猫研究員の社会観察記

自民党中央政治大学院研究員である"猫研究員。"こと高峰康修とともに、日本国の舵取りについて考えましょう!

「自民党総裁選と靖国問題―政争の具にするな」…岡崎久彦氏論説

2006-09-06 02:20:04 | 外交・国際問題全般
 一つ前の記事 『自由民主党九州ブロック大会に参加』や8月15日の『小泉総理の8月15日靖国参拝の公約実行を支持する』でもほんの少しだけ触れたように、自民党総裁選では靖国参拝を争点化すべきではなく、そんなことをすれば中国の思う壺である。この点につき、9月3日付の読売新聞に掲載された『自民党総裁選と靖国問題―政争の具にするな』という岡崎久彦氏の論説が格調高く分かりやすいのでご紹介する。岡崎氏によれば「中国の思う壺」を通り越してある意味では「中国を追い詰め」てさえいるという。そして、その元凶は取りも直さず我が国の左翼的マスコミに他ならないのだが、事態の沈静化にはせめて自民党総裁選で靖国問題を「政争の具」として各候補者が取り上げることを自粛せねばならないと説く。この論旨には全く賛成である。


『自民党総裁選と靖国問題―政争の具にするな』岡崎久彦(元タイ大使・外交評論家)

 政治学では「スード・イベント」(偽の事件)という言葉があるそうである。
 分かりやすい例として、徳川時代250年、大坂城落城からペリー来訪までの間の日本における最大のイベントはなんであったかというと、それは赤穂浪士の討ち入りだった。討ち入りは天下の耳目を聳動(しょうどう)させた。しかし大坂城落城とペリーの来訪はたしかに日本の歴史を変えたが、討ち入りは日本の政治、経済、社会の構造に何ら影響を及ぼすものでもなく、歴史の流れを変えたものでもなかった。したがって、それをリアル・イベント(本当の問題)にたいするスード・イベントと呼ぶのである。
 ひるがえって、靖国問題とは何だろう、と考えると、日本の政治、社会に変化をもたらすような問題ではないし、まして国民の安全と繁栄にも影響はない。そしてこの問題が忘れ去られた後は、歴史に爪痕も残さないであろう。
 現在あるのは、朝から晩まで喧しく論じられているという現実と、中国の首脳が日本の首脳との会談を拒否し、韓国がこれに同調しているという事実だけである。
 どうして、こんなスード・イシューが生まれてきたのか。その経緯をたどってみると、その原因は政治的歴史的に必然性のない、人為的なものであることがわかる。
 ひとことで言えば、すべては日本国内の左翼反体制運動から端を発し、これに中国側の「フォー・パ」(外交上の誤った一歩、失策)があり、中国側がこれを修正しようとする努力を、日本国内の左翼勢力が事毎に妨害し問題の拡大に成功してきたということである。
 歴史の必然性から言えば戦争の記憶は戦後一世代で消え、後は歴史家の手に移る。1815年のワーテルロー後のレアクシオン(反動)の時代ではナポレオンは悪の権化であった。ヴィクトル・ユーゴーは22年にナポレオンを地獄からの使者と呼んだが、27年にはもうナポレオンの栄光を讃えている。ナポレオンの帝国主義戦争もスペインでの残虐も48年の革命以降は誰も口にするものは居なくなった。今ボストンでかつての圧制を怨み謝罪を要求してくる米国人は誰も居ない。
 実は東アジアでも、戦後一世代を経た1980年代を取ってみればこの問題は、政治問題ではなくなり、全く歴史家の手に移っていた。日本が戦後ずっとこの問題の処理を怠り、常に孤立していたというのは80年代に創られたフィクションであり、戦後一世代後の80年という年には、日本、中国、韓国、米国のいかなる評論にも政治家の言動の中にも、この問題がまだ生きていた証拠は存在しない。
 ヨーロッパではナチスのホロコーストの問題は今でも残っているが、これは16世紀の宗教裁判と同じように特殊な問題であり、今後も歴史に残るであろうが、日本の場合は過去の幾多の帝国主義的戦争の記憶と同じように一世代で消えていた。
 このいったん消えた問題が再燃する経緯はすでに詳しく立証されているのでここでは繰り返さないが、発端は例外なくすべて日本国内の左翼の策動である。もちろんその背後には、冷戦の中で、日本国内の反軍平和主義を温存して、日本の防衛力を弱体化させておくという、共産主義の戦略があり、日本の左翼は意識的無意識的にその戦略のお先棒を担いでいた。
 スードイ・シューは、そもそもが論理的必然性のないところに生じたものであるので、論理的な解決方法はない。ただ、それはリアル・イシューの前には消える。赤穂義士の討ち入りなどは、大坂落城の前、あるいはペリー来航の後に起こっていたならば、「この大変な時に、何をやっているんだ」ということになるような事件である。
 まだ一般の認識とはなっていないが、私は、リアル・イシューは既に存在すると思っている。それは中国の急速な軍備拡張による東アジアのバランス・オブ・パワー(勢力均衡)の変化であり、特に東シナ海における軍事バランスの変化は数年のうちに実感をもって浮上してくると思う。
 もう一つの解決方法は時間である。実は90年代前半の日韓の感情的対立は今どころではなかった。当時に比べれば今の日韓関係は良好といってよいくらいである。当時は余りの反日言動のために、冷戦時代親北朝鮮の左翼に対抗して韓国をかばってきた日本の親韓派は壊滅してしまったほどであった。
 しかし日本非難を言い尽くした後で、金大中大統領の訪日後の1999年の一年間は、韓国側が歴史問題に言及した例は皆無、中国も形勢を察して、ほんの一言以外は言及をやめた時期があった。
 しかし、この短い平和は、2000年になって、再び破られる。左翼は検定前で問題箇所が削除される前の教科書原案を不法に持ち出して新聞に掲げ、中国韓国の当局者、メディアの批判を求めた。その騒ぎが続いている中での、小泉総理の靖国訪問に際して、今度は中国が、それを首脳会談に結びつけるという外交的に前例のないフォー・パを犯し、その収拾に未だ成功していないのが現状である。ただ収拾を妨害しているのは日本のメディアである。昨年の秋の総理の靖国参拝の時中国の報道は数行であったのに、日本のメディアは日夜大々的に報道し、中国の要人に会えば執拗にコメントを求め、中国側に引っ込みがつかないように追い詰めている。
 私は従来、靖国問題については、「その実施は不可能であるが、完全な解決方法を知っている」と言ってきた。それは日本のメディアが一切報道しなければ解決するのである。日本の国内世論を分裂させるという見通しが皆無ならば中国がこれを取り上げる戦略的意味もまた皆無になるからである。
 独裁国家中国ならばそれはできるが日本はそれはできない。実は、今回の小泉総理の靖国参拝の前の日から、中国における反日サイトは接触不能になっている。政府の指示であろう。参拝直後の新華社のサイトは外交部の抗議を、「激烈な抗議」と報じたが8分後には「強烈な抗議」に改めた。中国がこの問題を抑えようとする意図があるのは明らかである。
 私は一つの提案がある。自由な国日本でマスコミの統制は不可能でも政治家は自粛できる。本来は、本件は内政干渉に対抗する問題として超党派であるべきである。しかし現実は、かつて靖国参拝を支持した民主党の小沢代表は党派的理由で今や反対である。与党の中でも公明党は従来とも宗教的理由で一貫して参拝反対である。
 しかし、今回の総裁選は自民党の中だけの選挙である。ここで各候補者が、靖国参拝問題を政争の具としない、という態度をとることだけでこの問題はずいぶん沈静化すると思う。各候補者にそれだけのステートマンシップを期待したい。


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4 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
ステートマンシップ (PJ)
2006-09-06 15:16:56
あったのは安倍さんだけというのが悲しいです。

国民の代表たるべき政治家として、内では揉めても外に対しては一枚岩であって欲しいのに、中国や韓国と同じように外国へ行っては当てつけがましい言動を繰り返す人たちにうんざりしてます。

戦前に国民が政治家の政争に愛想を尽かしていたというのを読みましたが、そういうことも、軍人への支持に繋がったのでしょうか。



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PJさんへ (猫研究員。=高峰康修)
2006-09-07 06:24:34
>国民の代表たるべき政治家として、内では揉めても外に対しては一枚岩であって欲しいのに、中国や韓国と同じように外国へ行っては当てつけがましい言動を繰り返す人たちにうんざりしてます。



記憶が曖昧ですが、昔(70年代ごろだと思いますが)は、中国を訪問した野党の政治家にも「自分の前で日本国の総理大臣を批判するのは容認できない」と発言した人がいたそうです。「外交は超党派」は基本中の基本だというのに、現在の体たらくは嘆かわしい限りです。米国の民主党の政治家が日本に来て「ブッシュはけしからん」なんて間違っても言いませんよ。



戦前の国民が政治家に愛想をつかしたのは、理由のあることとはいえ、結果として惨劇に繋がってしまったわけで、「民主主義は最悪の制度である。ただし他のすべての制度を除いては」というチャーチルの名言をかみ締めつつ、民主主義をゆっくりとしかし着実に成長させていくしかないのでしょう。
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岡崎さんと言えば・・・・ (tsubamerailstar)
2006-09-08 23:57:21
何日か前の日経朝刊で見たのですが、岡崎、八木、中西氏は安倍官房長官のブレーンだったりするんですね。何か解る気もしますが。

岡崎氏を「アメリカの派遣社員」等と揶揄する人もいますが、中国との国交樹立で角栄を公然と批判したあたり硬骨漢だなと個人的には思います。

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tsubamerailstarさんへ (猫研究員。=高峰康修)
2006-09-09 02:09:53
安倍さんが打ち出している外交政策は、岡崎先生のビジョンほぼそのまんまだったりします。ブレーン中のブレーンでしょう。



>中国との国交樹立で角栄を公然と批判したあたり硬骨漢



なもんだから、役職的にはなぜかタイ大使どまりになっちゃいました。しかし、そのときに時流におもねることなく信念を貫き通した結果、日米同盟の大家として安倍政権の外交政策を事実上企画していく立場にまでなれたわけで、ぶれないことは実に重要だと改めて痛感させられます。「アメリカかぶれ」と思われがちですが、留学先は米国ではなくて英国だし、実は東洋の古典にも造詣が深いんですよ。
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