京都北山細野の神主

日々感じる事を想いのままに書き綴っています。神主として品位に欠ける表現が有るのはボケが始まったとお許しください

なぜ?分かり切っている単純なことが進まないのでしょうか?地震・津波(一)

2024年02月01日 | 不合理なもの

長年人間(85年)をやって来て不思議に思うことが沢山あります。

世間では(外国の事は少し置いておいて)素人が考えることなど無視されますが。誰が考えても不合理なものが多すぎませんか?

その1番は自然災害に対する対策です。地震、津波、噴火、台風、洪水、積雪、大火災などまさに日本は自然災害のデパートです。

昔から治山治水は為政者の第一の仕事だったはずです。大名領主は領地の安全のためにどれだけ努力してきたか?

今も政府、地方行政を問わず自然災害から国民、住民の安全を守ることは第一の仕事には違いありません。

だのに被害は少なくなりません。被害者(犠牲者)の数も増える一方、災害発生後の救助活動なども整って来ましたが被害者を少なくする対策も金を掛けたほどには少なくなってはいません。

大災害になる地震、津波の予知も莫大な金額を浪費してきましたが今のところ大震災の予知は出来ずに終わっています。(以前から関東直下型地震、南海トラフ、富士山噴火などは何十年も言われ続けていますが?)

まず、最大の被害を出す地震とそれによる津波被害地は昔から決まっていました。

だから昔から津波の押し寄せる海岸線には人は密集した住居は作らなかったのです。

太田道灌が今の皇居周辺に城を築いた頃は「我が庵は 松原つづき 磯つづき 富士の高嶺を 軒ばにぞ見る」と歌われているように海岸線だったのです。

それから江戸時代以後どれだけ海を埋め立て海抜ゼロメートル地点に住まいを広げて来たか?

名古屋、大阪を始め全国の海岸線に沿って広がって来た町々は一たび近海で地震が起これば壊滅する恐れが永遠にあるのです。

災害復興は儲かるが、災害予防には旨い汁が吸えないと思っている為政者(政府、行政)と利権業者の思惑と思うのは私ぐらいなのだろうか?

このように素人でも分かる不合理が堂々と行われている例は無数にあります。

政治家は昔から「国家百年の計」と言う言葉を使うのが得意でした。

今こそ日本国民は「国家百年の計」を政治に求めなければなりません。

目先の利権に右往左往する政治家をふるいにかけるチャンスだと思います。

カテゴリー「不合理なもの」で私が可笑しいと思う事を書いてゆきます。

あくまでも私の独断と偏見ですがご意見を書き込んでもらいたいと思っています。

 

 


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