝋化し壊死の状態である。左足の小指も、爪は剥れてはいないが浸潤液が止まらない。やはり壊死のような状 態。さらに両足とも親指のつけねから足裏にかけて「立派な」マメができている。よくこんな足で歩いてきたものだと感心しつつ、サイズのきつい登山靴を履い てきたことへの深刻な反省と、明日いよいよ結願への最後の旅をどうしたものかという不安が交錯する。
 ”連れ合い”のほうも数箇所に「立派な」マ メを作っている。ただ、マメだけなら何とかはなる。とりあえず入浴し、風呂から上がってバンドエイドで手当てを施した。その後、町に出て消毒薬やらバンド エイドを買い込もうと思い薬局を探したが、すでに閉店していて買えず。明日が気がかりである。「民宿ながお路」に戻り、夕食を頂いた後で女将さんに頼み、 消毒薬をわけてもらった。とりあえず、どうしようもないのでコインランドリーで洗濯後早々と就寝とした。 本日の歩行距離は約二十六.八キロメートルであった。     
                                             (続く)

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