猫研究員の社会観察記

自民党中央政治大学院研究員である"猫研究員。"こと高峰康修とともに、日本国の舵取りについて考えましょう!

日本と東南アジア―中国しのぐ役割を(アーミテージ氏論説)

2006-04-11 02:10:36 | 外交・国際問題全般
 日本にとって、東南アジアは経済的にも心情的にも強い絆で結びついてきた。これは、ODAをこの地域に集中的に供与してきたことをはじめとして、東南アジア重視を明確に打ち出した福田ドクトリン(その萌芽は岸政権に遡るが)の結実したものである。97年のアジア通貨危機を巡っての日本への期待と、最終的には完璧とはいかなかったものの日本の対応への東南アジア諸国の感謝は記憶に新しいところである。
 しかし、それ以後の日本のこの地域でのプレゼンスはかなり低下した。経済面では、今やFTA締結で中国の後塵を拝している。また、近年は東南アジア地域から国際テロを根絶することを中心として、東南アジアを安定で秩序ある地域にすることは、日本にとってもシーレーンの確保という観点から格別に重要性を増している。一方で、東南アジア諸国にとっても、中国の軍事力増強は重大な脅威であり我が国と利害関係を一にする。すなわち、我が国が苦手としてきた安全保障上の観点も重要になったということである。我が国の存在感が低下したのは、この辺の構造転換にも原因があると思う。今こそ、東南アジアに再び目を向けるべきなのだ。「海洋アジア」という地政学的視点に立って、日本と東南アジアの絆を取り戻すべきである。これは、米国の世界戦略とも一致することである。アーミテージ前国務副長官が讀賣新聞のコラム「地球を読む」に『日本と東南アジア―中国をしのぐ役割を』と題して、上述の観点から詳細に論じた論考を寄稿した。その全文を掲載するので、是非熟読玩味されたい。なお、未読の方は『アジア外交、日本の影響力は米の国益―マイケル・グリーン氏寄稿』もあわせてご覧ください。


『日本と東南アジア―中国をしのぐ役割を』R.アーミテージ(讀賣新聞2006年4月9日付掲載)

 日本が東南アジア諸国連合(ASEAN)との強力な関係をつちかうため、公式に対話を始めたのは1970年代のことである。それから時を経て、この対話は手ごたえのある成果を生み出してきた。それは、70年代から80年代にかけての福田ドクトリンの成功を思い出すだけでも、あるいは日本の政府開発援助(ODA)がASEAN諸国に与えた影響を表す数字を見ただけでも明白である。
 しかしながら時代は変わった。このところ自動操縦で行われている観のあった対話を、アジアにおける新たな戦略的な変化に合わせて、再活性化する必要がある。こう主張するのは、日本の努力をけなすためではない。それを鼓舞するためである。
 昨年12月の日本・ASEAN首脳会議は、共同声明の中で、両者の戦略的パートナーシップの深化と拡大を打ち出した。そこに描かれた諸措置は、確かに意義深いものであり、変わらぬ関係強化の意思を映し出している。それでもなお、日本に促したいことがある。それは、より強力な日本とASEANの関係を支えるため、もっと目に見える形で様々な行動をとることである。
 別の機会にも述べたが、最近の中国は大胆な外交を行っている。巨大な経済力を、他の国々との関係のてこにしてきている。こうした中国の努力は成功を収めている。中国の役割に関して、ASEAN諸国が伝統的に抱いてきた懸念は徐々に薄らぎ、中国との関係に積極的な目を向けつつある。中国は自信を持って地域に歩を進めている。そして特に、ASEANとの自由貿易協定(FTA)を模索し、東南アジア友好協力条約への参加を決定し、メコン川流域の一体化を働きかけている。
 中国の行動によって、日本の政治やビジネス活動の方向や歩調が左右されてはならない。だが、中国の成長が日本に影を投げかけているとの認識を持つことは大切だ。中国の努力によって、日本の存在感が小さくなっていると言う声がある。筆者もこれに賛成する。
 そして特に問題なのは、政治的、経済的にも、安全保障の見地からも、ASEAN諸国の正しい手本は中国ではないことである。手本は日本である。日本はその役割を、もっと積極的に演じるべきである。政治的に言って、日本が持つ民主主義的な諸価値と、人間の権利、尊厳への敬意は、大多数のASEAN諸国の基盤と密接に通じるものがある。中国が示すような専制政治の手本とは、比べようがない。  日本は、ASEAN諸国との共通点を養い、確立するために、もっと自分の影響力を使うことができる。使うべきである。その理由はほかでもない。ASEAN域内では、日本に対する歴史認識が、北東アジアほど激烈ではないからである。日本の働きかけに扉を開く理由はここにある。
 今年1月、インドネシアのユドヨノ大統領は、山崎拓自民党前副総裁に対して、インドネシアは歴史問題を未来志向で扱い、日本の過去の行為を糾弾する意思はないと語った。これは注目に値する。そして他のASEAN諸国の一般的な感情をも反映している。
 例えばベトナムの場合、日本の歴史的な役割は、第2次大戦中の占領軍というだけにはとどまらない。日本はベトナムを仏植民地に戻さず、独立を認め、1945年、ホー・チ・ミンが国家独立を宣言することを許したのである。
 経済的にも日本は、ASEANとのきずなを強化する上で絶好の位置にある。この地域における中国の最大の魅力は、やはり経済的な将来性にある。だが、ASEAN諸国は依然として中国に取り込まれることを警戒し、より広範な経済関係を求めている。筆者がこのことを極めて鮮明に悟ったのは、あるASEAN加盟国の駐米大使から、東南アジアへの投資を日本に働きかけてほしいと懇願された時のことである。
 ミャンマーを明白な例外として、すべてのASEAN諸国の経済は好調で、一部では実際にブームが起きている。その多くはハイテク産業に移行しつつある。つまり日本の得意分野である。こうした顕著な発展は、地域における市場志向の精神の高まりを反映している。これに乗じるべきである。
 こうした市場志向の精神を筆者が何よりも実感したのは、昨年6月、ニューヨーク証券取引所で、終業のベルを鳴らす機会を得た時のことだった。実は、その日の始業ベルを鳴らしたのは、ベトナムの首相だった。1日だけとはいえ、ベトナムからの賓客が自由主義経済の心臓部を訪れたことは同国の驚くべき経済発展を象徴する出来事に思えたのである。そしてさらに重要なのは、その経済発展の方向が、中国ではなく、ますます日本と似通ったものになっていることである。
 安全保障面でも、日本とASEAN諸国の間には、同じくらい重要な共通点がある。ASEAN諸国政府は、中国との積極的な経済関係の維持に努めている。だが、中国の軍事力増強と、南シナ海での領有権争いなどの問題となると、中国への熱意は、はるかに低いものになる。
 日本の海上補給路はASEAN地域を通ってペルシャ湾に抜ける。従って、ASEAN諸国との安全保障関係を発展させることには巨大な価値がある。日本の生命線である海上補給路を維持する能力をより確かなものにするのが、それに隣接する諸国との協力強化である。
 日本はまた、台湾問題の平和的解決を呼びかける米国に同調し、台湾海峡の緊張緩和が「日米共通の戦略目標」に含まれることを明白にした。この声明に対する中国の反応は否定的なものだった。しかしながら、北京と台北の間の対立を平和的な手段で解決することを強く支持する日本を見て、ASEAN諸国は安堵を覚えるに違いない。
 かくして日本は、将来、より活発にASEAN諸国と関与すべきだろう。その好機と根拠が共に存在する。こうした関与は日本自身の利益に適うだけでなく、東南アジア域内で成長しつつある好ましいもの、すなわち、自由市場経済に基づく民主主義的諸制度をはぐくむことに貢献するだろう。
 もし日本が積極性を発揮しなければ、ASEAN諸国は、アジアにふさわしい手本も持たない中国の影響力の前で、途方にくれることになる。



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5 コメント

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アーミテージさん (PJ)
2006-04-11 12:34:07
日本人のことを理解できる数少ない外国人のお一人ですよね。おまけに笑顔がとってもカワイイw

ここ1~2年で日本についていろんなことを知った私ですが、

何で東南アジアをもっと大切にしないの?と不満に思っていました。安部さんや麻生さんなら大切にしてくれそうだと楽しみにしています。
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やはり違いますよね! (tsubamerailstar)
2006-04-11 20:29:15
この日会社で讀賣眺めておりまして、「猫研究員様が間違いなくネタにされるだろう」と思っておりました。(笑)



>我が国の存在感が低下したのは、この辺の構造転換にも原因があると思う。



ご指摘の通りですよね。日本としては端境期の虚を突かれた感はあります。中国の軍拡・北の脅威の増大といった点もさることながら、97年当時に「日米共同対処で云々」等と言おうものなら、即「軍国主義者」認定だったでしょう。(汗)



>ASEAN域内では、日本に対する歴史認識が、北東アジアほど激烈ではないからである。日本の働きかけに扉を開く理由はここにある。



ゼーリック副長官の「日中間歴史対話の仲介」に疑義を呈している筋の筆頭がアーミテージ氏だろうと思うんですよね。中国がそれを逆手に取って「戦勝国史観」での合作を目論む危険性と費用対効果がないと見込んでいるからだと思います。ゼーリック氏は昨年九月の講演で中国の史観のおかしさに釘を刺した上でこの提案をしているので彼なりのバランサー論だとは思うのですが、アーミテージ氏は「甘ぇな、若造」とでも言いたいのかもしれません。



ホントアーミテージ氏とかM・グリーン氏は千里眼のように見えているなと感心します。この辺の嗅覚はオケと同じく日本はかなわんと痛感しますね。
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コメントありがとうございます (猫研究員。=高峰康修)
2006-04-11 23:52:36
>PJさま

日本は一つのことに熱心になると他を忘却してしまいがちなんですよねぇ。日米同盟強化に力を注いでいるのは当然のことであり必要不可欠ですが、そうすると例えば東南アジアを忘れてしまう。東南アジアは、日米同盟強化にもポイントとなる共通の味方なのに…。正直言って手抜かりだと思いますよ。



>tsubamerailstarさま

97年当時に「日米共同対処で云々」等と言おうものなら、即「軍国主義者」認定だっただろうし、マラッカ海峡の海賊対策に軍艦を派遣してくれと沿岸国に要請されて「海外派兵はできませぬ」と大慌てで断ったのもこの頃でしたね。実行していたら、日本にとってどれほど大きな「資産」になったことか。テロ戦争をめぐって沿岸国と米国は微妙な関係にあるので(最近はかなり改善してるようですが)日本の存在価値はかなり高くなっていたはずです。 また、通貨危機後の米国の対応に「米国の横暴許すまじ」という風潮が高まったものの、具体的に穏健な(というのはマハティール流の大アジア主義でないという意味で)経済連携を進めるわけでもなかったですよね。「失われた10年」とよく言われますが、日本が内向きになったことが一番の損失のひとつでしょう。ということは、外に目を向ける余裕がなくなるから不況は悪だ!とも言えるかもしれません。

ゼーリック副長官が「日中間歴史対話の仲介」なんて言ってるのは、中国にうまく利用される可能性がありますよね。その点アーミテージ氏は「他国に行くなと言われれば、靖国には絶対に行かねばならない」という発言に象徴されるように、冷徹な見方をしますからね。

マイケル・グリーン氏やアーミテージ氏の論に接すると、どっちが日本人なのか分からなくなってしまうのがありがたいやら恥ずかしいやら…。
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福田元首相には見えていたんですねぇ (tsubamerailstar)
2006-04-12 14:25:06
中共の国連加盟に執拗に反対し続けた親台派でしたが、中国と国交樹立以降もASEAN諸国の赤化の危険性に気付いていたのでしょう。来春目処のFTAでの一本釣り&関係強化を推進する必要がありますよね。



>マラッカ海峡の海賊対策に軍艦を派遣してくれと沿岸国に要請されて「海外派兵はできませぬ」と大慌てで断ったのもこの頃でしたね。



フィリピン何かも五、六年前から海自に共同訓練を打診していたのにナシのつぶてでした。

昨年でしたか、ブルネイと海保が共同訓練とかをやっていたかと思うのですが、海賊対策&海上交通路の安全としてこれは有効だと思います。もっと大々的にやるべきです。



ホント後10年早ければなぁと思う部分は大きいんですが、まぁ、仕方ない。モロモロ急ピッチで推進していくことに尽きますね!

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Unknown (猫研究員。=高峰康修)
2006-04-12 22:48:38
>来春目処のFTAでの一本釣り&関係強化を推進する必要がありますよね



遅ればせながら、やるべきですね!中国に遅れをとっているとはいっても、まだ「勝負アリ」ってわけでもないので。ASEAN諸国の中国への警戒感は拭えないですからねぇ。



>昨年でしたか、ブルネイと海保が共同訓練とかをやっていたかと思うのですが、海賊対策&海上交通路の安全としてこれは有効だと思います。



もちろん海保の船を出すのも有効なのですが、海賊がテロ組織化していて重武装しているので、船体が薄い海保の船よりは自衛艦の方が望ましいということは言えると思います。そもそも、海保はあくまでも我が国の沿岸警備が目的ですから。
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