今月に入ってふと、「上桂から西山団地までしか唐櫃越を歩いてなかったなー」と思っていたら、2月15日付の京都新聞の記事が目に入った。(以下【 】内は記事より抜粋)
【京都府亀岡市篠町と京都市西京区をつなぐ山道で、明智光秀が本能寺へ向かう際に進軍したとされる「唐櫃越(からとごえ)」の散策ルートを、地元住民らが道しるべを立てるなどして整備した。住民らは「歴史に興味を持つ人たちを多く招き入れたい」と、新たな観光ルート化を期待している。 (中略) 分岐が多いことから迷いやすく、昨年9月の台風18号の影響などで道が削られている場所が複数あった。2団体は両市の交付金を活用し、亀岡市のJR馬堀駅から京都市西京区の西芳寺(苔寺)までの計15カ所に、矢印を記した道標を設置した。深くえぐれた道には新たにう回路を作った。】
迷子になりたくなくて二の足を踏んでいたオイラであったが、道しるべが整備されたとなると安心して歩けそうであるなあ。
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2月23日(日)のち
▼ 7:15 やって来ました阪急・上桂駅。(^^)/
▼ 山田岐れを直進。
▼ 住宅地のど真ん中に古墳あり。(上ノ山古墳)
▼ 坂道を登っていくと竹林。ワンちゃんと散歩中のご婦人と挨拶を交わす。「お一人で。(山歩きが)好きなんですねー」と訊かれ、「大好きなんです」
▼ 薄暗い竹林のトンネルを抜けると墓地であった。
▼ 振り返ると京都市街地が見えた。
▼ 7:46 墓地を抜け、いよいよ山道スタート。
▼ またもや竹林が現れ、抜けると桂坂野鳥園の自然散策路に入る。
▼ 桂坂野鳥園の展望台あたりまでは、木々の様相がガラリと変わるので飽きずに歩ける。
▼ 野鳥園を抜けると、同じような景色の山道なので次第に飽きてくる。麓の景色が木々に邪魔されて見えないのもツラい。誰か水筒、落としてまっせ~。
▼ この道標は以前なかったぞ。
▼ 8:56 沓掛山(標高415.1m)に到着。うーん……愛宕山がガスって見えない。
▼ 誰か傘、忘れてまっせ~。杖代わりにしていたな。
▼ 標高400mを越えたあたりから残雪が多くなる。
▼ 9:39 分岐。アスファルト舗装道路に出合う。以前来たときは、ここから西山団地へ下山したのだ。今日は馬堀を目指すぞー。
▼ 舗装道路は、雪が完全に融けているエリアもあったが、雪道エリアもあって歩きにくいぞ。
▼ 9:57 中の谷林道との分岐。また雪道か……。(*_*;
▼ 歩いていると北松尾山が見えます。
▼ アスファルトの終点。ここからは土の道。
▼ スパッツ、アイゼンなしでもなんとか歩ける程度の雪道。
▼ おっ! 愛宕山が見えてきた。山頂は吹雪なのか?
▼ 分岐。通行止めの雪道が、どこへ通じているのか気になるが我慢。
▼ 歩いていると突然、目の前の風景が開けた風光明媚なエリアに出る。
▼ 雄大かつ壮大な愛宕山と、それを取り囲むように居並ぶ山々の雄姿。ほとんど眺望のない上桂からの山道を歩いてきて、この風景に出くわすのは「驚き」と「感動」であるぞい! ここまで歩いて来てよかったと思えるひと時。(^◇^)
▼ 目を下に転ずれば、保津峡なり。
▼ 10:43 しばらく歩くと林道の終点。左の細い登り斜面に進行。
▼ 10:48 みすぎ山(標高430m)に到着。
▼ 山頂からの眺望もよい。南側は亀岡市篠町の町並み。
▼ 北側は愛宕山。
▼ 送電線鉄塔の下で、しばしおにぎりタイム。
▼ 11:10 馬堀方面に下山開始。
▼ 高度が下がるにつれ、岩がゴロゴロして歩きにくい細い溝道になってきた。
▼ 歩きやすい腐葉土の道に変わるころ、木々の間から町並みが見えはじめる。
▼ この石垣は何かの遺構?
▼ 平成26年3月31日まで、土砂災害を防ぐための治山工事中だそうです。
▼ オイラも大河ドラマで光秀公を見たい。謎の多い人物だけに興味あります。
▼ イノシシ除けネットを通過。振り返る。
▼ 11:44 如意寺の横に無事、下山。(^_-)-☆
▼ みすぎ山を仰ぎ見る。
▼ 山中よりも、町中のほうが道を迷いやすいのはいかがなものか。
▼ 愛宕山の壺割坂付近から見える高層マンションがひときわ目立つ町並みは、篠町界隈やったんやね。
▼ マロッコ公園でしばし休憩。
▼ 「マロッコ」って何? 公園の片隅のモニュメントを読むと、「麻呂子親王の鬼退治伝説」というものがあるらしい。
▼ 12:15 JR馬堀駅から大阪へ帰還。
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【唐櫃越は古くから山陰道の間道として知られ、標高300~400メートルの尾根沿いを進む約10キロの山道。1582年の旧暦6月2日未明、亀山城を出発した明智光秀が軍勢を率いてこの道を通り、本能寺に向かったという説がある。】
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