中国語学習者のブログ

これって中国語でどう言うの?様々な中国語表現を紹介します。読者の皆さんと一緒に勉強しましょう。

介詞“把”、“被”を使った文の特徴

2010年10月19日 | 中国語
 これまで、動詞性述語文として、動詞述語文、動賓述語文、動補述語文、連動式、兼語式、と見てきましたが、今回は、介詞“把”、“被”を使った文を取り上げます。これらは独立した文型ではなく、動賓述語文、動補述語文などのバリエーションの一つであり、強調や受け身の意味を持ちます。

                     四 “把”を使った文と“被”を使った文

 “把”を使った文と“被”を使った文は、動詞性述語文の二種類の特殊な“句式”(文の形式)である。①

[注①]“句型”(文型)は、言語の中で全ての文を対象に帰納した結果であり、出現する如何なる文も、必ずある文型に属する。“句式”(文の形式)は、言語の中の一部の文を対象に、説明を加えた結果である。“把”を使った文は、あるものは動補述語文に属し、あるものは動賓述語文に属し、あるものは一般の動詞述語文に属する。

(一)“把”を使った文

 介詞“把”の機能は、動詞が支配する対象を動詞の前に持って行き、動作の結果を強調することである。例えば“我們打敗了敵人”は、“把”を用いて“我們把敵人打敗了”と言う。一般的に、“把”を使った文の中の動詞は、受動賓語(“受事賓語”、受事:動作の対象。動作の支配を受ける人や物)を伴うことができ、この動詞は“把”の後ろの語句を管理することができる。“把敵人”は介詞構造であり、“打敗”を修飾するが、意味の上では、動詞“打敗”は依然“敵人”を支配の対象にしている。“把”を使った文には動作の結果を強調する機能があるので、動詞の前後には通常必ず別の語句を伴い、この詞が結果の意味を持つ場合を除き、単独の一つの詞であることはできない。

 強調する機能のある“把”を使った文は、一般に“把”を使わない相対する形式が存在しなければならない。“打敗了敵人”と“把敵人打敗了”で、後者は明らかに強調の感覚を与える。いくつかの“把”を使った文は、動詞のすぐ後ろに補語が付き、賓語がそれと動詞の間を隔てることを許さない、或いは二つの賓語が何れも比較的長く、いっしょに置くとくどい感じになるので、習慣上“把”を使う。こうした文には、強調の意味は無い。例えば:
   (1)半天的工夫,我就把那本書看了両遍。
   (2)他把剛才的話又説了一遍。
   (3)他把衣服洗得干干浄浄。
   (4)会后,我把学生熱愛祖国的感情告訴了他們。

 “把”を用いる時に注意しなければならないことは:
1.一般的に、“把”を使った文の中の動詞は、受動賓語を伴うことができなければならず、この動詞は、意味の上では“把”の後ろの語句を管理できなければならない。①
 [注①]いくつかの“把”を使った文は情況が特殊で、例えば“把這個問題加以研究”で、“加以”は“把”の後ろの“這個問題”を管理することはできない。これは、“加以”、“進行”、“予于”などは特殊な動詞であるからである。“我把書放在桌子上”のような文では、“放在”が動詞に相当するが、“書”は意味の上では依然として“放”に管理される。

 2.“把”を使った文で、動詞の前後には通常必ず別の語句が存在する。例えば、“我把信読了一遍”、“我把信仔細地読了”と言うことができるが、“我把信読”と言うことはできない。②
 [注②]“把楼上”、“把話拉”といった言い方は、通常戯曲や詩歌の中でしか用いない。少数の対処した結果の意味を含む二音節以上の動詞の前後では、別の語句を伴わないことがある。例えば、“堅決把它克服”、“一定把這個問題解決”がそうである。

3.“把”の後ろの語句は、その関係する動詞とできるだけ近い位置に置かなければならない。とりわけ、否定副詞や助動詞でそれらの間を離すのは良くない。例えば、“大家不応該把這個経験看作一成不変的東西”と言うことはできるが、“大家把這個経験不応該看作一成不変的東西”と言うのは良くない。

  以上は、“把”の一般的な用法で、通常見かける“把”を使った文である。“把”はまた別の“句式”(文の形式)を構成することができる。それは、“把甲当(当作、作為、説成、看作……)乙”という形式である。例えば:
   (5)他們在草原上把天当作被,把地当作床。
   (6)我們応該把獲得的成績作為新的起点。

 このような句式では、“把”の後ろの語句(甲)と“当作”の類の後ろの語句(乙)は、意味の上では同一の性質、同一の範疇に属しなければならない。

  “把”と機能が同じものに“将”があるが、これは初期の“白話”(口語体)の語句の名残りで、書面語の中で、なお用いられることがある。

(二)“被”を使った文

 “被……”を“状語”(状況語)とする文は、介詞“被”を用いて“施事”(主体者)を取り上げ、同時に主語が“受事”(受動者)であることを明示する。例えば、“陣地被我們攻占了”という文の中で、“陣地”は“攻占”、つまり、攻め落として占領する対象、すなわち受動者である。“我們”は“攻占”という動作を行う者、すなわち主体者である。これは、“被”を使った文の典型的な形式である。

 口語では、通常、“被……”の代わりに“叫(教)……”、或いは“譲……”を用いる。例えば:
   (7)可惜他不在村里了,叫人家撵nian3跑了。
・撵跑 nian3pao3 追い払う。追い出す
   (8)什麼事譲他知道了,還不跟上了広播一様。

  注意すべきは、“叫”、“譲”は受動を表さないことがあることで、例えば、“我不能叫(譲)他欺負你”のようなケースである。文中の“欺負”には主語“我”とは別の対象があり、主語とは無関係で、この文は兼語式である。受動を表す時、“叫”と“譲”は同じ意味であり、兼語式を構成する時は、“叫”は“使”に相当し、“譲”は“任凭”に相当する。

 “為……所”は文章語の中で常用される形式である。例えば、“衛太子為江充所敗”のように、この形式は今日の書面語の中でも用いられている。また、“為”を“被”に代えることで、“被……所”の形式が構成される。例えば:
   (9)我們不能被表面現象所迷惑。

 現代漢語では、“被”を用いて、更に“所”を用いなければならないのは、しばしば音節上の必要からである。古代漢語では“為天下笑”という言い方があるが、現代漢語では“為人所笑”、“被人所敗”としか言うことができず、“為人笑”、“被人敗”と言うことはできない。

 “被……”が修飾する中心語は、動賓構造である場合がある。例えば:
   (10)在那次戦斗中,他被敵人打断了一条腿。
   (11)這些人被事実打開了眼界。

 これらの文には共通の特徴がある:文の主語と動詞の賓語は意味の上では従属関係にある。

 “被”が施事、つまり主体者を提起せず、直接、述語動詞の前に用いられ、動詞と結合し、動作の方向を表すことがある。例えば:
   (12)老教授的眼鏡,已経被打砕,他那肥大的棉袍已経被扯爛。

 機能が“被”と同一の“叫”、“譲”には、直接動詞の前に置かれる用法は無い。


 【出典】胡裕樹主編《現代漢語》重訂版・上海教育出版社1995年


 にほんブログ村 外国語ブログ 中国語へ
にほんブログ村



沈宏非のグルメエッセイ: 有一腿、金華ハム

2010年10月17日 | 中国グルメ(美食)
 今回は、微妙なニュアンスがとても訳しにくい文章でした。この作品のテーマは“腿”ですが、これを単純に「足」と訳しては、作者の意図が伝わりません。日本語と中国語のニュアンスの違いがあり、中国語で“腿”というのは、足の付け根のところから足くびまでの間を指し、“脚”は足くびから下の部分を言います。このことを念頭に、この作品を読んでください。表題の《有一腿》は「一本の足」と訳せますが、実は中華料理のメインディッシュにもなり得る特別な一本のモモ肉、金華ハムのことを言っています。

                             有一腿

 広東人の雑食性を形容することばがある。「翼のあるものは、飛行機以外、四足のものは、テーブル以外、広東人は何でも食べる。」

 たとえ飛行機を食べることができたとしても、広東人はおそらくあまり食べたくないだろうと思う。なぜなら、飛行機という二本の翼を生やした物体は、いつも時間に遅れるからで、食べようと思ったら、たいへん辛抱強くなければならないからである。それに比べ、脚のテーブルにとっての重要性は、明らかに翼の飛行機に対するそれより高い。中国の堅木家具の典型として、明朝式の家具にもし“圓腿側足(円柱型の脚が四隅に付いていて、貫材(梁)の無いシンプルなデザイン)、方腿直足(方形の脚がまっすぐ伸びていて貫材(梁)のあるデザイン)か、三彎腿(脚が腰の所がくびれて細くなり、下の方がまた広がっている)、鼓腿彭牙”(家具の腰のくびれた部分から下の脚、貫材の突出したデザインのこと)といった一連の美脚の要素が欠けていたなら、安定が悪いことなど些細なことで、「そのやさしさの中に力強さを含んだ」品位や容姿は必ずや大きく割り引いて見ざるを得ない。

 私たちが肉食に対して行う審美判断はある程度まで明朝式家具と同様、飛禽であれ走獣であれ、腿、つまりモモ肉はたいてい最も美味しい部分である。

 腿(モモ)肉の美味しさは、主に常に運動状態を保っていることにより、食べてみると味が良く、肉質のきめが細かい食感がし、肉の多寡や厚みの厚い薄いは二の次である。正にいわゆる「枢(くるる)は虫に食われない」(“戸枢不蠹”hu4shu1bu4du4)、「流水は腐らない」、「川の流れに揉まれる石には苔は生えない」のように、美しい太ももとその美味しさは筋肉の運動による。

 直立歩行を始めてから、太もも(“腿”)は人体に於いても常に運動しているもので、両手が進化したからといって、決して閑にはならなかった。たとえ静坐した状態でも、多くの人の両膝は、思わず知らず(“情不自禁”)震えることがある。膝を揺すぶるのは見苦しい座り方なので、民間には“女抖賎,男抖窮”(女が膝を揺するは見苦しい、男が膝を揺するは貧乏たらしい)という言い方がある。アメリカの精神医学会の医学研究報告によれば、いつも両膝を揺すぶる人は、潜在的に「注意力の集中できない過動症候群」である可能性がある。研究で明らかになったのは、我慢できずに両膝を揺さぶる男女について言えば、両膝を揺さぶることで、気持ちが良くなる。座っている状態でも寝ている状態でも、自分の両膝が動いている状態を保ちさえすれば、全身が心からの快楽と爽快さを感じることができる。

  “女抖賎,男抖窮”には別段科学的な根拠は無いが、家畜は両腿を正常な運動の他、人間と同じように必要な時もそうでない時も揺すぶっており、食べてみれば爽快の上にも爽快で、このことはオスもメスも同じである。広東人の好きな焼鵞腿(鵞鳥のローストの腿の部分)を例にすれば、事情を知った人は必ず左の腿を選んで食べる。なぜか。左腿は鵞鳥の利き足、且つ軸足であるので、肉質も殊のほか清々しく滑らかだからである。

                             抗金名腿
            抗金運動(北方の金に対抗し、失われた領土を奪回する)の
            中で生まれた豚の腿肉を使った名品

 腿肉について言えば、食用の家畜の中で、豚の腿が最も見栄えが悪い。しかし、美味しさを言えば、豚の腿が第一で、恐らくそれ以外の腿が割って入ることはないだろう。

 豚の腿肉はハム(“火腿”)を作る唯一の原材料である。中国の二大ハムと言えば、雲南の“宣威火腿”と浙江の“金華火腿”である。その中でも後者が数多のハムの中で最も代表性を備えている。金華ハムが営業戦略上で成功の要素をまとめると、次のようになる:一、当地の豚の優良品種“金華二頭烏”を用いたこと。この豚は、尻が黒く、その他の部分は白で、後ろ足がとりわけ豊満で逞しく、赤身が多く脂身が少なく、足首が細く爪が白く、皮が薄く肉が柔らかく、ハムを作るのに最も適している。二、ハムの発明は、宋代、北方の金と戦った事跡と関係があると言われている。伝えられているところによれば、南宋の名臣、宗澤は金兵に対抗するため、旧都、開封の守備を命じられた。ある時、生まれつき倹約家の宗澤は食事の後、残ったひと固まりの豚の腿肉を塩漬けにした。その時、開封への路は遠く、またちょうど厳冬の時期であったので、豚の腿肉は風で乾燥すると、腐敗することがなく、その滋味は却って際立った。宗澤は浙江義烏の人で、彼と彼の部下はこの豚の腿肉を食べてから何度も金兵を破ったので、義烏の同郷の人々はこのことを聞いて皆うれしさに奮い立った。ハム(“火腿”)の製法はそれで大いに発揚され、ひと度盛んになるや、その隆盛は今日まで続いている。

 義烏のハムはずっと“金華火腿”、“金腿”の名を冠して遥か後世まで売られてきたのは、“抗金運動”と無関係ではない。その一は、ハム作りの盛んな東陽、義烏、金華等の地は、昔は金華府と総称されたこと。その他、金華はこれらの地区の商品の集散地であったこと。嘗て、義烏の人は自家製のハムを金華に運んで売り、自分ではハムの表面の削り取られたカビの生えた部分しか食べることができなかったと言われている。

 莱陽(山東省)の梨や徳州(山東省)の“扒鶏”(とろ火で煮込んだ鶏)の類を含め、中国にはこの類の産地にまつわる勘違いが多い。更に、“金腿”はたいへん響きの良い名前なので、馬鹿正直に“義腿”と言うより聞こえが良い。“火腿”ということばの来歴にはいくつかの説がある。その一、《東陽県志》によれば、「“燻蹄”(つまり豚足の燻製)は、俗に“火腿”と言い、実際は煙で燻し、火で焼いたものではない。塩漬けし、日に晒し、燻製にするのを決められた製法通り作ったものは、その土地の日常品より勝る。塩漬けに使う塩は台州の塩でなければならず、燻製の煙は松を燻した煙でなければならず、そうすれば香りは鮮烈で美味しい。作る時期が時節に叶い、決められた製法が守られたので、年月を経て益々美味しくなった。」その二、ある金華ハムをテーマにしたTVドラマで、一組の男女が豚肉を塩漬けにしてベーコンを作る作業場で逢引をした時、不注意で大火事を引き起こしたが、その結果、ベーコンがハムになってしまった。その三、その肉の色の美しさが、白居易の《憶江南》の一節、“日出江花紅勝火”(朝の太陽に照らされた川岸の花の赤色の鮮やかさは、燃える火の赤色にも勝る)に比類し得ることから、“火腿”という名が付いた。

                             風騒入骨
                      あだっぽさが骨の髄まで沁み通る

 金華ハムに関しては、今日に至るも未だ実証されたことのない、民間の伝説がある。百本の金華ハムを漬け込む度に、その中に必ず犬の腿肉を一本、混ぜておかねばならないのだそうだ。一本の犬の腿肉を百本の豚の腿肉に混ぜるのは、この犬の役割は人の代わりに犬の腿が「牧羊犬」の役割をするのではなく、目的は塩漬けの過程で豚の腿に味を付ける為である。

  犬の腿肉はそんなに風味があるのか。どうしてたった一本で百本の相手に対することができるのか。このことを知る者は恐らく多くないだろう。鄭板橋は犬の肉を好み、とりわけ犬の腿肉を熱愛しただけでなく、いつも“恨不得一条狗能長出八条腿”(一匹の犬に足が八本生えていないのがもどかしい)と言っては溜息をついたと言われている。

 金華ハムは美味しいけれども、料理の上ではいつも、どうでもよい高級調味料の役割で登場し、中国全国の様々な料理の中にも、金華ハムをメインにした料理はどこにでもある(“比比皆是”)。それと同時に、多くの人は、それを口に入れると、硬くて噛み切れないとか、辛すぎる、長く保存されたので、がまんできない「腐ったような味がする(“哈喇味”)」と言って嫌がる。ところが実際は、上手に作った金華ハムは肉質が柔らかいだけでなく、私が食べてみて、その本当の味を味わおうと思ったら、それだけを蒸すのが最上の方法で、切り身と米をいっしょに蒸すと、油分が米に吸い尽くされ、芳香は更に素晴らしくなって尽きることがない。これを調味料として使うのも、風味が調和し、また良い。しかしこのようにすると、金華ハムが蒸しあがった後に呈するあの焔のようなしっとりした赤色と、脂肪のようなぎらぎらした白色という艶めかしい光景を大いに損なってしまう。

 本当のことを言うと、金華ハムのあの赤色は、確かに特別な赤色である。色彩の名称には、California Red(“加州紅”)、China Blue(“中国藍”)、Himalaya White(“喜馬拉雅白”)の他に、肉感迫る、あだっぽさの骨の髄まで沁み通った赤、名付けて“金華火腿紅”を加える必要があると思う。

 世の中の“美腿”、素晴らしい腿肉は、中国の“金腿”と“雲腿”、つまり金華火腿と雲南火腿以外に、数の多いのは英語でhamと呼ばれるもので、イギリスやアメリカが最も製造が盛んである。アメリカのハムは、文字の上では名実ともに“美腿”(美国火腿)であるが、梁実秋先生の見方によれば、「この“美腿”は決して美味しくない訳ではないが、別の物である……金華火腿と同日に語ることはできない。」つまり、それは中国でも様々なメーカーが作っている「ハム・ソーセージ」に似た物である。それ以外で、地球上で金華火腿と同日に語ることのできる“美腿”は、おそらくスペインとイタリアの二つの産地だけだろう。

                             外国火腿

 スペインやイタリアのハムは生で食べる。その滋味は、金華ハムとは異なる。その中の一つの食べ方――メロンのハム巻き、すなわち一片の薄きこと紙の如きハムで一切れのメロンを覆うか巻くかするのは、スペインやイタリアのハムの世界中で行われている代表的な食べ方である。ピンク色の半透明のハム、黄金色のメロンの果肉と淡い緑のメロンの皮――メロンのハム巻きがもたらすのは、先ず視覚上の衝撃である。その、甘さの中に生臭い塩辛さの滋味を帯びるのは、更に奇異な感じがする。金華ハムを入れた冬瓜(トウガン)のスープを飲みなれた者から言わしてもらうと、この味覚はすぐには受け入れ難い。

 スペイン人とイタリア人は食べ物の上で多少なりとも皆「ハムへの熱愛癖」を持っている。例えば、スペインのハム店には店名を“Museo del Jamón”、「ハム博物館」というのがあるし、マリョーカの名監督、アラゴネスが日本のあるサッカークラブから年棒200万ドルでの招聘のオファーを断った理由は、「日本にはスペインのハムが無い」ことであった。ビガス・ルナの1992年の作品《ハモン・ハモン》では、更にスペイン人のハムへの思いが演繹されてその極致に到達している。映画の男性主人公はハム工場の運搬係のラウルである。ハムの貯蔵室にいるこの小男は、心の中では闘牛士になることを夢見ている。彼の恋しているのは、ある男性下着工場の縫製工のシルビアである。しかし、シルビアはひたすら、マザコンの工場の若旦那、ホセと結婚したいと思っていた。ホセの母親はシルビアと我が子を結婚させたくなかったので、シルビアがラウルを好きになるようにさせるよう仕向けた。この過程で、シルビアは自分のことを好きでないと思っていたのは、ラウル自身であった。この愛憎劇が勃発し、ラウルとの間で武器を手に決闘が行われた。ホセの武器は、太くて大きい、ハムの骨であった。ラウルは手に一本丸々のハムを持ち武器にした。この映画は1992年に第49回ヴェネチア映画祭の銀獅賞を獲得した。この時、金獅賞を獲得したのが、張藝謀の《秋菊打官司》であった。

 ハムの話となり、スペインとイタリアの話になると、ついでにサッカーのことを取り上げざるを得ない。私は、この二つの国から、足の速い、敵の防御を突破する能力を備えたフォワードが生み出されるのは、「ハム文化」と無関係では無いかもしれないと思う。言い換えると、サッカーは本質的につまるところ脚(足首)、或いは腿(股からくるぶしまで)を使った運動である。この問題の理解の違いが、ある程度までその地域のハム文化が発達しているか否かを決定する。東方のハム大国として、中国サッカーが依然としてアジアの壁を越えられないなら、江東の父老に対し恥ずかしいというのは二の次で、我が国火腿文化の奥深い伝統に申し訳なく思う。これは実に道義上許されないことだ。

                            花拳綉腿
                          見かけ倒しの腿

 豚の腿以外にも、美味しい“美腿”はたくさんある。しかし、火腿と比べれば、見かけ倒しであるに過ぎない。

 中国人は皆、鶏の腿は美味いと言い、嘗ては「魚の頭は骨ばかりで身が無く、鶏、家鴨は腿や胸を食べるのが良く」、「鶏を食べるなら腿を食べ、家に住むなら南向きでないといけない」と、富貴な生活を形容した。実際は、鶏の腿は、肉は多いが、味や食感は鶏の手羽や胸肉に遠く及ばない。“鳳爪”(鶏の爪先)も同様である。肉を貪り食うというのは、相変わらず貧困の特徴である。嘗て地方の匪賊が人を誘拐すると、人質(“肉参”)に鶏を食べさせたと言われる。丸々一羽の鶏で、先ずどこの部分に箸をつけるか見る。腿肉を挟んだら、取れる身代金は適量である。手羽を挟んだら、家の財産を使い尽くして(“傾家蕩産”)いて、金は取れないだろう。

 もう一つの“鶏腿”は、カエル(“田鶏”)の腿で、たいへん美味しい。名物料理で“烤櫻桃”と言うのは、カエルの腿肉を材料にしている。いわゆる“櫻桃”は、捌いた後のカエルの腿肉が上向きに肉の塊が縮んでまとまり、骨が露出して、茎付きのサクランボ(“櫻桃”)のように見えるからである。食べると肉はきめ細かく滑らかで柔らかく、しかも噛み応えがある。もちろん、この二本の“美腿”以外は、カエルの全身にはとりたてて食べるところは無い。

 肉食民族にとって言えば、あまり食べることがないがそれを棄て置くのは惜しいものは、蟹や伊勢エビの類の、水生動物の腿(足)である。足の数は多いが、あまり肉は付いておらず、食べるのは、瓜子(クアズ)の殻を剝くのと同様に面倒である。しかし、伊勢エビの前足(正確に言うと、はさみの部分)は、以下の特殊な状況下では、絶対にほっておくことはできない:伊勢エビがまだ生きている時に一方のはさみを失うと、栄養分が残ったもう一方のはさみに集中するので、殊のほか美味しくなる。

  ソルジェーニツインの小説《癌病棟》で、一人の患者がこう言った。「足を一本失ったぐらいで、生活のことをとやかく言うことはできない。」それなら、生まれつき足の無い魚類は、「二本の腿を持っていないので根本的に美味をとやかく言うことはできない」と言えるだろうか。魚を食べることを熱愛する者はこの問題に対する意識がおそらくたいへん矛盾している。一方で、食客達は魚の水掻き(つまり、しっぽ)やヒレを追求し、ちょうど潜在意識として“魚腿”や魚の完全性への渇望があるのかもしれない。もう一方で、腿の無い生物は、世界で最も美味な食物かもしれないのである。李漁は女性の顔、髪、手足を語り尽くしたが、ただ美腿、つまり太ももや膝のことだけは語らなかった。どうしてか?それは主に腿がスカートの下に隠され、視覚を惹きつける衝撃になり得なかったからだと思う。見えない腿は、機能の上では見えない手より強大で、腿が無いということは美腿の至高の境地なのかもしれない。これすなわち南派の拳法の一手、“佛山無影脚”である。

【原文】沈宏非《飲食男女》江蘇文藝出版社2004年から翻訳


 にほんブログ村 グルメブログ 中国食べ歩き(チャイナ)へ
にほんブログ村


連動式と兼語式

2010年10月16日 | 中国語
 連動式、兼語式というのは、英語のto不定詞や-ing分詞形、或いは日本語の助詞(て・に・を・は)のようなものの無い中国語の文の構成に欠くことのできない構文です。述語の構造の分析で、今回は、連動式、兼語式を取り上げます。

                      三 連動述語と兼語述語

(一)連動詞組と連動式
 連動詞組、つまり二つ以上の動詞が重なった詞組は他の詞組と同様、文を構成する材料となる。例えば:
   (1)団結起来走共同富裕的道路是大家的願望。
   (2)那些都是来参観的人。
   (3)我挙双手賛成

 連動詞組が述語になった文(例(3))は、“連動式”と呼ばれる。構造から見て、連動関係は複数の動作や行為を包含しているので、これらは細かく分割することができる。これをⅠ、Ⅱ、Ⅲ、……で表すと、次のようになる:
   (4)老李∥站起身来 軽軽地拉開門 走了出去
            Ⅰ       Ⅱ       Ⅲ
   (5)黄参謀∥拿起筆来 写好報告 交給旁辺的通訊員
              Ⅰ      Ⅱ        Ⅲ
   (6)許光発∥站起来 迎接他們
             Ⅰ     Ⅱ
   (7)這些東西∥炒着 
              Ⅰ  Ⅱ
   (8)大家∥扛着鋤頭 跑来了
            Ⅰ     Ⅱ
   (9)南方的人∥過冬 不穿棉衣
              Ⅰ     Ⅱ
   (10) 他的病假単∥一直揣在口袋里 没有交出来
                     Ⅰ         Ⅱ

 これらの文は何れも連動式だが、述語の中の各節の意味関係は必ずしも同じではない。例(4)、例(5)のⅠ、ⅡとⅢは前後の動作を表している。例(6)、例(7)のⅠとⅡは前後の動作の関係があると同時に、ⅠはⅡの方法や手段であり、ⅡはⅠの目的である。例(8)のⅠとⅡは、前後関係は無く、ただⅠはⅡの方式や方法であることを表すだけである。例(9)のⅠとⅡも前後関係は無く、ⅡはⅠの方式、方法である。例(10)では、ⅠとⅡは前後関係が無いだけでなく、方式、手段、目的といた関係も無く、ⅠとⅡは正反両面から主語を説明し、これらは相互に補完関係にある。

  “他倒杯茶喝”も連動式であるが、連動式の特殊な型である。“倒”は“喝”の方法を表し、“喝”は“倒”の目的で、且つ“倒”と“喝”は同じ主語“他”に属している。ここまでは一般の連動式と同じである。一般の連動式と異なるのは、この文の前の動詞の賓語は、後ろの動詞の動作の対象であり、後ろの動詞は賓語を伴うことができない点である。

(二)兼語詞組と兼語式
 兼語詞組、つまり前の動詞の賓語が、後ろの動詞の表す動作、行為の送り手となっている構造の詞組も、他の詞組と同様、文を構成する材料となる。例えば:
   (1)譲他去承担這一任務是很合適的。
   (2)這真是令人高興的事。
   (3)我請你写一篇文章

 兼語詞組が文の述語になるもの(例えば例(3))を、“兼語式”と呼ぶ。兼語式の述語は、三つの部分に分けることができる。つまり、Ⅰ:動詞、Ⅱ:兼語、Ⅲ:兼語の陳述部分である。例えば:
   (4)這件事∥使  非常着急
           Ⅰ Ⅱ   Ⅲ
   (5)你∥(為什麼不)  馬上来
                 Ⅰ Ⅱ   Ⅲ

  兼語式の特徴は:
1.動詞に使役や促す意味を持ち、通常、“使”、“叫”、“譲”、“請”、“命令”、“派”、“禁止”、等を用いる。①
[注①]“我們要保護眼睛不受損害”、“上級指定他作代表”といった文は、使役の意味を包含しているので、兼語式と見做すこともできる。
2.動詞の表す動作は、たいてい兼語が陳述する部分の原因であるので、兼語が陳述する部分は動作の到達しなければいけない目的や生み出さねばならない結果である。例えば、例(5)で、“叫”は“馬上来”の原因であり、且つ“馬上来”は“叫”の目的である。

3.兼語と兼語の陳述部分は、陳述・非陳述の関係がある。

 以上の特徴に基づき、兼語式と非兼語式を区分することができる。例えば、主述詞組を賓語とする文は、兼語式と形式上はよく似ているが、決して同じではない。例えば:
   (6)我∥希望大家来。
   (7)我∥請大家来。

 二つの文の述語は、何れも「動詞+人称代詞+動詞」であるが、これらには次のような区別がある:
 第一、“希望”には使役の意味は含まれず、“請”は使役の意味を含む。

 第二、“希望”と“来”には因果関係が無く、“大家”=皆が来るかどうかは、“希望”したか否かの結果ではない。一方、“請”と“来”には因果関係があり、請うたから、来たのである。

 第三、語音の停頓、つまりポーズがどこに入るかによって区別する。例えば、“我希望――大家来”は、主述詞組を賓語とする文であり、“我請大家――来”は兼語式である。

 第四、例(6)は文を“我希望的是大家来”、或いは“大家来是我希望的”というように変えて言うことができるが、例(7)はこのような言い換えができないことから、二つの文の構造が異なることが分かる。

 兼語式の中に、連動詞組を当てはめて(“套用”)使うことができる。例えば:
   (8)那次戦役中,有不少人去野戦医院做護理工作。
   (9)老魏叫董事留下来開董事会。

 同様に、連動式の中に兼語詞組を当てはめて使うこともできる。例えば:
   (10)他站起来騰出一把椅子請我坐下。
   (11)営業員跑過来従書架上取下一本小説譲小李看。

  “有”は単独で述語になるが、その時の主語はたいてい存在する事物を表す。例えば、“老的有,小的也有”というようになる。また、“有”と別の詞組の組合せにより動賓述語が形成される。例えば、“他有経験”、“他有説有笑”、“他有五尺高”がそうである。“有”が伴う賓語は、名詞性の時も、非名詞性の時もあるが、前の動詞が“有”である連動式や兼語式では、“有”が伴う賓語は常に名詞性である

 “有”を使って構成される連動式は、例えば:
   (1)公民対于任何違法失職的国家機関和企業、事業単位的工作人員,有権向各級国家機関提出控告。
   (2)在工作十分繁忙的情況下,他没有心思再去考慮個人的事情了。

 上の文の中の“有”が表すのは従属(“領属”)関係である。注意する必要があるのは、“我有一点儿不舒服”、“他没有你那麼高”のようなケースは、動詞述語文であり、連動述語文ではないということである。“有”はここでは推量(“估量”)を表し、賓語は推量の結果である。単純に“有不舒服”、“有高”と言うことはできない。なぜなら、推量の結果の説明になっていないからである。“一点儿不舒服”、“你那麼高”は何れも推量の結果を表し、形容詞性の詞組を“有”の賓語としている。

  “有”を用いて構成される兼語式は、例えば次のようなものである:
   (3)有個村子叫張家庄。
   (4)会場里有些人在発表意見。
   (5)我們班級有両位同学懂得好几種外語。
   (6)他有個朋友住在杭州。

 例(3)は主述文でないが、それ以外は主述文である。例(3)と例(4)の“有”は存在を表し、“有”の後ろの語句は存在する事物である。例(5)と例(6)の“有”は従属を表し、“有”の後ろの事物は前の主語に属する。このような兼語式の中の兼語は、通常、不特定のものであり、したがって、“有”の後ろには一般に固有名詞は置かれない。つまり、“有人在発表意見”と言うけれども、“有張三在発表意見”とは言わないのである。したがって、“有”の後ろの兼語は“這個”、“那個”で修飾されることはなく、“一個”、“几位”、“好些”などで修飾される。

 “大家有事做”は連動式である。なぜなら、“有”、“做”は同一の主語“大家”を陳述するからである。


【出典】胡裕樹主編《現代漢語》重訂版・上海教育出版社1995年



 にほんブログ村 外国語ブログ 中国語へ
にほんブログ村



動補述語に於ける補語の特徴

2010年10月13日 | 中国語
 前回は、動賓述語に於ける動詞と賓語の特徴について取り上げましたが、今回は、動補述語、特にその中での補語の特徴について、取り上げます。

                        二 動補述語(“動補謂語”)

 動詞性述語の中で、最もよく見かけるのは動賓述語で、それに次ぐのが動補述語である。動賓述語の賓語は、いくつか異なる種類があるだけでなく、置かれる位置も異なる。それに対し、動補述語の補語は、必ず決まった位置に置かれるが、いくつか異なる種類が存在する。

 動補述語には三つの種類がある:“得”を用いることのできないもの。“得”を用いなければならないもの。“得”(或いは“不”)を用いるものと“得”(“不”)を用いないものの両方があるもの(“平行格式”)である。

  “得”を用いることのできない補語は、主に数量補語である。①
[注①] 程度補語にも“得”を用いることのできないものがあり、それは形容詞の補語である。例:熱極了、糟透了

 数量補語は、一般に動作の頻度や動作の持続する時間を表す。例えば:
   (1)他用手把門敲了三下
   (2)我昨晩足足睡了八小時

 “得”を用いなければならない補語は、“情態補語”である。情態補語とは、動作と関係のある事物の状態を説明するものである。例えば:
   (3)他洗了許多件衣服,洗得満頭大汗
   (4)他把衣服洗得干干浄浄。
   (5)他洗得遍地是水

  例(3)の“満頭大汗”は“他”を説明しており、例(4)の“干干浄浄”は“衣服”の説明、例(5)の“遍地是水”は周囲の状態の説明である。

 “得”(或いは“不”)を用いるものと“得”(“不”)を用いないものの両方のある形式(“平行格式”)の補語には、結果補語方向補語(“趨向補語”)が含まれる。ここでは、“得”(“不”)を用いない形式を“基本式”と呼び、“得”(“不”)を用いる形式を“可能式”と呼ぶことにする。これらの関係を、以下に説明する。

            基本式       可能式
 
   結果補語   聴憧     聴得憧    聴不憧
             做到     做得到    做不到
             ――     解決得了  解決不了
             ――     吃得     吃不得
 
   方向補語  上来      上得来     上不来
            走回去    走得回去   走不回去

 注意すべき点が二つある。第一、いくつかの言語単位、例えば“説明”、“改進”、“認定”などは、“得”(或いは“不”)を使わない可能式であり、これらは詞である。また、“巴不得”なども詞であるが、可能式の詞組ではない。

・巴不得 ba1bude :~したくてたまらない。切望する

 第二、表中の“解決得了”、“吃不得”は可能式のみがあり、基本式が無い。“吃得”は“吃得得”のことばが合わさった結果である。今も江蘇省南通の方言に“吃得得”という言い方が残っている。

  “情態補語”は“得”を用いなければならず、その結果、補語の可能式の肯定形も“得”を用いるが、これらの否定型は異なる。例えば:

   情態を表す  跑得快        “跑得快不快?”の回答
              跑得不快

   可能を表す  跑得快        “跑得快跑不快?”の回答
              跑不快

 ここで、情態を表すものと可能を表すものの肯定形は同じであるが、ある上下の文の関係の中では(例えば問いかけに対する回答)、そのうちどちらか一方の理解しかできない。

 動詞や形容詞の後ろに補語を伴うことができるが、形容詞は賓語を伴うことができないので、形容詞述語文では賓語と補語のもつれ(“糾纏”)の問題は生じない。動詞の後ろに来るのが賓語であるか補語であるかは、一般に区別は容易である。名詞、或いは名詞性の詞組は賓語になるが、補語にならない。動作の量を表す(動量詞になる)数量詞組は補語になるが、賓語にならない。物量を表す(名量詞になる)数量詞組は賓語になるが、補語にならない。時間を表す数量詞組は賓語にもなるし、補語にもなる。例えば:
   (6)時間已経過去了両三年了。
   (7)這個小組成立了両三年了。

 例(6)の“過去了両三年了”は“両三年過去了”と言い換えることができ、“両三年”は賓語である。例(7)はこのように言い換えることはできず、“両三年”は補語である。

  “我笑痛了肚皮”、“他找到了多年不見的朋友”は、述語の構造が「(動+補)+賓」であるので、動賓述語である。“他找了我三次”、“我看了他一眼”は、述語の構造が「(動+賓)+補」であるので、動補述語である。

 【出典】胡裕樹主編《現代漢語》重訂版・上海教育出版社1995年


 にほんブログ村 外国語ブログ 中国語へ
にほんブログ村


動賓述語に於ける動詞、賓語の特徴

2010年10月12日 | 中国語
 前回、主述文の述語について、名詞性述語、動詞性述語、形容詞性述語があることを述べました。その際、主に叙述を機能とする動詞性述語を取り上げましたが、実は動詞性述語には様々な類型があります。今回は、動詞性述語の中で、最もよく見かける動賓述語について、取り上げたいと思います。

                            文と文の分析(下)

 述語の中では、動詞性述語が最も複雑であり、一般的な動詞性述語(状語を伴うものと状語を伴わないものがある)の他、動賓述語、動補述語、連動述語、兼語述語等がある。

                         一 動賓述語(“動賓謂語”)

 動賓述語は一つの複雑な類型であり、その複雑性は先ず動詞の特徴と、それに伴う賓語の特徴の上にある。

 中国語の動詞には賓語を必ず伴うものがあり、例えば、“成為”、“懶得”、“属于”がそうだが、この種類の動詞は数が少ない。一方、賓語を伴うことのできない動詞があり、例えば、“休息”、“播音”、“失敗”、“点名”、“退却”、“防疫”などがそうだが、この種類の動詞は数が多い。またもう一種類の動詞があり、これは数が最も多く、これらは一般に賓語を伴うことを要求するが、実際の文の中では必ずしも賓語を伴わないこともある。例えば、“学習”は、“我們学習政治”のように用いるが、また“今天下午我們学習”のように用いることもできる。

  賓語を伴うことのできる動詞には、二重に賓語を伴うものがある。よく見かけるのは:
          給  送  賠  輸  教  交  還  告訴
          拿  賺  贏  問  借  欠

 “他送了我一本書”の中の“我”と“一本書”は何れも“送”の賓語である。“我教了他一個好方法”の中で“他”と“一個好方法”は何れも“教”の賓語である。このような賓語は、前の一つはたいてい人を指し、後ろの一つは物を指す。前の賓語は、位置は動詞に近いが、後ろの賓語がむしろ基本的な賓語である。[注]

[注]“送我一本書”を階層分析すると、「(送+我)+一本書」と分析できる。

 賓語を伴うことのできる動詞の中で、多くは名詞性の賓語を伴うことを要求し、非名詞性の賓語(すなわち動詞性或いは形容詞性の賓語)を伴うことはできない。この種類の動詞はたいへん多く、例を挙げるまでもない。いくつかの動詞は非名詞性の賓語を伴うことを要求する。例えば:
          主張  禁止  感到  厳加  予于  加以  覚得  渇望

 少数の動詞は上記の二つの動詞の特徴を兼ねている。つまり、それらは名詞性の賓語を伴うことができるし、また非名詞性の賓語を伴うこともできる。例えば:
          愛  怕  喜歓  研究  討論  開始  停止  有

  “愛、怕、喜歓”といった心理活動を表す動詞は、どちらの種類の賓語を伴うかの制約を受けない。“愛科学、不怕鬼”と言うことができるだけでなく、“愛遊泳、不怕苦”と言うこともできる。

 “研究、討論”のような動詞も、上記の動詞と似たところがあるが、これらは非名詞性の賓語を伴う時、通常、疑問代詞をいっしょに伴う。例えば、“研究干、討論吃”とは言えないが、“研究怎麼干、討論吃什麼”と言うことができる。

  “開始、停止”のような動詞は、一般的な動詞性賓語を伴うこともできる(例:開始做、停止写)が、これらが通常伴う賓語は“兼類詞”、つまり名詞と動詞を兼ねている。例えば、“工作、比賽、分析”などである。これらは名詞と動詞を兼ねているので、時にはこれらの前に定語を加え、“開始深入的討論”、“停止一天的工作”としたり、或いは前に状語を加え、“開始認真地分析”、“停止広泛地討論”としたりする。つまり、これらは名詞と見做される時と動詞と見做される時がある訳だが、比較すると名詞と見做される場合の方が多い。

  “有”という動詞も、二種類の賓語を伴うことができるが、形容詞を賓語として伴う時は、賓語の前に、しばしば程度を表す状語が置かれる。例えば、“有点儿冷”、“有他那麼高”のように使われる。有はまた、しばしば“兼類詞”を賓語とし、例えば、“有希望”、“有影響”、“有危険”、“有困難”というように使われる。

 動賓述語の複雑性は、動詞と賓語の関係の上にも現れる。動詞が具体的な動作を表す場合、賓語は具体的な事物を表し、両者の間の関係は比較的容易に掌握でき、誤解を招くことは少ない。例えば、“打鼓”、“弾琴”、“吹簫”と言う時、ここでの動詞と賓詞の組合せは具体的な事実に基づいてなされており、また勝手に組合せを作ることはできず、“弾鼓”、“打簫”などと言うことはできない。

 しかし、動詞は必ずしも目で見える動作、行為を表すとは限らないし、賓語も必ずしも動作、行為が支配する具体的な事物を表すとは限らない。例えば、“打”は“打鼓”、“打球”と言えるだけでなく、“打魚”、“打糧食”、“打交通”、“打折扣”、“打主意”、“打遊撃”、“打電話”、“打草稿”、“打比方”などと言うことができる。したがって、動賓関係をただ単に動作と対象の関係と理解することはできない。意味の上から見ると、賓語は動作の対象を表す以外に、動作の結果(例:写文章)、動作の場所(例:写黒板)、動作の道具(例:写毛筆)、動作の方式(例:写草字)、動作の原因(例:心疼什麼。担心出事)、動作の主体(例:来了客)などを表すことができる。

 動賓関係は複雑であるが、いくつかの類型にまとめることができる。

 現代中国語では、賓語は主に三種類ある。一つ目は“受事賓語”である。“受事”とは、受動者、受事で、動作の対象、動作の支配を受ける人や事物を指す。例えば:
     (1)我們必須克服困難,我們必須学会自己不憧的東西
     (2)他写了一篇論文
     (3)你写鋼筆,我写毛筆
     (4)他母親来上海,他已経去北京,両人没見着。

 この種類の賓語と動詞の関係は、総じて言うと、支配と被支配の関係である。

 二つ目は“施事賓語”である。“施事”とは、動作の主体や動作主で、動作を行ったり、変化を生じたりする人や事物を指す。賓語が表す人や物はしばしば不確定であり、したがって“一個”、“几位”のような“不定指”、つまり対象を特定しない定語を伴うことがよくある。賓語の前の動詞は、“坐”、“站”、“来”、“走”のように、一般に助詞や、動作の方向を表す動詞を伴うことを要求する。このような文を、「存現文」(“存現句”)と呼んで区別する文法書もある。例えば:
     (5)屋里坐着十多個人。
     (6)橋脚上站着一個人,却是我的母親。
     (7)外面走進来一個四十来歳的漢子。
     (8)在斜対面豆腐店里確乎終日坐着一個楊二嫂。

 例(8)の“楊二嫂”は固有名詞であるが、敢えて前に“一個”を加えることで、これを形式上“無定的”、つまり一般名詞のように転化させて使っている。施事賓語は、動詞の前に置くことはできない。

 三つ目は“関係賓語”である。この場合は、賓語は“受事”でも“施事”でもなく、主語の説明である。例えば:
     (9)他們確実是最可愛的人
     (10)年軽人的心好像春天的泥土,撒什麼種,発什麼芽。
     (11)我曽在這里的学校里当過一年教員
     (12)二孔明也叫二諸葛,原来叫劉修徳

 この種類の賓語の前の動詞は、例文で挙げたもの以外に、“有”、“在”、“変成”、“変為”、“成為”、“做”、“算”、“算作”、“当作”、“姓”などがある。これらの動詞は皆、非動作動詞であり、主語に対して説明する機能があるが、叙述する機能は無い

 賓語を伴うことができない動詞や、“施事賓語”を伴う動詞は、通常、自動詞(“不及物動詞”)と呼ばれる。一方、“受事賓語”や“関係賓語”を伴うことができる動詞は、通常、他動詞(“及物動詞”)と呼ばれる。もちろん、個々の具体的な動詞について見ると、自動詞と他動詞の両方を兼ねるものもある。例えば、“笑”は、“哈哈大笑”と言う時は自動詞であるが、“他笑我”と言う時は他動詞である。

【出典】胡裕樹主編《現代漢語》重訂版・上海教育出版社1995年


 にほんブログ村 外国語ブログ 中国語へ
にほんブログ村