ただの偶然なのですか

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小説「あふれた愛」天童荒太著の感想

2007年06月15日 | 読書
天童荒太さんが書いた、四つの物語の作品集です。

『とりあえず、愛』
この物語は、四つの物語の中では、私的には一番「わかる…」って感じでした。
育児や夫の病気のことなどで、精神的に疲れて苦しんでいる妻。
そんな妻の心の内を想像することができずに、逆に妻を追い込んでしまう夫。
この妻は真面目で、自分の感情を表さずに頑張りすぎてしまう性格です。
でも、気持ちって、言葉で伝え合わないと、わからないものなのでしょうね。
言葉で伝えようとしても、私は夫から「何言ってるのか、わからない」と言われますが…。

『うつろな恋人』
恋愛は精神的な世界にしか存在しないと思っている私ですが、この物語には、まいりました。
自分の頭の中の幻想を現実と信じて、存在しない人物を愛している女性。
そんな女性を好きになってしまった男性。
しかし、彼のライバルは実在しないわけで…。
でも、彼女の中では彼女の恋人は存在していて、しかも最高の人物像なのですから、これは彼にとっては太刀打ちしようがないわけで…。
読んでいるうちに、何が現実で、存在するとはどういうことなのか、わからなくなってきます。
誰にでも、自分の空想した恋人が心の中にいるものだと思いますし…。

『やすらぎの香り』
精神的な病を抱えて入院していた「ふたり」が、「ふたり」で支え合って一緒に生きていこうとする物語。
「誰かと生きることを不安に感じるのは、しぜんなこと。」
傷つきやすい「ふたり」だからこそ、「ふたり」でやっていける…。
だれかと「ふたり」で生きていきたいと思っていても、それが幻想だと思えてしまう私には、この「ふたり」の愛が崇高なものに感じられました。

『喪われゆく君に』
コンビニでバイト中に、自分の目の前で、突然、お客さんが倒れて亡くなるという出来事に遭遇する青年。
青年は、亡くなったお客さんの妻と会話をしていく中で、生前の彼と妻との生活を辿っていくようになります。
青年が遺された妻に憧れを抱き、彼女に深いところで受け止めてほしいと願う気持ちは理解できるような気がします。
夫の死を現実として受け止められるようになるまでの妻の苦しむ姿は、まるで女神のように感じられます。
一方で、青年が今は亡き見知らぬ他人に感情移入していく姿は、私の理解を超えています。
それまで何の関係も無かった他人の死を「大切な人」の死として悲しみ、自分の中に抱えて生きていくことが必要に思えるなんて…。
「喪われゆく君」とは、汝自身のことだと言うことでしょうか…。

天童荒太さんの小説は、ありふれた日々が描かれていて、その現実感に引き込まれてしまいます。
傷つき苦しむ人々の姿が自分のことのように感じられて、そんな人々に対する天童さんの愛があふれています。