4月27日、東北新幹線で郡山まで行き、そこから盤城西線で会津若松へ。
3時間余りかかりました。
そこでは、短大時代に同級生だった友人とそれこそ卒業以来の何と46年ぶりの再会でした!!
彼女は南会津の方に住んでて、マイカーで迎えに来てくれました。
まずは、お昼を食べました。会津はラーメンが有名らしく朝からラーメンを食べる事も普通らしいです。
当時と変わらぬ愛想がよく明るく元気な彼女は、自分の知り合いのお店に連れて行ってくれ
店に入るなり元気な声で”「○○さーん、元気!!来たよー」と大将と話してました。
ほぼ半世紀ぶりでお互い色々あったね~と、彼女は私の事を
「う~ん、よく頑張ったね~偉かったね~」と。そんな風に言われた事が余りないので、、
でも彼女も孫の一人を事故で亡くしたらしく今も辛いと、、
それから私が、白虎隊の事や会津の歴史に興味があるからと言うと此処に案内してくれました。
私は”八重の桜”が好きで見ていたし、歴女なのでとても興味深くあれこれ見られました。
白虎隊の中の19名の木彫りの像が祀ってありました。
当時此処の洞窟を通り抜けて逃げた所だそうです、
当時の若者、今の私の孫世代の多くの若者が戦ったと思うと辛いですね~
そこにあった自販機にも白虎隊が描かれていましたよー
ドラマで有名になったこの言葉、彼女も小さい頃からいつも親たちに
”なぬことはならぬのです”と言われていたと言ってましたよ。
” 御薬園”です。会津松平家の2代藩主が領民を疫病から救う為に整備し、3代藩主は朝鮮人参も試植し
領民に広めたそうです。
そして、あの戊辰戦争時は此処が新政府軍の治療所となり、明治になると容保公一家が数年間住んだそうです
最後に若松城に。残念ながら今年はソメイヨシノの開花が早くて、八重桜しか咲いていませんでした。
でもどうにか桜が見られてほんとに美しかったです。
通りには、はなみずき?が咲き誇ってましたよー
やはり地元に住んでいる人に案内して貰うとひと味違う観光になり良かったです。
最後にこの友人にホテル迄送って貰い、私が「またいつか会えたら良いね」と言うと
「うん。まずはお互い生きていようね。生きてるんだよ」と、、
震災にも遭い、孫の死、ご主人様の病気と彼女も色々経験したから出た言葉だな~と。
観光も良かったですが、この友人との久し振りの再会も凄く意味深く良い旅でした。
弘前編に続く。
さすがに地元の方の案内、良かったね。
何よりも懐かしい友人に会って、また元気がもらえたこと
一番です。
このあと、りりーさんね。
楽しみにしてます。
人脈は宝ですね!
普通の観光ではなく
その土地に生きて
その土地を愛してきた人の
心遣いは
ありがたいですね
大人になって
歴史に興味が湧きました
彼らと同じ場所に立つ
それって、すごいことですね
いい旅ですね
みな人生いろんな事があり、泣いたり笑ったり
深い経験と悲しみも超えて、いい再会でしたね。
そうゆう再会してみたいなぁ、、、
まだわたしの同級生は子育てでいっぱいいっぱい
だけど、ゆっくりできる時間ができたらまた
会いたいものですね。
素敵な旅です。
46年ぶりの再会
凄いです
私にはそういうお友達
って…
居ないので~
羨ましいですね。
こうして~
再会出来るって
わんこさんのお人柄なのだな~と
想います
実際に会うのは卒業以来でした。
お互い昔の写真を見て、
私達可愛かったね~と。
あれから半世紀が経ったなんてね、、
会津も良い所でした。
幕末の不運な歴史を生き抜いた強さを
感じました。
生活してた同じ場を踏めることですよね~
特に思い入れのある歴史上の人物と同じ所に
行った時は感動しますね。
観光と共に、古い友人との再会も最高でした。
出来た旅でもありました。
半世紀も経つとそれぞれに色んな経験をして
お互いを思いやれる事に感謝です。
最後は旅も人との触れ合いが一番の思い出ですよね。
私は人に対して臆病にならずに
接する性格なんでしょうね。
だからどんどん触れ合うのが好きなんです。
一つにはボケ防止の為でもあるんですよ(笑)
私は東北へはまだ行ってないの
これからは東北を攻めていくわ
わんこさんの旅行記に刺激され
あちこちへ出かけているのよ
次回はお天気はどうでしょう!
時間は流れてしまったけど、
会えばまたあの頃に戻るのが友達ですよね。
会津から富山に嫁いだ友人がいるんですよ
帰省も大変でしょうがいい所だと聞いています。
地元の方と一緒だとツアーでは味わえない
奥深い旅行になりますよね。
朝からラーメン・・・北陸では考えられないけど美味しかったですか?
次のお話も楽しみにしています。