大峰奥駈けの道 Ⅲ-④
十二時五十五分には「奥守岳」(標高千五百十メートル)のピーク、さらに十三時二十分に「天狗山」(標高千五百三十六・八メートル)着。「天狗山」は今回の山行でもっとも標高の高いピークである。更に十四時三十五分「蘇莫岳(そばくだけ)」にいたる。ここからは北東側に谷を挟んで前鬼の五百羅漢が望まれる。
この山行中の最高峰 天狗山 山頂
十五時ちょうどに「太古の辻」に到着。ここは見慣れた風景だ。「南奥駈け道」を「逆打ち」して辿り着いた。北の方は、「釈迦が岳」からの下り急斜面や「深仙の宿」が広がる。南は今歩いてきた南奥駈け道、「蘇莫岳」、東へは前鬼谷。今回の山行はここで一応尾根歩きを離れ、前鬼へと谷を下っていく。我々一行は「太古の辻」で、いつものようにたくさんの記念撮影をして、十五時二十分に前鬼谷を下りだした。谷の道であり日が早く翳って薄暗くなった谷筋を歩き続け、十七時に本日の宿舎「前鬼小仲坊」に到着。母屋の方に回って、前鬼を守っておられるオーナーの五鬼助(ごきじょ)さんと五鬼助さんの奥さんと一年ぶりの再開を喜び合った。前鬼には五鬼助さんと親しい地元に集まるお仲間さんが5名来ておられ母屋で和気藹々のおしゃべり。今夜の宿泊は母屋に泊まられる「お仲間さん」と小仲坊に泊まる東京からの単独行の登山者とわれわれ一行の9名。夕食のときに話していたが、奥さんは京都のある女子大学の大学院に、社会人学生として通っておられ、京都の歴史や文学等を学んでおられるとのことで、その向学心と御意欲に、大いに敬服した。
前鬼川の五百羅漢
バスで下北山村役場に戻る。「きなりの湯」で汗を流し、今回の山行の終わり
八月十五日は朝五時過ぎに起床し、前鬼の周辺の里山や五鬼の屋敷跡などを散歩して回った。小仲坊は真夏というのに快適な寝心地で、連れ合いと次女はまだよく寝ていた。六時過ぎに小仲坊に戻ると二人は起きており、片付けと出発のために荷物を整えた後母屋に回り、七時に朝食を頂いた。水がおいしいから、ご飯も味噌汁ももちろんおかずも大変おいしい。
朝食後、八時五分に前鬼を出発。延々と前鬼林道歩きのスタート。昨年通った時に台風によって崩落していた箇所が修復されており、一安心した。
前鬼トンネルを過ぎ、九時十五分に「不動七重の滝展望台」着。滝への遊歩道はいまだ荒れていて「通行止め」となっている。九時四十分には「前鬼山 不動の湯」の看板がある「西の谷」着。二十分の休憩。十時二十五分「大鷲谷」を過ぎ、十一時五分に国道百六十九号線との出合いにある「前鬼口バス停」に到着した。バス停で荷物を解き、前鬼から持ってきた水で昼食のラーメンを作り、食後はインスタントのコーヒーを飲んだ。水がおいしいので、ラーメンもコーヒーも大変おいしかった。
食後、荷物を片付けバスを待った。十二時二十一分「上桑原行き(杉の湯から新宮方面へのバス)」の奈良交通バスに乗車。十二時四十八分自家用車を駐車してある「下北山村役場」に到着。駐車場でわが一行三人は登山の荷物を解いて、村役場に駐車のお礼と下山の挨拶に出向いた。お盆の最中にもかかわらず職員さんが多く出勤しておられ、丁寧に対応していただいた。
十二時四十八分に村役場を出発。一路池原ダムのダムサイトにある整備されたキャンプ場、その中にある「きなりの湯」を目指した。「きなりの湯」は天然温泉で、ここに浸って今回の山行の疲れを癒していこう、とくに私は「病み上がり」だからということで、そういう計画となった。十四時二十分に「きなりの湯」着。十五時五十分までゆっくりし、家で待つ孫たちへの土産も買い揃え、帰路へと着いた。
(完)