ただの偶然なのですか

私のお気に入りと日々の感想  

宗教ファン?

2010年01月19日 | いろんなこと
私の息子に障害があるとわかってから、それまで私にあまり関心を示さなかった知人の中に、妙なテンションで私に急接近してくる人達が数名いました。
役所に障害者手帳の申請書類を提出した直後には、いろいろな宗教の信者の方達が5,6人くらい冊子を届けに何度もうちに来て、その中には、わざわざ車に乗って毎週訪問して手書きの手紙をくれる見ず知らずの人もいました。私が玄関のドアを開けずに応対すると家の外で遊んでいる娘に「弟さんはお元気?」なんて聞いたりしていました。どうして弟のことを知っていたのでしょう。役所から情報が漏れていたのでしょうか?
その他にも、私たち夫婦の仲人をしてくださった奥様が「私がこの宗教を信仰していることはうちの主人に秘密にしてほしいのですけど」と言って数冊の冊子と熱心なお手紙をくださったり、それまでは会えば挨拶する程度の仲だった娘の同級生のお母さんが「私はこの宗教で救われたから、何かあればうちにきて。」と言ってくださったりもしました。
そのような方たちに共通して私が感じたのは、何と表現したらいいのでしょうか妙なテンションの高さです。それまでは私にほとんど関心を示さなかったのに、急に態度を変えて、あまりにも親しい感じで近寄ってくるんです。まるでセールスのターゲットを見つけたかのような妙なテンションの高さが、隠しているようでも感じられてしまいます。もしかしてノルマがあるんですか?と聞いてみたくなりました。
もちろんその中には、私のことをほんとうに心配してくださっている方もいらっしゃるでしょうし、人生には大変なことも多いので心の支えとして宗教が必要だと思ってくださるのもわかるような気がします。
そんな知人達の中でも、同じバス停で幼稚園バスを一緒に待つ間柄だったAさんは特に熱心で、やんわりお断りしているのに、いつもうちの郵便受けに冊子を届けてくれたり(購読料はAさんの自腹)、今でも毎月のように懇談会に誘ってくれたり(毎回お断りしています)、家が近所なのでスーパーでばったり会えばいつも5~10分くらい自分の宗教観を語ってくれたりします。
スーパーの食品売り場の通路で「宗教は戦いだからね。この宗教は勝つ宗教だから。」と熱く語るAさんのテンションの高さに私はいつも違和感を感じてしまいます。Aさんは私が何を思っているかなんてことには興味がないのか、相手がドン引きしていることに気づかないほど周りが見えなくなっているのか、それとも気づいているけど「この宗教は前進するためのイケイケな宗教だから。」の精神で押してきているのでしょうか。
そもそも、Aさんは私が自分の宗教観を持っていないとでも思っているのでしょうか。私だって精神的に辛いときには宗教について書かれた本や哲学の本も読みますし、その中には共感できるものもたくさんあります。
この年になれば誰にだってこれまでの人生経験から得た宗教観や人生哲学があるわけで、特に中年以上の人が生きていくためには宗教は必要なものだと私も思っています。
私にとっては宗教は好きなアイドルと同じくらい心の支えになっていますが、私がどんなに熱く自分が好きなアイドルの魅力について語ったところでAさんには伝わらないでしょうし、それと同じで、Aさんが自分が信仰している宗教について熱く語れば語るほど、Aさんと私は周波数が違うような感じがしてしまいます。
それに、私にとって宗教観とは人生経験の中から自分で見つけて築いていくもであり、他人から押し売りされた宗教観を受け入れられるほど私は純心でも素直でもないんです。
そして、この世界はひとつで、行き着く先もひとつだと私は思っているので、誰が何を考えていようと同じような気がなんとなくしています。
Aさんも私もAさんが崇拝しているあの方も、みんな同じでひとつだと思うなんてことをAさんに言ったら怒られるでしょうか。でもAさんは私の話なんて聞くつもりはないでしょうし、Aさんと宗教について語り合うほどのエネルギーは私にはありません。
でも、Aさんは明るくて前向きで、この社会を良くしたいという信念を持っている方なので、Aさんのことは嫌いじゃないです。








2 コメント

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知りませんでした (ぶくろ)
2010-01-29 22:30:47
人は、それぞれ悩みを抱えていて、しかも、それを発言しない限りは、他人に理解されないと思います。
私の場合は、身内の妨害により直接被害だけで2億円、間接被害を含めると3億近いので、金銭的には壊滅状態でした。
自殺も考えましたよ。今でも当然後遺症があります。
このように、人によって、試練の質は様々なので、にわかに共鳴感とはなりえないでしょうが、苦労をした人達の心は、とてつもなく成長して行き、そういう人達が人類に哲学的な明かりを灯すような気がします。
頑張りましょうね。(^○^)
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ふくろうと月 (燈子)
2010-01-29 23:46:48
ぶくろさん、いらっしゃいませ。

ご自分の体験を教えていただくことで私を励ましてくださって、ありがとうございます。

私は、夫のおかげで金銭的には生活に困らない暮らしをしていますが、精神的には苦しいときがあります。
でも、誰にとっても人生は困難なものですし、ブログは私にとって唯一の自分だけの場所なので、息子の障害のことを持ち込みたくありませんでした。

でも、自分の悩みを発言することで他人を救えることもあるんでしょうか…。
日常会話では哲学的な話はなかなかできませんが、みんな心の中ではもっと深い話がしたいと思っているかもしれませんし、ブログならそれができそうな気もしています。
「明かりを灯す」は、まさに私のハンドルネームの由来ですが…。

お互いに頑張りましょうね。

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