河童アオミドロの断捨離世界図鑑

河童アオミドロの格安貧困魂救済ブログ。

貨幣価値とは

2009年06月18日 | 静かな日常編
貨幣価値とは

1円玉を直径5センチ位の純金で作って、500円玉をアルミで作ると

1円の商品がものすごく流通したり

お釣りを1円玉でくれという客が増加

というか今は貨幣は数値データになってるので関係ないか


臓器も正式に貨幣代わりに使えるようにしてもらうと

貧乏人は助かる

目玉(老眼)980円、腎臓198000円、肝臓100グラム5000円

「本日の目玉商品、目玉2個で1500円」

自分の臓器を換金するとそのお金で一生楽に暮らせるかも

でも、その時は脳まで売ってしまってるから

本人は誰の人生かわからなくなっている



脳死は人の死か

2009年06月18日 | 静かな日常編
脳死は人の死か

このブログにはめずらしく社会派記事

脳死は人の死だとすると脳が半分弱っている中高年は半分死んでるのか
死にかけの人間はそのまま生き続ける価値が無いのか
死んでしまうと部品として使われてもOKなのか
そもそも生きているとはどういう事なのか
植物は生きているのか
ウィルスは生命なのか
ロボットや人形は生きていないのか
新品のビデオテープと思い出が録画されたビデオは同じ物質か
すべてのものは自分の意思で生きているのではないのではないか

「どんなものにも命が有る」

と考えるほうが生きやすい世界かもしれない

今の世界は全部コストや金銭的価値の視点からだけ見すぎてるような気がする


脳だけの価値が重要ならば

「脳がキムタクで顔が蛭子能収」と「脳が蛭子能収で顔がキムタク」

とどっちをとる?

これは

「ウンコ味のカレー」と「カレー味のウンコ」の問題と同じか

翌日のサナギ男

2009年06月18日 | 静かな日常編
翌朝、シャンプーをしていると

自分の指が7本有ることに気が付いた

今まで指の数など気にした事もなかったので

この事はサナギ男にとって人生を揺るがす大きな驚きであった

「そうか、今までお釣りの計算ができなかったのはこのせいだったのか」

いつものようにサナギ男は武蔵小杉の駅へと向かった

自分自身の謎がひとつ解けたので少し幸福な気がした