今年も、3月4日から10日間、“両会”、全国政治協商会議と全人代の総会が開催されました。また今年の両会は、現在の胡錦涛・温家宝体制の最終年となる、大会でもありました。今年は、政府の主要幹部が内外の記者を招いての記者会見を開き、「オープンな国会」をアピールする演出がなされました。要人記者会見の最後を飾り、3月14日に、温家宝首相の記者会見が行われ、3時間に亘り、熱心な質疑が行われました。
今回は、その発言の中から、興味を引いた表現を取り上げます。
先ず、記者の質問を受ける前に、今回が最後の全人代となる温家宝首相が、参加した記者達に過去9年の行政政策への支援に対し感謝の言葉を述べましたが、その中に、こういう一節がありました。
■[1]
( ↓ クリックしてご覧ください。中国語原文です)
□ 今年はおそらく最も困難な一年だろうが、また最も希望の持てる一年だろう。人民は政府が冷静で、果敢で、誠実で信頼できることを求めている。政府は、人民の信任、支持、支援を必要としている。国際金融危機と欧州債権危機の蔓延、拡大に直面して、大切なことは、私たち自身の事をうまくやることである。私は最後の一年に「職責を守り、姿勢を変えず、責務を果たし、後悔することがない」ようにし、永遠に人民と共にいる。
○ 引用句:守職而不廃,処義而不回
◆出典:黄石公《素書》
◆訳:信義を堅く守り、その姿勢を少しも変えない。たとえ嫌疑を受けても、変わらず信義を保ち、後悔することがない。
◆黄石公は秦末の隠士で、漢の張良に兵書を授けたといわれている。それが《素書》である。張良はこの兵書を用いて、劉邦に漢による天下統一を成し遂げさせたが、この本を後に伝えることなく、自分の墓に収めさせた。ところが、張良の死から500年後、墓泥棒の盗掘品の中にたまたまこの本が含まれ、それから天下に流布するようになったといわれている。
新華社の記者が、温家宝に、総理を勤めた10年間に対する自己評価を尋ねたところ、温家宝のその回答の中に、次のような言葉がありました。
■[2]
・軛 e4 くびき。車の轅(ながえ)の先につけ、牛馬の首に当てる横木。
□ 最後の一年、私は常にくびきを背負った老馬のようなもので、最後の一時に到るまで、それを緩めることは無い。新たな成果によって私の仕事の上の欠点を補うよう努め、それによって人民の理解と許しを得るようにする。「職場に入る時は、懇ろに忠誠を尽くし、外に出る時は、謙虚にして、驕ることのないようにする。」私はこの、人としての原則を堅く守り、また後任の人にも同じ心構えを持ってもらうよう託したい。彼らはきっと私よりもっと良くできると信じている。
○ 引用句:入則懇懇以尽忠,出則謙謙以自悔
◆出典:元・張養浩《為政忠告》
◆訳:君王にお目にかかる時は、忠誠を尽くして仕事に励み、宮廷から外に出る時は、謙虚で慎み深くする。
◆張養浩は元朝の漢人の宰相である。清廉な行政を行ったことで有名。《為政忠告》は彼の政治に対する心構えをまとめたもの。
■[3]
□ 私は「国家の利益となるなら命がけで行い、禍福によって態度を変えない」という信念を守り、国家のため丸45年尽くしてきた。私は国家と人民のために私の全ての情熱、心血、精力を注いできたのであり、私利私欲を謀ったことはない。私は人民と向かい合い、歴史と向かい合う勇気がある。「私に対する評価も批判も、それは《春秋》に著される事実に依っている。」
○ 引用句:苟利国家生死以,豈因禍福避趨之
◆出典:林則徐《赴戍登程口占示家人》
◆訳:もし国家にとって利益となるなら、私は生命をなげうつことができる。どうして禍となるものは避け、福となるものはそれを迎え入れるようにすることができるだろうか。
◆林則徐は欽差大臣として広東でイギリスが持ちこんだアヘンを焼き捨てたことから、アヘン戦争が勃発することとなったが、1842年、その責を問われて新疆イリに流される途中、西安で即興で詠んだ詩の一節。
○ 引用句:知我罪我,其惟《春秋》
◆出典:孟子・《滕文公下》
◆訳:私に対する良くい評価も、悪い批評も、それは《春秋》に著された事実に依っている。
台湾の《中国時報》の記者が、来年3月に総理の任期を終え、引退して後、台湾を旅行される予定はないか、という質問に対する回答です。
■[4]
□ 私が引退後、台湾を自由に旅行に行けるかどうかについては、率直に言って、私は行きたいと思うが、条件を見ないといけない。けれども、どうか台湾の人々によろしく伝えてほしい。それで思い出したが、清代に台湾が割譲されてから、台中の詩人、林朝の詩の一節に、「天を修繕したいと思っても、そのような方術の心得はないが、欠けた月もいつか再び真ん丸になる時がある」というのがある。私は、中華の青年達が共に努力しさえすれば、祖国統一と民族振興の大事業は必ず実現できると信じている。このことは、中国人全体の誇りである。
○ 引用句:情天再補雖無術,缺月重圓会有時
◆出典:林朝《送呂厚庵秀才東帰二首》
◆訳:天を支えている柱が壊れたので修繕したいと思っても、そのような方術の心得は持ち合わせていないが、欠けた月もいつか再び真ん丸の月となる時が来る。
◆林朝(1875-1915)は清末~民国初期の人で、台湾彰化県出身。櫟社の発起人、首席理事として、台湾文学の発展の上で重要な役割を占め、台湾詩界の泰斗と称される。
香港TVBの記者は、現在行われている、次期香港特別行政区行政長官選挙の候補者選びについて、温家宝の見方を尋ねました。それに対する回答です。
■[5]
□ 私は香港を愛する。2003年に私は香港に行ったことがあり、そこで黄遵憲の詩の一節を使って、「国土一寸といえども、金塊と同じくらい貴重なものである」と形容した。香港が返還されて15年が経過したが、この15年の香港の発展による変化は、「一国二制度」、「香港人による香港統治」、高度な自治が、強い生命力を持っていることを証明した。
○ 引用句:寸寸河山寸寸金
◆出典:黄遵憲《題梁任父同年》
◆訳:国土一寸といえども、金塊と同じくらい貴重なものである。
◆黄遵憲が1896年、梁啓超が上海で発行していた《時務報》に寄稿した詩の一節。日本との甲午戦争(日清戦争)に敗れ、台湾、澎湖諸島、遼東半島の割譲や賠償金支払い等、国家の屈辱的な情勢を前に、国を思う心境を詠ったもの。
中央電視台の記者は、社会の公平正義の実現推進のため、残された任期にどういう取組みをするつもりか、ということと、ネット上での政府への批判に対し、どう考えるか、という質問がありました。
■[6]
・謡諑 yao2zhuo2 人を中傷するデマ。事実を偽って人を中傷する。誹謗する。
・義無反顧 yi4wu2 fan3gu4 [成語]道義上、後へは引けない
□ 私の総理在任期間中、確かに中傷誹謗は絶えることがなかった。私はそれに影響されることはなかったが、心の中では苦痛を感じることを免れることはできなかった。このような苦痛は、「信用していたのに疑われ、忠誠を尽くしたのに誹謗された」という苦しみであり、私の独立した人格が人々に理解されていないということであり、それゆえ私は社会に対し幾分憂慮している。私は「他人の流言蜚語の類を気にしない」という勇気を持ち続け、一度取り組んだ以上は後に引けないという気持ちで、引き続き奮闘する。
○ 引用句:信而見疑,忠而被謗
◆出典:司馬遷《史記・屈原列伝》
◆訳:誠実に君主に仕えたのに、却って疑われ、忠誠を尽くしたのに、奸臣によって誹謗された。
○ 引用句:人言不足恤
◆出典:宋史・王安石列伝
◆訳:他人の流言蜚語の類は気にする必要はない。
おそらく、想定質問をベースに、事前に準備された発言でしょうが、温家宝さんの博識には、いつも感心させられます。
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今日3月3日より、全国政治協商会議が開催されます。また、続いて3月5日よりは、全国人民代表大会が開催されます。この二つを合わせて“両会”と言いますが、これから10日間、北京には全国から国会議員さんが集まり、年1回の政治の季節を迎えます。
それに合わせ、今日は、中国の政治体制について、確認していきたいと思います。
添付の図をご覧ください。
◆中国の政治体制 (筆者作成)
( ↑ クリックして、拡大してご覧ください)
中国の政治体制の全体を1枚にまとめてみました。
中国の政治は、共産党が一党独裁する体制となっています。2011年時点で、共産党員は全国に8000万人います。何れも厳格な審査を経て入党が認められるので、8000万人というのは大変な数字です。 この共産党の組織の中央が、「中共中央」と呼ばれるところで、中国共産党中央政治局に、任期5年の政治局常務委員が、現在は9名おられます。9名の名前は図に示した通りで、この順番が序列になっています。夜7時の中央電視台のニュースは、必ずこの序列順で主な内政、外交行事の様子が紹介されます。 これら9名の方は、今年で任期が満了し、今年10月の党大会で改選されます。
共産党トップの総書記である胡錦涛さんは、既に2期10年勤めているので、今回で引退となります。胡錦涛さんは、国の顔である国家主席、及び軍のトップである、中央軍事委員会主席を兼ねています。
2番目の呉邦国さんは、立法府である、人民代表大会の委員長、いわば国会議長です。
内閣に当たる国務院総理、温家宝さんは序列3位です。
4番目の賈慶林さんは全国政治協商会議の主席。全国政治協商会議については、後で説明します。
6番目の習近平さんが、胡錦涛さんの後の次期共産党トップといわれています。現在は、中央軍事委員会の副主席、国家副主席、また共産党の幹部養成学校である中央党学校校長です。
7番目の李克強さんは、温家宝さんの後の国務院総理に就任するのではないかと言われています。現在も、国務院副総理の一人です。
9番目の周永健さんは、司法を管轄する中央政法委員会の書記です。
そして、この共産党の下に、三権を司る、全国人民代表大会(立法)、国務院(行政)、最高人民法院(最高裁判所に相当=司法)、及び軍隊である人民解放軍が置かれています。
人民解放軍は、その生い立ちから、1927年の第1次国共合作の失敗後、南昌蜂起等の武装蜂起をきっかけに編成された中国工農革命軍を母胎に、共産党の軍隊として設立されましたので、党の直轄です。日本の防衛白書では、兵力は160万となっていますが、非戦闘要員もいますので、2009年末現在で230万人を抱えています。尚、これには武装警察(60万人)を含みません。
軍の中枢の中央軍事委員会の主席は胡錦涛ですが、副主席は3人で、習近平以外の2人は制服組で、郭伯雄 、徐才厚。お二人とも共産党中央政治局委員なので、党大会の時は壇上に座っているメンバーの一員として、TVカメラを通じて見ることができます。
さて、全国人民代表大会は一院制の立法府です。全体会議は年1回、3月に開催されます。任期は5年。現体制は第11期で、今年が最終年度。来年3月に新体制となります。議員は香港、マカオの代表も含め、各地区の代表で構成され、約3000名です。常設機関として、全人代常務委員会があり、概ね2カ月に1度委員会が開催され、法律方案の審議が行われます。
この全国人民代表大会、略称、全人代の権限は大きく、国家主席の任命、国務院総理、副総理、国務委員、省庁に相当する各部の部長(大臣)の任命、最高人民法院(最高裁)院長の任命、最高人民検察院院長の任命を行います。
全人代とは別に、全国政治協商会議があります。こちらは、共産党員だけでなく、民主党派と呼ばれる共産党以外の政党の代表、及び無党派人士の代表の参加する議会ですが、立法権はありません。しかし、広く人民の声を反映し、重要な案件については、全人代に審議要請をすることができることになっています。
民主党派は全部で8つあり、主に台湾との関係の問題について提案を行う、主に台湾出身の人たち、或いは教育界や医師、科学者などの学識経験者の団体であり、また活動は共産党の指導を受けることになっていますので、どちらかというと、各種の議題について、より専門的な視野から意見具申をする、という位置付けになっています。
国務院は内閣で、この傘下に各省庁(中国では“部”といいます)、中央銀行である中国人民銀行、そして税関総署が置かれています。
最後に、国家主席ですが、これは以前はどちらかというと名誉職であったのですが、昨今は外交の顔として、位置付けが重要になってきています。英語表記は、Presidentです。
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