一風斎の趣味的生活/もっと活字を!

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戊辰戦争の「謎」

2007-06-23 01:39:05 | History
戊辰戦争の勝敗を決したのは、火力の差だとよく言われます。
たとえば、
「戊辰戦争は一部の白兵戦を除いては銃撃戦であった。銃砲の良し悪しが勝負を決めた。(中略)連合軍(=新政府軍)の銃は最新式の西洋銃を多く使用しているに対して、幕府軍は火縄銃と西洋銃があっても連合軍のそれより一時代古い銃を使用している。」(『歴史への招待14』)
というのが代表的なものでしょう。

しかし、実際には、火力の差というよりは、その運用の差ではないかと、思われるのです。
「運用の差」で一番大きなのは、使用した武器の弾薬や弾丸が順調に補給できたかどうか、ではないでしょうか。
そのためには、ランニング・コストがどの程度かかるかを知らなければなりません。
例えば、アームストロング砲の場合、砲弾1発で0.44両(約1分3朱)掛かったという史料があります。こうなると、かなりの軍資金がなければ、大砲を思ったように発砲するわけにもいかなくなります(軍資金が乏しくなった榎本政権は、箱館の町民から無理な徴税をせざるをえなくなった)。

また、ほとんどの銃砲が輸入品だったために、弾薬や弾丸の補給ルートが確保できていなければなりません。
大鳥圭介率いる脱走幕府伝習隊は、〈シャスポー〉という最新鋭のライフル銃を装備していましたが、ペーパー・カートリッジという特殊な薬莢を使っていたため、日光に達した時には、既に不足してしまっていました。
もし、入手しようとすれば、当時、奥羽越列藩同盟側が制圧していた新潟港で陸揚げしなければなりませんでした(これも、慶応4年7月には、新政府軍側の手に入ってしまった)。

したがって、幕府伝習隊は、以後、会津戦線では〈シャスポー〉を有効に使用することができませんでした(その後、榎本政権下の箱館で入手できたかどうかは不明)。

こう考えてみると、資金力と補給ルートという要素が、戦争に与えた影響は、かなり大きなものではないかと思われます。

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