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2010年5月27日付 英フィナンシャル・タイムズ紙)
中国の温家宝首相はタイミングの悪さを呪っているに違いない。物腰の柔らかいことで知られる温首相は28日、日中韓首脳会談のためにソウルに飛ぶ。恐らくサミットでは、貿易関係の急発展について話し合いたいと思っていたのだろうが、実際には北朝鮮問題で困った立場に立たされることになる。
■時間稼ぎに徹する中国政府
韓国政府が先週、哨戒艦「天安(チョンアン)」の沈没は北朝鮮の魚雷によるものだったとする調査結果を公表して以来、中国はずっと時間稼ぎに徹している。
中国では今週、ヒラリー・クリントン米国務長官を迎えて2日間の日程で米中対話が行われた。
北朝鮮問題が最重要議題だったが、中国外務官僚のトップである戴秉国国務委員は対話を終えた後、「関係各国が冷静かつ適切に問題に対処し、緊張が高まるのを避けるべきである」としか語ろうとしなかった。
中国政府の高官たちも、時計に目をやりながら、沈没事件の調査についてはもっと情報が必要だと言うばかりだ。
中国政府は、何をするか分からない同盟国の気分を害しないよう努めるという使い古された台本に従っている。中国と北朝鮮の関係は深い。ある推計によれば、朝鮮戦争では40万人を超える中国軍兵士が命を落としたという。これを機にできた両国の絆を、中国政府はかつて「唇と歯と同じぐらい近い」と表現していた。
■中国が今も北朝鮮を支持する理由
ただ最近は、北朝鮮の現体制の衰退がいよいよ明白になってきたことを背景に、2つの戦略的理由を頼りに同国を支持し続けている。
1つは、現在も米軍の兵士が2万8500人駐留する韓国と中国国境との間に緩衝地帯を置きたいというもの。もう1つは、北朝鮮の体制崩壊による混乱を回避したいというものだ。崩壊すれば、おびただしい数の難民が中国に押し寄せる懸念があるためだ。
中国としては、北朝鮮の体制が崩壊し、大勢の難民が押し寄せる事態を避けたい
核武装した北朝鮮についてどんな懸念を抱いていようと、中国政府はそれ以上に、朝鮮半島の不安定化を恐れている。哨戒艦沈没事件への対応を決める最大のポイントは、恐らく今でもこの点にあるのだろう。
しかし、中国と北朝鮮の関係について最近特に際立つのは、両国関係のあり方が、中国の社会と経済の急速な近代化と相容れない場面が増えていることだ。
北朝鮮経済が低迷する一方で、中国と韓国の貿易は急拡大を遂げてきた。韓国企業は今や、中国の強大な製造業を支えるサプライチェーンになくてはならない存在だ。サムスンは中国国内に16もの工場を構えており、現代自動車は、北京市傘下の自動車メーカーとの合弁による中国市場向け自動車生産で好業績を上げている。
また20年前には、中国と韓国の間には直行便が週に1度飛ぶだけだったが、今では642便が飛んでいる。哨戒艦沈没事件を中国政府が静観していることへの韓国側の怒りが日増しに強まっていることは、温首相も承知している。
■中国の世論に反北朝鮮の流れも
中国の世論も決して好意的ではない。米国政府が中国政府に何らかの働きかけを行えば、それが人民元問題だろうとイラン問題だろうと、米国は中国の利益を損ねようとしているとの見方が広まるのが普通だ。
ところが、北朝鮮問題だけは様子が違う。
特に若い世代には、あのように不愉快な体制を中国が生かしていることを恥ずかしいと考える人が多い。また一部の政府高官にとって北朝鮮は、文化大革命という暗黒時代の中国を思い出させる不快な存在でもある。
■北朝鮮の近代史が白日の下にさらされたら・・・
いつの日か北朝鮮が開放に踏み切り、ぞっとするような近代史の詳細が白日の下にさらされれば、中国の評判に悪い影響が及ぶことを高官たちは認識しているのだ。
昨年夏に北朝鮮が2度にわたって核実験を行った時には、こうした不満が一気に表面化した。ある学者は北朝鮮のふざけた態度を「核の恐喝」と呼び、中国政府は国連による新たな制裁措置を支持した。政策の変更はあり得るかに見えた。
ところがそれ以来、中国政府は北朝鮮との関係を取り繕った。温首相は昨年10月に平壌(ピョンヤン)を訪問、今月は北朝鮮の金正日(キム・ジョンイル)総書記が訪中した。
一説によると、中国は金氏の病状に不安を抱き、円滑な権力継承を手助けしようとしているのだという。実際、韓国の一部報道は、後継者に内定された息子の金ジョンウン氏が先の訪中に同行したと伝えている。
情勢がこれほど不確実な中で、中国は現状維持を図る方針に戻ったように見える。また、中国政府内では、過去に何度も失望させられたにもかかわらず、北朝鮮が中国流の経済改革を受け入れるとの見方も再浮上している。
中国は、北朝鮮政府に対して内々に冷静になるよう圧力をかけつつ、韓国政府の怒りを和らげるような言葉を探して、今回の危機を切り抜ける方法を見つけようとしている。しかし、こうした微妙な綱渡りは難しくなる一方だ。哨戒艦沈没事件は、中国政府内で北朝鮮との関係から逃れたいと考える向きを勢いづけるだろう。
By Geoff Dyer in Beijing
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