烏有亭日乗

烏の塒に帰るを眺めつつ気ままに綴る読書日記

法思想史講義<上>

2007-11-17 23:44:19 | 本:哲学
 『法思想史講義<上>』(笹倉秀夫著、東京大学出版会刊)を読む。
 これはただの法思想史の講義ではない。面白い講義だ。講義というのはだいたい面白くないというのが相場だがこれはいわゆる教科書にない面白さをもっている稀有な書物である。よくあるように著明な思想家の考えを時代別に列挙するような著述ではなく、著者がいうように思想を一つの流れとして扱っている。しかも読者は著者と同じ船に乗ってその川を下るような醍醐味を味わえる。「法思想」となづけてあるが、話題は時代ごとの文化史や芸術、宗教、軍事、政治など多岐に及んでおり、西洋の思想史ながら日本の思想史とも適宜比較しながら筆を進めているので、総合的な思想史の観を呈している。頁ごとにある脚注も読み応えがある(申し訳のようについている注とは全く違う)。
 上巻では古代ギリシアから説き起こされ、古代ローマ、原始キリスト教へと進む。それに続く中世の部分ではキリスト教の歴史と思想が法思想とどう関係しているかが述べられている。興味深く読んだのは、マキアヴェリ、宗教改革、魔女狩りの各章である。
 マキアヴェリの思想の解説のところは、政治と道徳の分離というところで徂徠と比較してあったり、軍事学のところでは補論として孫子が出てきたりと実に面白い。
 宗教改革や魔女裁判のところでは、単に歴史的な事実の紹介ではなくルターやカルヴァンのもつ改革思想の特性がその時代と密着して論じてあり厚みがぐっと感じられる。また親鸞の思想とも対比してあり、西洋と日本の思想的基盤の異同を考える上でも参考になる。
 これだけ広い守備範囲を一人で著述するといのは驚くべき力業である。下巻は注文済みなのだが早く読んでみたい。