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遊一改め入船亭扇蔵、出演情報。 

2015年3月、扇蔵を襲名しました。タイトルは、今も仮です…。

無精、どこ?

2007年03月17日 | 日記
16日。 午前、落語協会HPのメルマガ編集作業。 3月下席号の編集人です、私。

午後、協会事務所で、噺の稽古。 以前からやりたかったネタ(内緒です)を教わる。 その後、踊りの稽古を1時間程。 初雪も降り、寒い一日でしたが、汗ダクに…。

帰宅して、押入れの整理。 無精者なので、着物でも洋服でも、目の前にあるもので済ませちゃう。 着物は、畳んで上に置いてあるものばっかり、風呂敷に包んじゃう。 洋服は、ハンガーに掛けてあるものばかり着てしまう。 タンスの中の服はしまいっ放し、全然着ない。

明日はパーティの手伝いだから、スーツを出す。 夜は“若手研精会”だから、元日以来、黒を出してみた。 袴はドコに入れたんだろう、全く着けないからなぁ…。

胴体もとくらし

2007年03月14日 | 日記
13日。 夕べは、ちょいと飲み過ぎた。 天気もイイので、掃除・洗濯をして汗を流す。 

ニュースは、高知空港の胴体着陸の実況中継。 ケガ人も無かったようで、一安心。 操縦士のテク、大したもんです。 コメントを求められた、元機長という人だけ、「まだまだ」って言ってました。 素人から見ると、スゲーと思いますけど。

一昨年、やはり伊丹から高知の便に乗ったことがあります。 その時は天候不良で出発が遅れた上に、上空でも揺れまくりました。 しかも、高知に着陸出来ない時は、伊丹に引き返すという。 高知上空で、天候が回復するまで旋回してました。

離陸当初から、気を紛らわすため、隣の後輩と談笑してました。 しかし、その後輩の顔色が、だんだん悪くなってくる。 ゴミ袋を開け始めながら、私に向かって一言、「兄さん、私これから愛想悪くなります。 すいません」。 愛想よりも、顔色が益々悪くなり、完全にダウン。 

公式見解では、聞きたくもない『砂の器』の話を無理に遊一が語りこみ、後輩の具合が悪くなった、そうなってます。 ちなみに、その時一緒だったお囃子の師匠は、離陸前に寝て、着陸後に起きました。 我々は、“あんなに揺れているのに、よく眠れるなぁ”と、思ってました。 お囃子さんは、“なんで具合が悪くなってるの?”と、不思議がってましたが…。 


午後は買物、ドライヤーを購入。 20年使っていた、資生堂の景品のドライヤーも古くなったので。 マイナスイオンのやつを選びましたが、何がイイのかはよくわからない。

所用のため、新宿の楽屋へ。 その後、明大前の焼鳥屋→下北沢のバー。 

いい感じで酔っ払い、終電に乗るべく駅のホーム。 と、「兄さ~ん」という声。 ふり返ると、やはり酔っ払った某二ツ目が。 今回は勘弁してもらい、清く別れました。 夜道は、気をつけましょう!

きっど 哀楽

2007年01月30日 | 日記
29日。 実家から届いた“餅”が、今朝のゴハン。 家では、緑茶か杜仲茶を飲んでます。 朝茶はその日の難を避ける、と言いますから。

『あるある…』で、「杜仲茶は痩せる」って言ってたけど…。 飲み始めて、2キロは増えましたね、確実に。

午後、『大江戸再発見』講座の下見に、門前仲町へ。 深川不動から富岡八幡宮、そして深川江戸資料館など。 この程度のウォーキングじゃあ、痩せる訳がない。

深川不動は、3年前の夏の寄り合い以来。 成田山の東京出張所って感じでしょうか。

富岡八幡宮の鳥居をくぐると、大きな伊能忠敬の像が! 測量に従事した私にとっては、神様みたいな人。

20年前、井上ひさしの『四千万歩の男』を読んで以来、尊敬する人物です。 江戸資料館でも再会しましたよ。 


「神の子」山本KID徳郁、残念な結果でした。 しかもケガまで。 彼のキャッチフレーズは、自分発信なのが珍しい。 大抵、プロモーターなんかが付けるもんですが。 でも、不思議と合ってますね。


※神様(カール・ゴッチ)の子は、KIDではなく木戸修です。


3軒 長ぇや

2007年01月19日 | 日記
18日。 久しぶりに、踊りの稽古へ。 今年の稽古初めは、「奴さん」から。 越年した「七福神」を、途中まで。 太股に乳酸が溜まるのが、よくわかる。

終了後、お馴染みの店、何軒かお邪魔する。

柔道八段の猛者から、やさしいダイエット法を学ぶ。 実は、それが処世に通じてるので、噛み締めざるを得ない。

ダイエットの話をしていたのに、会話の流れで、ついついピザをご馳走になる2軒目。 今度は教育者の方から、実のある話をうかがう。 そのお店で、極秘裏に納豆を入手。 朝・晩食べて痩せるのか、かえって太るのか…。

3軒目、白ワインのハーフボトル、日付を跨ぐ前にお開き。 楽しいお酒は、時間を忘れさせます。 久しぶり、渋谷から深夜バスで帰宅…。 


よろしく、メガマック

2007年01月17日 | 日記
16日。 前日の早起きの分、今日はゆっくりとした朝。 仕事が無いと体調を崩す、わかりやすい身体。

原稿作りをしたり、昼寝したり、洗濯したり、ウトウトしたり。 だらけた一日を過ごす。

おかげで、年末年始の疲れも取れた感じ。 たまには、こんな一日もイイけど、こんな日ばかりじゃあ、それも困る。

昨日、池袋の楽屋(正確にはロビー)で、“メガマック”が話題になっていた。 圓蔵一門のとある兄さんや、漫才のある兄さん。 確かに、マックの店員から「メガマック、いかがですかぁ」、そう勧められそうな体型。

腹だけ見たら、私も“メガマック”仕様だしなぁ。 気になるので、チャレンジしてみようかと。

※20年前、新宿南口店でバイトしてました。 ホットケーキ作りを褒められ、大会出場も要請されました。 今でも、大会はあるんでしょうか??

番組 大変

2007年01月05日 | 日記
4日。 今年の箱根駅伝、わが東洋大は健闘しました。 1区は2位、5区で大ブレーキがあったものの、総合5位。 8区は区間賞だし、シード権も取りました。 でも、朝刊を見たころで、全く記事は無い…。 いつものことです。


踊りの師匠宅へ新年のご挨拶、2日に行けなかったので。 今年は、「七福神」をあげなくちゃ。

浅草の楽屋、大師匠へご挨拶。 浅草の前座さんは大変そう。 時間も長いし、本数も多いし。 浅草の番組は、1時間に8組ですから、通常の倍です! とても、前座には戻れません、戻りたくありません。

扇里兄さんと共に、大師匠のお供で上野へ移動。 と、広小路の角でもって、私と兄さんが声をかけられる。 着物姿の大師匠が、目印だったんでしょうか。 「明日の研精会に行きます!」とのこと、ありがとうございますm(__)m 

上野の楽屋、前座さんにお年玉を渡そうとすると、「お年玉、ありがとうございました」って。 まだ、あげてないのに…。 こちらの楽屋も、大変そうですな。 

客席は、相変わらず立ち見の盛況で。 でも、前座・二つ目は初席の高座に上がれないんです。 5日の“研精会”が初高座、頑張ります(2週間ぶりだし)!



三日変化

2007年01月04日 | 日記
3日、昼。 師匠宅へ行ったり、寄席へ行ったり。 夜。 昨日は昼も夜も弁当だったので、久しぶりに自炊する。

頂いた干物を焼いて、もらった納豆をかき混ぜ、それに味噌汁。 2日連続で酒を飲んでない、珍しい正月。 でも、アジの開きには、おまんまでしょ。

フジのドラマ、唐沢寿明が明智光秀役を。 私は、信長や秀吉より光秀の方が好きなので、面白く観られました。 信長に諫言するシーンは、緊張感があって良かった。

その後のタモさんの番組では、聖徳太子は架空の人物だったとか、イイ歴史の話をやってました。 武田信玄など、戦国武将の男色にも言及してたし。

せっかくだから、明智光秀=天海僧正説を取り上げて欲しかったですね。 現状は、まだ異説ですけど…。


さぁ、現実へ戻って告知です。

5日(金)は“若手研精会・睦月公演”があります。 お江戸日本橋亭(三越前下車)にて、18:15開演です。 

出演は、三遊亭夢吉・柳家三之助・入船亭扇里・三遊亭遊馬・入船亭遊一・柳亭市朗。 遊一は2番手で登場、トリは夢吉さんが務めます。

前売・予約は1000円、当日は1500円です。 ご予約・お問合わせは、03―3999―3225まで。 よろしくお願いします!


※新年、もう三日ですが、初めてブログのデザインを変えてみました。


亥の一番

2007年01月01日 | 日記
新年、明けましておめでとうございます。 本年も、宜しくお願い申し上げますm(__)m


大晦日は、朝から師匠宅で大掃除でした。 夕方、いったん帰宅し、紅白が始まる頃に再び師匠宅へ。 

日本酒をやり過ぎて、入門以来初めて、師匠宅で越年です。

これから改めて、新年のご挨拶に伺います。

去年は、なんとかかんとか、やってきました。 年男の今年、自分の年にとは言いませんが、自分なりに良い年にしたいものです。 


墓参一門

2006年12月30日 | 日記
29日。 9時前にウチを出て、一門の兄弟子宅へ。 車を借りて、豊島園近くのお寺へ。

毎年29日は、扇橋一門で墓参りに行きます。 7年連続7回目の運転手。 これだけです、一門内で私が役に立ってるのは。

最初に、先代入船亭扇橋のお墓参りを。 谷中へ移動し、三代目桂三木助のお墓参り。 いつものように、犬に吠えられる。 扇好師匠が前座時分にも吠えてたそうで、随分元気な犬です。

品川へ行き、私の入門半年前に急逝した扇蔵師匠のお墓参り。 旧東海道沿いにある古刹、でもお線香を売ってない。 今年も危うく忘れるところを、扇辰兄さんがフォローしてくれました。

いつもはココでお昼になるのだが、良いペースで来たので、山手通りを世田谷方面へ。

豪徳寺近くの五代目柳家小さんが眠るお寺へ。 「是より“二つ目”柳家小さんの墓」の表示も、数年前、“二基目”に直された。 人間国宝が“二つ目”だなんて、シャレが効いてて面白かったんですが。

ここで、大師匠にお昼をご馳走になる。 無事に全行程を終え、大師匠をお送りして、新宿へ急ぐ。

末広亭昼席は、今年で5回目になる、“扇遊・正朝二人会”。 トリの師匠が上がる前に到着。 毎年、イッパイのお客様です。

師匠のカバンを持ち帰り、すぐに一門の忘年会へ向かう。 

一門のおかみさんやお子さんも来て、賑やかで楽しい忘年会。 二次会のカラオケ、その後移動を繰り返し、師匠宅へ。 トータル10時間の長丁場、みんな酔っ払いました(当たり前)。 ブログの更新などできるハズもなく…。


そんなこんなで、今日は飲めないし飲まないと、友人の誘いを断り大人しくしてました。 が、近くで飲んでる先輩から召集がかかり…。 


くれぐれも飲み過ぎには気をつけたい、歳の暮れです。

試写 途中

2006年12月26日 | 日記
25日。 お歳暮まわり、2日目。 なんとか年内に終わりました、って当たり前。

ここ何日か、いろんな駅で乗り降りしました。 “~大学”とか“~学園”とか“~大前”など、学校名を冠した駅って結構多いですね。 どこも、駅周辺は人通りも多く、賑やかでした。 ウチの最寄り駅も学校名なんですが、いつも閑散としてます。

なにしろ、お店の数が少ない、少な過ぎる。 前座の時は感じませんでした(さして必要もなかった)が、スーパーが無い。 もちろん、ドラッグストアも無ければ、ファミレスも無い。 ファーストフードは、ハンバーガー屋が一軒。 ラーメン屋も立ち喰いそばも潰れました。 本屋も無けりゃ、喫茶店も無い。 居酒屋も、また一軒店を閉じたし。 でも、師匠宅へは徒歩3分だからなぁ…。


夕方、踊りの稽古へ。 結局、「七福神」は終わらず途中まで。 中途半端なまま、年越しです。 


その後、五反田のイマジカへ行く。 国分太一さん主演映画「しゃべれども しゃべれども」、関係者の試写会でした。 一応、関係してますから、私。

第1試写室というトコでやりましたが、ちょっとした映画館という感じで。 ゆっくり観ることが出来ました。

タイトルが出る前、一番太鼓を叩いてるトコ。 末広亭の楽屋で、着物をたたんだり、太鼓を叩いたりしてるトコ。 見出し(メクリ)もかえてました。 深川江戸資料館の一門会のシーン、出囃子の太鼓を叩いるトコ。 みなカットはされておらず、ちゃんと映画に関わってました、私。

1時間49分の映画、楽しかったですよ。 来年の初夏に公開だそうです。 また告知しますので、是非ご覧になって下さい!


せいぼ マワリ

2006年12月25日 | 日記
24日。 昨日が、年内最後の高座でした。 今日は、お世話になっている師匠方へ、お歳暮を届けました。 4軒のお宅をまわりました。

とある師匠のお宅、伺ったのが15:20頃。 「今、出走だから、ちょっと上がって!」、「お忙しいところ(?)スイマセン、失礼します」。 

“有馬記念”です。 ディープ・インパクトが、圧巻の勝利。 “4―1”という結果に、師匠はかなりのご満悦。

「よんいち、よーいち、ゆーいち、遊一…、ありがとう!」、感謝されちゃいました。

日没で帰宅、晩は下北沢のバーへ。 満席の盛況、常連さんのギターで、みんなが唄う。 途中、シャンソンの歌い手さんも来て、さらに盛り上がる。

でも、ちゃんと電車で帰りました。 


泣かぬ カンニング  するが 堪忍

2006年12月22日 | 日記
21日。 今朝は師匠宅の掃除、その後は運転手。 師匠を送ってから、呉服屋へ着物を届ける。

道中、TV音声を聴いていると、カンニング・竹山さんの記者会見をやっている。 運転中にも関わらず、不覚にも涙してしまった。

亡くなった相方の中島さん、同い歳ですよ。 芸歴も下積みも、私よりは遥かに上だけど…。 死んだら、何にもなりゃしない。 無念だったと思う。


アンディ・フグも、35歳で白血病だったし。 健康でいられることの有難さを、改めて思いました。



レディ 忘年

2006年12月09日 | 日記
8日。 今朝も新宿、と言っても伊勢丹に集合。 品物を買い、某師匠宅へ暮れのご挨拶。

いつも、おかみさんとワンちゃん達がお出迎えしてくれる。 今日は、お孫さんまで。 5人で伺いましたが、全然人見知りしないんですね、お孫さんもワンちゃんも。 私は、いつになっても、犬に慣れませんが。

その後一行は、コーヒーを飲みつつ、忘年会の話などを。 扇橋一門の忘年会は、“句会”なんです。 苦界じゃありませんよ。

前日か当日の朝、大師匠から季題が2つ出されます。 毎年、12月29日だけは、脳内が“五・七・五”になる。 忘年会、乾杯しても酔う訳にはいきません。 

忘年会の始まりは、鎌倉時代だそうですね。 当時は酒も飲まず、和歌を詠んだりしたらしい。 我々は、正しい忘年会をしております。

現在のような、ドンチャン騒ぎの忘年会は、明治以降だそうで。 伊藤博文が、政府高官を招いての酒宴が始まりだとか。 

わが落語協会の忘年会“納めの寄り合い”は、26日に都内某所で行われます。 昼間っから飲みます。

その前に、やることが山積み。 早く片付けて、新年の準備もしなくちゃいけません。


※単語としての“忘年会”は、漱石の『猫』が初出とのこと。





出雲ここから

2006年11月26日 | 日記
25日。 松江から岡山まで、特急“やくも”(振り子型)で。

指定席に座ろうとすると、すでに先客がいる。 再度確認の後、その先客に尋ねると、同じ「やくも12号 1号車 6番A席」の券を持っている。 よ~く見ると、その人のチケットは「11月26日」。 諦めて移動してくれたが、納得がいかないご様子。 私は悪くないのに、なんだか後味は良くない。 

岡山から、“ひかり”と“こだま”を乗り継いで新岩国へ。 共に2列+2列のシートなので、ゆったりしている。 急ぐ旅でなければ、こっちの方がイイですね。

新岩国駅から送迎バスに乗り、大島大橋を渡り、周防大島へ。 瀬戸内海に面したリゾートホテルで、友人の結婚披露宴です。

同級生の結婚式は、何度目だろうか。 お色直しで、ビールサーバーを背負った新郎が出て来たのは初めて! 新郎に生ビールを頂戴した後に、軽く余興を。 締めは新郎新婦スイッチオンで、瀬戸内の星空へ、いくつもの花火が打ち上げられました。 都内では有り得ない演出、みんな感動しました。

ホテル内の片添ヶ浜温泉で汗を流し、2次会、3次会…。 新郎新婦のベッドルームへ宴の場が移動したところで、私は撤収。 

遠方から集まった友人達を、夫婦二人で精一杯もてなしてくれました。 ホント、素晴らしい結婚式でした。 こういうのを目の当たりにすると、「結婚っていいなぁ」って思ってしまう、単純な私です。


 ※今月30日は、旧暦の10月11日で、全国の神々が出雲に集結。 出雲だけは神在月、またいくつもの縁が結ばれることでしょう。

下界の車窓から

2006年11月25日 | 日記
24日。 6時半頃、岡山で“サンライズ瀬戸”との切り離しがあり、それで目が覚める。 10時、出雲市駅着。 出雲電鉄で、出雲大社へ向かう。

大社前駅から参道を歩き、竹内まりやの実家前を通り、木製の鳥居をくぐる。

場の力というか、神々に囲まれてというか、やはり厳粛な気持ちになる。 他の神様と違い、二礼・四拍手・一礼というルール。

お参りを済ませ、出雲そばを食す。 “割子”という小さな椀に入っていて、一人前は3枚。 朝昼兼用なので、5枚いただきました。 

日御碕(ひのみさき)へまわり、東洋一の高さを誇る灯台、そして日御碕神社へ。

出雲市駅へ戻り、山陰線で宍道駅。 そこから、1日10本しか出ていない木次線に乗る。 目指すは、“亀嵩”(BGMは『宿命』希望)!!

ワンマンカーの1両編成、トイレ無し。 「トイレの時は、運転士に言って」というアナウンス。 ホームや駅にも、「乗車前にトイレへ」の表示が。 のどかです。

『砂の器』で、子供が親(加藤嘉)に会うために、線路を走ってくるシーンがありました。 亀嵩の2つ手前の“出雲八代”です。 感動のシーンが甦る。

映画で駅舎として用いられた“八川”は、亀嵩の先。 帰りを考えて、亀嵩で下車。

「亀嵩驛」という看板だけで満足。 駅舎が、“扇屋”というお蕎麦屋さん。 駅長さんが打ったそばが、今日の2食目。

山月そば(月見とろろそばですね)という、虎になりそうな蕎麦。 釜あげそばと言うんでしょうか、つゆが無く、自分でたれをかけて食べる。 この蕎麦が、またウマいこと!

もう一杯といきたいが、帰りの列車があるのでお勘定。 切符もお店で購入。

後で知りましたが、列車内へ出前をしてくれるとのこと。 次回、割子そばでチャレンジしようと心に誓う。

帰りの車窓、紅葉が始まった山に夕日が当たる。 あんまり綺麗なので、“日登”駅で停車した時、運転士さんが写真タイムを下さる。 “日登”で夕日の写真なんて、乙なもんです。


松江に宿をとり、さっきまで“李白”でチビチビ。 確か、竹下元首相んちの酒でしたよね。 10年ほど前、松江出身の方に頂いて、おいしかったので。

松江、出雲、そして奥出雲、今度は車で巡りたいですね。


※地元の方々の会話を盗み聞き、でも、ズーズー弁は聞けず終い。