伊佐子のPetit Diary

何についても何の素養もない伊佐子の手前勝手な言いたい放題

八ッ橋の起源論争、法廷に

2018年06月07日 | 京都

 

八ッ橋の起源論争、法廷に 「創業元禄2年」老舗が老舗訴え
http://www.kyoto-np.co.jp/politics/article/20180605000020



こういうことはすぐワイドショーが飛びついて話題にしていたが…
老舗同士の争いごとが野次馬根性で、面白がられるのだろうか。



 

八ッ橋といえば京銘菓として(京都では)有名だが、
八ッ橋を売り出している会社はいくつもある。

聖護院八ッ橋、…井筒八ッ橋…、
と言われてもどちらがどちらか?
京都市民でも区別がつかない。
おたべもあるし、その他いろいろ…、

今までずいぶん長いこと各メーカーの商品は、京都中の各店で売られていたと思うのだが、
なぜか今ごろになって訴訟が起きた。


あの一澤帆布騒動のようなものだろうか。
笑っていいものか、笑えない状態なのか。
京銘菓に泥を塗るようなことにならなければいいのだが。



↓記事


「 聖護院八ッ橋総本店(京都市左京区聖護院山王町)
が公表する創業年「元禄2(1689)年」は偽りだとして、
ライバル社の井筒八ッ橋本舗(東山区川端通四条上ル)が4日、
広告や商品説明の記載差し止めと600万円の損害賠償を求める訴訟を京都地裁に起こした。

 京都銘菓・八ッ橋のルーツを巡る老舗同士の論争が、法廷に持ち込まれた。

井筒八ッ橋本舗は「1689年に八ッ橋が存在したことを示す根拠はない」と主張。

聖護院八ッ橋総本店は「ただ驚くばかりで、今後、対応を検討したい」としている。



 聖護院八ッ橋総本店はのれんに「創業元禄2年」を掲げ、
商品説明書には「元禄2年、琴に似せた干菓子を『八ッ橋』と名付け、売り出した」
と表示している。

井筒八ッ橋本舗側は、八ッ橋が元禄年間に存在したことを示す文献はなく、
起源についての定説も存在しないと指摘。

「京都で最初に八ッ橋を創作したと誤解を招く内容で、
不正競争防止法に違反する」と主張している。


 井筒八ッ橋本舗の創業は文化2(1805)年。

6代目の津田佐兵衛グループオーナー(94)が提訴後に会見し、
「商人はうそをついてはいけない。

商品の信用を保つことで土産業者や京都への信頼が高まると思い、提訴した」
と話した。

 聖護院八ッ橋総本店の創業年を巡っては、
京名菓八ッ橋工業協同組合(中京区、加盟5社)が昨年5月、
表示の中止などを求めて京都簡裁に民事調停を申し立てたが、不成立となっていた。」
【 2018年06月05日 08時39分 】
(京都新聞)





八ッ橋のルーツとは
http://www.kyoto-np.co.jp/politics/article/20180605000001


「 <八ッ橋のルーツ> 江戸時代の箏(そう)曲家
八橋検校(やつはし・けんぎょう、1614~85年)の遺徳をたたえ、
琴の形を模した干菓子が作られたのが始まりとする説がある。

ほか、伊勢物語の舞台となった三河の八橋にちなんだとの説もある。
井筒八ッ橋本舗と聖護院八ッ橋総本店はいずれも「八橋検校説」に立っている。

京都に14社加盟の「京都八ッ橋商工業協同組合」があるが、
各メーカーによって由来の説明は異なる。
【 2018年06月05日 01時20分 】
(京都新聞)




これはけっこう歴史的な問題になって来た。

八橋検校は確か歌舞伎の演目になっていたような気がするのだが…。
(ちがったかな?)


伊勢物語の八橋は尾形光琳はじめ(アメリカに渡ったものは橋も描かれている)、
いろんな画家に描かれて来たもの。



ただのこちらが本家・こちらが元祖というような争いでもなさそうだ。

根が結構深いと考えている。


訴えられた聖護院八ッ橋は、最近ネットに進出し販売を伸ばしているとか…

詳しいことは分からんが、…まあそんなことで…
京都の恥さらしにならぬようお頼み申します。

 


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