"いそ"あらため、イソじいの’山’遍路’紀行’闘病、そしてファミリー

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パライソメッセージ20131011 No.30

2013-10-11 15:38:03 | メッセージ

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パライソメッセージ 2013.10.11 N0.30

 Mail : isokawas@goo.jp

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【主張・意見・コメントのページ】

テーマ:かつてR学園は光り輝いていた-活気溢れるR学園の再生を目指して-⑧

(1%の居直りと共鳴して)

 未来を見据え学園の大多数の構成員が課題を共有し、持続可能な改革に一体となって取組んでいくには、相互不信の源泉となった過去の過ちに対して、真摯に総括し反省することが必要である。2009年10月に、常任理事会の【『「学園運営の改革に関する検討委員会」報告』の受理にあたって】の文書が出された。その論旨は周知の通り、トップダウンガバナンスや総長選任規程のプロセス、一時金カット、理事長・総長の退任慰労金問題等々の具体的な事例を挙げ、そのことが学園での不信の基、混乱の要員をもたらしている原因であり、常任理事会は「満腔の反省」を表意している。そして再び学園の構成員が参加・参画して学園創造を、と述べていたことは多くの教職員の記憶にあることだ。そのとき、やっとR学園も正常化に向けて仕切り直しが始まるのか、と思った教職員は私だけではなかった。

 然るに。現実はどうか。

 最近ではOICのキャンパス用地取得に関して学内での大きな疑問や、5学部長声明に見られるような明確な反対意見を無視して強引に取得を進めたり、学園財政での従来の説明の反故と将来の財政に対する深刻な不安、それに対する説明不能。当事者である経営学部教授会からの財政問題への憂慮表明に対する無視の状態、数100億円以上にものぼる工事契約においては従来から疑念がもたれていたT社との随意契約、理事会での『報告事項』として議論をスルーしようとしたこと、等々のことがいまだに変わらずまかり通っている。むしろより一層酷い状態に陥っているのではないか。

 最近のわが国の状況を見てみると、1%の権力者・富裕層そして彼らの利益を代弁する政治家の『居直り』は凄まじいほどに酷い。橋下大阪市長は『慰安婦は必要だった』と言い、そのことを取り消すことなくマスコミが悪いと攻撃する。麻生副総理は『ナチスを見習い、憲法を変えればよい』と言い、安部首相は『Atomic Power is under control 』と言い海外のマスコミに顰蹙を買っている。それどころか安倍首相は原発輸出のセールスマンとなり、あるいは『社会保障のため』と公約していた消費税は殆どが法人税減税分の補填に費やされる。大阪市の公募校長はパワハラ、市会議長は自分のパーティーに市立高校のブラスバンドを動員し、ワタミの元会長は恥も外聞も無く『夢』や『ありがとう』を公言し、過労死した社員の家族に謝罪もしない。こんな事例が次から次へと湧くように出てきて、いずれもが謝罪することなく、逆に居丈高に居直っている。マスコミは社会の木鐸として正義を追求することなく、かえって1%を称えている。消費税の8%への増税に当たって、『歴史的決断』などを言う新聞も含め殆どの新聞は体制翼賛である。Y新聞では社説で、『脱原発』を言う小泉元首相にまで『見識を疑う』などと言ってのけている。

 振り返ってR学園を見てみよう。前述のような学園の状態は、1%の居直りとまるで共鳴するかのように重なってくる。私はその1%の権力者、富裕層そして彼らの利益を代弁する政治家の居直りと学園一部トップ層の居直りは、ある種の仕掛けによって共鳴しているのではないかと思っている。

 先に述べたような、これら学園一部トップ層のガバナンスの後ろ盾は、改悪『私学法』だろう。学園は『私学法』に則って、理事長(国公立大学では学長)の『リーダーシップ』やトップダウンガバナンス、教授会の権限の極端な弱化を押し進めているし、一部トップからは『私立学校法』の言葉が漏れ聞こえたこともある。つまり、先述のような学園一部トップ層の独善的で強引な立ち居振る舞いの後ろ盾は文部科学省ではないかという思いを持たざるを得ない。でなければ、学位問題といった、学問・教育の場における致命的な失態や5年にも及ぶ一時金訴訟といった学園の不正常事態、200億円以上にも上る工事契約を理事会審議にかけないことに対して、おそらく文部科学省からの『厳しい指導』があったであろうことは容易に予測できるが、表面的にはなんの咎めも無い様に見える。無傷で過せているといったことは、理解が及ばない。なんの咎めも無いのなら、文部科学省の怠慢である。

 権力者、富裕層それに迎合する一部政治家と、R学園の一部トップ層の1%の居直り。これらは全くパラレルなものではないだろう。確かに今の政治・経済状況が大変酷くなっており袋小路の閉塞状況に至っており、居直りしか当面活きる道が無い。畢竟『今だけ、自分だけ良ければ』といった退廃的状態になる。マスコミも1%の居直りを批判するどころか、彼らに迎合するといった退廃・堕落である。

 だからこそ、私は1%達の居直りを許してはならない、看過してはならないと思う。これはR学園一部トップ層に対しても同じである。『済んでしまったこと』『手続きに問題があっても決まったことは仕方が無い』と諦めずに、彼らの責任を明らかにし、正しく総括させるべきである。放置すれば国も学園も滅びへの道を転げ落ちていく。ここ10年位の文部科学省の政策やサジェッションは無謬で金科玉条ではなく、酷く破綻しているい。ロースクール、公認会計士の大量養成、オーバードクター問題、等は破綻した政策であり、これからの『エンプロイアビリティとしてのキャリア教育』や『グローバル人材育成』も限りなくグレーである。私は1%達の居直りを、そういった意味でも強く懸念している。

(続く)

 

「一押しBook」

 

書名:大学キャリアセンターのぶっちゃけ話-知的現場主義の就職活動-

著者:沢田 健太(ペンネーム)、民間企業で営業や人事職、その後複数の大学でキャリア形成支援に関わる。

出版社:ソフトバンククリエイティブ㈱

書評:

 この本にはポリシーが無い。したがって学生、親、企業いずれに対するメッセージも感じられない。小ネタの暴露話で、現場の人間としては学ぶところは無かったし、学生に聞かせたいと思うところも無かった。ちょっと『大人』の視点からの評論家的アドバイスはところどころに書かれているが、就活真っ最中の学生にとっては、身近なキャリアセンタースタッフのほうが、学生に寄り添ったサポートをしてくれるだろう。

 筆者はあとがきの中で「就職率、就職実績の操作」「就職ナビサイトに企業も振りまわされている」「ショーイベント化する企業説明会」「企業の要請に対する『行き過ぎた適応主義』」などへの問題提起をしている。一定の現場からの視点であろう。ただ、全体の文章が非常に軽妙洒脱で、いわば読ませる文章になっていて、それが一方では問題提起するといったこととのアンバランスが極めて不自然だ。

 あくまで推測だが、これはプロのライターが取材に基づいて書いているのだろうと思う。それも取材のソースは「沢田 健太」さんだけではなく、複数の大学(大手から中小規模まで)の職員ではないかと思ってしまう。しっかりしたポリシーが求められる。

 

イソの評価:★☆☆☆☆

蔵書:キャリアセンター資料で、書架にあり。

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パライソメッセージ20131004 No.29

2013-10-03 18:03:08 | メッセージ

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パライソメッセージ 2013.10.04 N0.29

 Mail : isokawas@goo.jp

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【思うところ】

 作家の山崎豊子さんが亡くなられました。

 実は私は、小説は読まない主義です。なぜなら、小説は同じパターンでばかり書かれているから。つまり、様々な人間関係や人間模様が書かれ、最後にはどんでん返しの結末へと、パターン化されていて、何を読んでも大体同じなので結局飽きてくる。しかし、山崎豊子、司馬遼太郎、松本清張だけは別格。この3人の小説は大変骨太で、物書きとしての偉大さというか責任感というか、そういった重みがずっしりと伝わってくる。特に私は、山崎豊子と司馬遼太郎の小説は全て読んだ。

 山崎豊子の小説で最初に読んだのは『白い巨塔』。それを読んで、この作家の小説は全部読もうと思い、読み始めた。山崎豊子の小説にもあるパターンがあり、正義感の強い主人公が巨悪や巨大な壁に必死に、果敢に立ち向かう。そして女性作家らしい淡いロマンスが必ず入り、結末は繊細な抒情詩のような世界。初期の頃の『ぼんち』『花のれん』『芙蓉の人』などは別として、だいたいそういったパターンなのだが、何しろ素材が重厚でありそれに対して徹底的に真摯に取組んでいるので、一つ一つの小説のメッセージがずっしりと心に滲みてくる。どの小説にも全て感動したが、一番感銘を受けた小説は『大地の子』だった。多分それは戦争という原体験が背景にあり、山崎豊子の思い入れが、他の作品とは質が異なっていたからだろう。その意味では『二つの祖国』も少し同じ香りがする。共通して骨太で反骨清心旺盛で不屈でそれでもって責任感に満ちた丁寧な小説なのだが、この2作、特に『大地の子』は先の戦争を体験した作者が原体験を何重にも補強して小説として仕上げている。この世代の歴史を深く描くことが出来る筆力といったことといい、重厚長大なメッセージを送り続けてきたことといい、このような作家はもう二度と出てこないだろうと思う。 

合掌。

 

【主張・意見・コメントのページ】

テーマ:かつてR学園は光り輝いていた-活気溢れるR学園の再生を目指して-⑦

 (21世紀COEの採択の持つ意義)

 1998年の大学審議会答申を受けて「新自由主義政策」の施策の一つとして21世紀COE(卓抜した研究拠点)の採択が2002年から開始された。R学園では学園が培ってきた研究の成果を結実させるべく、教職が協働し積極的に申請に取り組んだ。その結果2002年度の第1回目のCOEにはR大学で3件(2003年度1件)が採択され、それは私学においてはK大学(5件)、W大学(5件)に続き第3位の成果であった(ちなみにT大11件、K大10件)。この時は学園の研究者、教員が営々として培ってきた研究の成果、たとえばアート・リサーチ・センターのわが国の最先端をリードし続けてきた研究や、産学連携で取組まれ、成果が検証されてきた研究が21世紀COE採択という形で結実したものであり、それらは学園全体の努力の結実として、学園の全構成員、校友、父母等の学園関係者にとっても大きな確信となり、学園アイデンティティの醸成に大いに貢献した。

 しかし、それ以降2005年にスタートするグローバルCOEも含めて学園の取り組みはどうであっただろう。どちらかというと立命館学園では1998年以前は研究活動は『冷遇』されていた。「費用対効果の非効率」「経費がかかる」「研究費は自前で稼いでくるべき」「教育が優先」等々言われていた。ところが1998答申、そしてCOE以降は、「採択」されること自体が自己目的化され、そのために「COEを取れる研究者」を外部から招聘するのに汲々としてきたり、それまでは『冷遇』されてきた研究費がにわかにマッチングファンドとして措置されるといったことになってきた。その結果一定の採択は果たした。しかし多大な経費を投入して外部から研究者を招聘し研究条件を整備してきたが、果たしてR学園の研究活動に多大な貢献をもたらし、学園の研究活動が大いに発展し、社会的にも貢献出来たのだろうか。そのことが学園のすべての構成員・校友・父母の確信となり、アイデンティティの醸成に大いに役立っているのであろうか。父母や受験生の視点は評価のほうへと向いていったのだろうか。それらのことを、遅きに失したかも知れないが真摯に総括しなければならないのではないか。

                                         (以上)

 

「一押しBook」

?貧困大国ア... 

 書名:㈱貧困大国アメリカ

著者:堤 未果  東京生まれ、ニューヨーク市立大学大学院国際関係論学科修士号取得、国連婦人開発基金、アムネスティ・インターナショナル・NY支局員、米国野村證券、以降ジャーナリスト。著書は『グラウンド・ゼロがくれた希望』『報道が教えてくれないアメリカ弱者革命』他多数。

出版社:岩波新書 2013年6月27日第1刷 1,500円(税込み)

書評:

 本書はよく読まれ、よく売れている。今話題の本の一つであり、TPPなど多国籍企業の横暴が吹き荒れる現代のトレンドを読む意味でも、自らの価値観に忠実に生き自らのキャリアを形成している女性のメッセージを読む意味でもお勧めの一冊である。筆者はアメリカの大学院を修了し、国連やアムネスティといった、自らの価値感に沿ったキャリアアップを体現している。  

 内容は、現代のアメリカにおいて多国籍企業や富裕層といった1%のエゴのために99%の人々が貧困に陥っている実態を徹底的に現場視点で暴き出し、『今だけ・自分だけ』よければ良いという1%層のモラルに対する告発である。第1章『株式会社奴隷農場』では、1%の構成者であるアグリビジネスやバイオ企業がいかに危険な農作物を作り、弱者・弱国を犠牲にして利益を独占する仕組みを作っているか、第2章『巨大な食品ピラミッド』第3章『GM種子で世界を支配する』では、遺伝子組換え食品(GM食品)の危険な実態と人々に犠牲を強いて1%が利益を独占する仕組みが述べられている。第3章までのところで、『食』を支配することによって世界を支配する、よりありように言えば手段を選ばず、遺伝子組み換えといった『神をも冒涜する』業で以ってしても『今だけ・自分だけ』の利益をむさぼる1%(この場合多国籍企業のアグリビジネスや製薬業界等)を強く告発している。

 第4章『切り売りされる公共サービス』では1%の社会的責任の放棄、納税と公共サービスへの貢献もボイコットする実態と、その結果としてのデトロイトの破綻や公教育、消防、公園などが消滅していく実態と、民営化された『夢の町』の実態がレポートされる。第5章『政治とマスコミも買ってしまえ』では今日の政治の裏側やマスコミの堕落が書かれている。そうしてアメリカは富める者と貧困者の格差が絶望的なまでに広がり、1%の強欲な超富裕層の影で、99%の悲惨な貧困層がうごめく超貧困大国への道を歩んでいる。

 勿論、本書は絶望とあきらめのメッセージではない。エピローグでは『グローバル企業から主権を取り戻す』ためにどうするのかのサジェッションが述べられている。

 最近は、強欲や貧困、アメリカ言いなりの従属、食の危機などを告発する書物が多く出版されているが、注目すべきはかつてのような『左翼的』『革新的』な人に限らず、元官僚とかどちらかというと『右翼的』な人による告発も大変多い。あちこちから日本の重大な危機に対する警鐘が鳴っている。

(以上)

イソの評価:★★★★★

蔵書:五十川蔵書。よく売れており、市民図書館にも蔵書あり。

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