写真日記

一週間近く
写真を撮ることを意識的にやめていた
だからほんとに写真を撮らなかった
いつもなら撮っているようなものも
いつもの癖で鞄から取りだした小さなカメラも
あっそうだ、写真を撮らないんだったと呟いて鞄にしまった

一週間近く
写真を撮らなかった
そうなのか
このまま写真を撮らなくても
生きていけるんじゃないかなと思って
ちょっと変に安心したりもした

でも
一週間経った日のある朝
お堀沿いを歩いていると
朝日が逆光で
桜の木の葉が紅く染まり
空が抜けるように蒼くて
いつもの癖で鞄から取りだした小さなカメラを
しまうのも忘れて写真していた
ふと気がついて
あっそうだ、写真を撮らないんだったと呟いてみたけど
こんなに素敵なのを写真しないなんてないなと
僕は写真を撮った

セキヲキッタヨウニ
写真の欲望が僕に流れて込んできて
ちょっと困った

だからちょっとリハビリからはじめようと
ポラロイドカメラを鞄に入れて
海を見にいった

とてもいい
僕の写真が撮れた

あのね
写真が薬だったら…

僕の写真が君の薬になるのなら
僕は写真を撮り続けよう

「あなたの写真は私の特効薬です」
という言葉に
僕はビビビーっとキテ
力が溢れだしてきて
僕は写真を撮れるのです

なにげない君の言葉が
僕を生かしてくれるから
なにげない僕の写真が
君を生かしてくれるかもしれない

僕は写真を撮っている

深夜

もう写真をやめようと思った
ボジョレヌーボを買ってきて
飲んだ
飲み干して頭が割れそうに痛くなって
もう写真をやめようと思った

ほんとに写真が下手だ

深夜眠れないので
高橋尚子の走る姿を想った
あの坂をものすごく力強く駆け抜けた
彼女はどんな夢をみているだろうか
たぶんきっと興奮していて眠れないかもしれない

目が覚めるとまだ深夜だった
朝にならなければいいのにと思った
写真をもう撮らなければいいのにと思った

気がつくと
カメラを三脚に立てて
シャッターをバルブにして
暗闇の部屋の中を
写真していた

本当は苦しくてもう写真を撮りたくない

空にも自由がないのならば

高橋尚子選手

39kmの看板の横で
カメラを抱えて待っていた僕
たくさんの人が沿道にいて
今か今かと待っていた
ラジオや携帯TVの音がする
「高橋尚子がスパートをかけた」とラジオが言う
なんだか寒気がする緊張感

急いで電車に飛び乗って
走ってここまできたのだけど
たぶんうまくは撮れない写真
でも彼女は走ってくるはず

たくさんの護衛に囲まれて
彼女は坂を駆け上がった
僕が１回シャッターをきったら
次の瞬間僕の横を走り抜けて
もう１回シャッターはもう後ろ姿

なんだか興奮して
僕は走って追いかけていた
間に合わないのは知ってるけど
別に写真を撮るためじゃなくて
なんだかとにかくうれしかった
彼女は先頭でここを走り抜けたのだ
しかもものすごい力強く

急いで部屋に戻り
TVをつけると
草の冠をかぶって笑顔だった
ヒーローインタビューは
とても感動的で
本当に彼女はヒーローなんだなと
僕はうれしくて
こちらこそありがとうですと言った

高橋尚子を撮った
いや撮れなかった
だからとてもうれしかった

旅に写真がある
だから
僕は最近
写真がうまく撮れていないのかもしれない
僕は久しく旅をしていない
純粋な意味での

明日
東京国際女子マラソンがある
僕の住んでいる市ヶ谷の
僕のいつもの通勤路を高橋尚子選手が走るはず
市ヶ谷から四谷に向かうあの坂で
彼女は抜かれたのだ
いつもそこを通るたびに想う

前に一度
違うマラソンの大会だったか
千葉真子選手がここを走り通るのを偶然見た
たまたま日曜日が休みで
市ヶ谷の駅に向かって歩いていると
マラソンのため
向こう側に渡れなくなっていて
しかたなくとぼとぼと四谷のほうに歩いていくと
選手が通っていった

走っていく抜け殻のような選手の身体
足音もなく
力強さもなく
かといって苦しみもみえず
まるで空気のように

黒い肌の外国人選手が先頭で
その後ろを選手が通り過ぎていった

なんとも言えない不思議な感覚

明日、またそこに行こうかと迷っている
ひさしぶりに新聞を見ると
高橋選手は怪我をしていて
本当はドクターストップなのだけど
無理はしないという約束で出場するという
もしかしたら市ヶ谷まで辿り着かないかもしれない
そうなると待っている僕はたぶん
取っ掛かりを掴み損ねたクライマーのように
岩場を落下していくだろう
命綱などつけていないので
お堀に飛び込んでしまうかもしれない

とにかく晴れたらいいなと思う

旅に写真がある
だから
僕は最近
写真がうまく撮れていないのかもしれない
僕は久しく旅をしていない
純粋な意味での

ひさしぶりに
土の匂いがして
うれしかった
風も匂いが違うのだ
第二グラウンドでおもいっきり球を蹴ると
ものすごく身体中が軽くなって
そのあと
ものすごく体中が重くなった
帰ってきて
シャワーを浴びる
太陽が沈むと
急に寒くなって
手が悴んだ

ひさしぶりに
休みなので
やることもなく
洗濯だけやってから
ひさしぶりに
実家に帰ってみた
午後３時なのにもう夕日で
急いで第二グラウンドに
球を蹴りに向かった

しるえっと
ばかりだと
いつもみてくれているＫ君から
不満を言われそうなので
許可を取って
横顔を

いもとさん

しるえっと

赤ストロボを炊いたら
光らなかったので
青バックで

美しい横顔