創作日記&作品集

作品集は左のブックマークから入って下さい。日記には小説、俳句、映画、舞台、読書、など…。そして、枕草子。

ムッシュ 10

2008-03-31 09:57:46 | 創作日記
橋本製作所は原発のそばにあった。原発向けのロボットを作っている。ムッシュは危険な場所で働かされているのだろうか。受付で、柳原という人を呼んでもらった。痩せた童顔の男が出てきた。
「ロボ・ボーイの事で来られた村瀬さんですね?」
「はい」
「譲ってもらえますか」
「まあ、倉庫にいますが。改良の方が高くつくんですよ。でも開発費が結構かかっていますから。何に使われるんですか」
私は黙った。
柳原さんはまあいいやという感じで、
「上司と相談して、20万円でいかがですか」
思っていたより安い。10倍でも買うつもりだった。
「結構です」
「それじゃ宅配で送ります」
私は住所を書いた。彼は振込先を書いた。
「すぐに、送りますよ」
「えっ、振り込むのが遅れるかもしれません」
「全然かまわない。あなたはそんな人じゃないから」
ちょっと上目遣いに私を見て、
「もう一人、あなたと同じことを言ってこられた方があるんですよ。タッチの差であなたの方が先だった。あっ来られましたよ。多分あの人だ」
ドアを開けて入ってきた男に見覚えがあった。ファミレスの店長だった。彼ははにかみながら近づいてきた。

ムッシュ 9

2008-03-29 10:06:34 | 創作日記
敦賀は寂しい駅だった。線路やホームがたくさんある。寒さが人の口を重くさせていた。こんな所にムッシュはいるんだ。昨日、ネットで、ロボ・ボーイで検索した。ムッシュがファミレスで注文をとる様子が出ていた。橋本製作所。原発の近くにある。敦賀湾に夕日が沈む頃、バスが来た。敦賀半島にある民宿に向かう。通された部屋は2階で、近くに海を感じた。カニはあまり好きではないので、お造りをたのんだ。ビールを一本。小食で、グルメではないが、魚はおいしかった。明日は11時の約束だ。海に行ってみよう。
朝は10時に宿を出た。灯台が見えた。あそこまで行ってみよう。日本海は、暗く、荒れていた。宿で、おにぎりを作りましょうかと、言ってくれたが断った。他人の手で握られるのがいやだった。昨日駅で買ったパンを食べた。荒れている海には何もない。私はコートの襟を立て、タクシーを呼んでもらうため、宿に帰った。


ムッシュ 8

2008-03-27 09:17:17 | 創作日記
金曜日に敦賀へ行くことにする。久しぶりに休みを取った。一人旅は何年ぶりだろう。大学の時はよく一人で出かけた。というより、人と旅することが出来なかった。枕を並べて他人と寝ることが出来なかった。一人旅は何も起こらない方がいい。ぼんやりとさまようのがいい。過ぎ去っていく時間の中で、私は消えていく。どこにもいない。私は風になる。車窓に琵琶湖が見えている。琵琶湖が見えなくなると、急に車窓が暗くなった。殺伐とした風景になった。雪が降り始めた。風も強いのだろう。黒と白の世界だ。私はどこへ行こうとしているのだろう。何を求めて。

決定版三島由紀夫全集39「無意識」

2008-03-26 10:24:16 | 創作日記
決定版三島由紀夫全集39 p542に安部公房との対談で、三島由紀夫(40)は「無意識」について語っている。

安部 小説だって同じさ。やはり三島由紀夫というのは、二人いるのだな。
三島 おれは、だけれどももう、無意識というのはなるたけ信じないようにしているのだ。
安部 信じなくても、いるのだ。
三島 そうか。無意識のなかに精神分析学者なり、精神病医なりが僕のなかに発見するものは、みんな僕が前から知っていると言いたいわけだな。だから、無意識というものは、絶対におれにはないのだと……。
安部 そんなバカな。
三島 絶対にないのだから。
自意識過剰と理解して、通り過ぎるのは簡単だが、ここまで言い切られると、果たして「無意識」とは何かと考えてしまう。それは自分とは何かという問題につながる。

ムッシュ 7

2008-03-25 09:26:42 | 創作日記
「初めは重宝していたんです。食べないし、休憩時間もいらない。文句も言いませんしねぇ。一日中働く。閉店後の掃除は任せられる」
だけどムッシュは少しずつ変化していった。
「私らにだって、苦手なお客様はいます。人間ですからね」
ムッシュの態度が、客によって微妙にちがってきた。そーと音を立てずに水を置く客と、少し乱雑に置く客。
「ロボ・ボーイの接客態度が悪い客は私らが苦手だと思う客と一致しているんですよ」
それが段々と激しくなってきた。水をこぼすようになってきた。やくざに殴られると、反撃した。
「それと」
彼は言葉を句切った。
「彼は眠るようになった」
「眠る」
「私にはそう見えました。無反応になるのです。そういうことで返品しました」
「今はどこにいるのですか」
「敦賀だと聞いています」
「敦賀?」
「福井県じゃないですか」
福井県と言われても分からない。確か北陸だ。
「何なら、本部に聞いてみましょうか?」
「結構です。聞いてみただけですから」
「それはそうですね」
「でも、雪が深いだろうなあ。僕も北国の出なんですよ」
彼は出口まで送ってくれた。
「雪道は滑りますよ。気をつけて」
私の心は何年ぶりかで弾んでいた。敦賀へ行こう。ムッシュを探そう。

ムッシュ 6

2008-03-24 21:32:51 | 創作日記
一人は寂しいけれど自由だよ。雪が降った。今年はよく降る。3回目。私はいつものファミレスにいる。今日もムッシュがいない。雪だから客も少ない。車はのろのろ運転だ。車のライトで浮かび上がる雪の白さは美しい。とっくに冷めてしまったコーヒーを前にして、深いため息をついた。ムッシュがいないレストランは、私の中で急に色あせていった。ウェイトレスが何回目かの水を注いだ。
「ありがとう。ここにいたロボット、近頃見かけないけれど」
「ああ、いなくなったみたいですね」
「どこへ行ったの?」
「知りません、何なら店長を呼びますが」
私は少し考えた。
「すみません、お願いします」
私は何を考えているのだろう。
ほどなくやってきた彼に見覚えがあった。お子様ランチの時の彼だった。あの時は若く見えたが、30を少し超えていると思う。彼も私を覚えていた。
「あの時の」
彼は私の前に腰掛けた。
「ロボ・ボーイのことで?」
「ええ」
「彼は試作品だったんです。問題がありました。その一つは子供です。怖がる子供といたずらする子供。それと…」
彼は言いよどんだ。
「私の主観なんですけれど」
彼が話し始めた。とても不思議な話だった。

ムッシュ 5

2008-03-24 09:19:30 | 創作日記
お誘いがあった。Aさんの送別会。こいつとは2ヶ月程組んだけれど、迷惑だった。期限が迫っているのに、定時にさっさと帰ってしまう。突然休みを取る。何とか断る理由を考えたが、それも面倒になった。いつも断っていれば、はじき出される。送別会は最悪だった。まず会場にカラオケがあった。音痴の私には歌えない。歌うもんか。みんな上手いよ本当に。
「村瀬さん1曲」。来た。とんでもないというふうに手を振る。でもしつこい。だが、嵐はいつか過ぎる。お銚子もんが歌い始める。一次会が終わると、社員さんのUさんにそっと言う。「ごめん、今日は帰る」。彼は自分が選ばれたのが嬉しい。「そう、また」。そっと、集団から離れる。「村瀬さん帰ったの」。質問に彼は答えてくれる。「用事があるんだって」
私は美人だ。だが、好かれる美人ではない。とことん嫌われる美人だ。多分ブスでもこんな美人になりたくないだろう。一人は寂しいけれど自由だよ。

ムッシュ 4

2008-03-23 21:15:25 | 創作日記
会社は9時からだ。カードを通す。いくつかの部屋を通って、商品開発部2に入る。「おはようございます」が飛び交う。パソコンの電源を入れる。「カチリ」。部屋は辞書科と関数電卓科に分かれている。仕事はバグ取り。すなわち、プログラムのチェックだ。不具合を見つけ、商品開発部1で修正する。商品開発部1も2も社員さんは数名だ。商品開発部1のプログラマーさんも商品開発部2の私達(資格は持っていない)もほとんどが派遣社員だ。私は関数電卓科に5年いる。古株だ。社員の出入りが多い。ほとんど2,3年で辞めていく。一番古いのは山下さん。子供が二人いると聞いた。私は誰ともプライベートでは付き合わない。処女は行きづりの男にあげてしまった。邪魔だったから。何にも感じなかった。身体の上を男が過ぎ去っていった。二度と会わない。顔も忘れた。


決定版・三島由紀夫全集(新潮社)

2008-03-23 16:05:28 | 読書
決定版・三島由紀夫全集(新潮社)を図書館で借りてきた。三島由紀夫は二十歳代に読みあさった作家ですが、30年も読んでいない。今回は確認したいことがあったからです。39巻。対談集です。安部公房と小林秀雄を読みましたが、今は最初から読み進めています。とてもおもしろい。とにかく新鮮なのに驚きました。語られていることが全然古くない。核心を突いています。切ったら、血しぶきが出る対談。二十歳代の彼が真摯に語っています。気に入った言葉があれば書き留めています。
闘いがなくてブロックじゃ困る。舟橋聖一
嫌いなものに嫌いというのは、無視できないからですよ。それとも、そこから何かを言いたいからだと思います。
谷崎の「細雪」は化粧で始まり、下痢で終わる。それが何故「たいしたもの」なのか。「細雪」を図書館で借りてきました。時間がいくらあっても足りない。

ムッシュ 3

2008-03-23 13:13:48 | 創作日記
今日は思い切って、「お子様ランチ」を注文した。ムッシュなら…。「お子様ランチ。ありがとうございました」ムッシュは復唱する。ボーイが確認に来た。すごくいやな気分になった。私は思わず言ってしまった。
「おかしいと思う、君」
「機械ですから」
私は立ち上がった。
「もう、いい」
その日、夕食を食べなかった。