妙見島は工場や産廃の廃棄場がほとんどを占めていて会社の寮を除くと住宅はない。200mほど歩くと先に江戸川マリーナが現れて左に曲がるしかなくなる。マリーナの前を通り、右に曲がると小さな神社があるが、これが妙見神社。社殿は祠程度のものがある。
さらに突き当たりは月島食品工業の工場となっていて主にマーガリンを製造している。以前、タモリ倶楽部でこの島を取り上げた際に業務用マーガリンのシェア10パーセントをもっているると紹介されていた。ただ、島と言ってもこのくらいしか見るものはない。
妙見島の行政区分は今でこそ東京都江戸川区東葛西だが、江戸時代は下総国欠真間村(現在の市川市)の飛び地であり、1895年に千葉県から東京に編入、その後は工業地帯として栄えた。江戸川マリーナも戦前はドックがあり、戦時中には海軍の輸送船が作られていたのである。
この島には外周道路はないのでこれ以上先には進めず、元来た道を戻る。中を通行する車は産業廃棄物の中間処理施設に行くダンプカーと江戸川区の清掃車ばかり、これほど殺風景な島も珍しい。
浦安橋の階段を登り、橋の上に出る。旧江戸川には沢山の屋形船が係留され、陸には船宿が残っていて、山本周五郎の青べか物語はこの辺りが舞台。千葉県側に歩いて行くと『ようこそ千葉へ、welcome to Chiba』と看板が出ている。
この周辺の地名は浦安市当代島、地名の由来は開墾された鎌倉時代に『当代(我々の世代の時)の時代にできた島』から来たのではないかと言われている。もう目の前には東西線の高架が見え、5分程度で東京メトロ東西線の浦安駅に到着した。