烏有亭日乗

烏の塒に帰るを眺めつつ気ままに綴る読書日記

最後の注文

2005-12-30 18:21:28 | 本:文学

 『最後の注文』(グレアム・スウィフト著、真野泰訳、新潮社刊)を読む。 自分が死んだら遺灰をマーゲイトの海に撒いてくれという遺言、すなわち最後の注文を残して死んだ肉屋のジャックをめぐるさまざまな出来事が甦る。出発点はロンドン、終着点は約百キロ離れたマーゲイト。レコードの針を静かに盤に置くと追憶の音楽が終わりに向かって奏でられるように、物語は進んでいく。ジャックの骨壷をそこまで持っていくのは、男たち四人-八百屋のレニー、元保険会社社員のレイ、葬儀屋のヴィック、ジャックの義理の息子で中古車ディーラーのヴィンス。四人四様の人生模様が彼らの悔恨を含んだ語りとともに浮かび上がる。  過去の存在となった男をめぐる四人の男の言説というと、新約聖書の四福音書(マタイ、マルコ、ルカ、ヨハネ)が連想される。しかしこの小説の主題となる男はイエスのよう救世主ではなく平凡な男性である。ここに展開される物語は、四人の男たちがそれぞれの過去を昇華させるための巡礼の旅といえるだろう。 最後の灰を撒く描写は、死というものを取り扱いながらも即物的なところがいい。



わたしはキャップをはずしてポケットのなかにつっ込み、風に背中を向けてつぼを差し出す。そして言う。「じゃ、はじめよう」まるでキャンデーの缶を差し出しているみたいな、配給の品を分けているみたいな感じだ。


きっと最後には、つぼを持ち上げて、ぼんぼんたたかなくちゃならなくなる。コーンフレークスが箱の底に残っているだけだになったとき、やるみたいに。


読了後にもう一度扉の言葉に戻る。



しかし人間は高貴な動物である。灰となって堂々、墓に入って尊大である。   サー・トーマス・ブラウン『壷葬論』(一六五八)


人生の哀しみとほろ苦さと軽さがビールを飲んだ後のように残る。