外部から批判するのは、たいていの場合、かんたんなことだ。
国語学の そとから、国語学の わくぐみを批判する。かんたんですよ。単一言語主義による「体制の言語」(その社会における支配言語、権威化された言語のこと)をもって国語とよびならわし、それを研究する。その研究は、だれのための、だれによる研究なのか。それは、「国語」から かけはなれた言語を第一言語とするひとのための研究などではない。いかに、現体制における国語のありかたが すばらしいか、あるいは、現体制以前、つまりは歴史的なありかたが すばらしかったかという視点にたち、自分にとっては価値があると おもわれる国語をよりいっそう権威化するための研究。だから だめだと。そういう批判ができる。
国語学を外部から批判する。外部からみていると その保守的性格や排他性が よくみえる。なるほど、そうだろう。
日本の文脈で「国語」というものは、ひとつの規範化された言語によって、ひとつの国家をおおいつくそうとする。言語的多様性は無視されるか、おとしめられる。そして国語へと のりかえることが強要されるのだ。言語帝国主義のひとつのかたちである。言語帝国主義について、安田敏朗(やすだ・としあき)は、つぎのように解説している。
言語帝国主義ということばは、植民地における言語支配を批判する際に使用されているが、近代帝国崩壊以降も、政治的植民地支配を前提とせずに、有力言語の「ひとりがち」の状況下、他言語話者が「あこがれ」すらもちつつそれに追従していく状況をさしても使用されている。安田敏朗(やすだ・としあき)『統合原理としての国語』三元社、47ページ
これまでの「言語帝国主義」批判は、言語が だいすきでたまらない ひとたちによる、帝国の言語の批判であった(論文集の『言語帝国主義とは何か』藤原書店をみよ)。「言語という体制」「言語という制度」をといなおすことはせず、 「言語の ぬるま湯」に つかって、権力を批判する。
言語権という議論も、人間にとって言語は普遍的なものだという、おろかで、ふざけた発想にたって、人権という、うつくしい議論をならべる。手話が言語形態のひとつであること、日本手話がフランス語や日本語のように、言語であることが きちんと認識されていない現状では、言語権という議論は、たしかに効力をもつ。
けれども、かんがえてみてほしい。
言語障害は ありえても、
コミュニケーションに障害はありえない。
なぜなら、言語とは、多数派の おもちゃであるからだ。ある少数派にとっては、言語など、なんの意味をも もちはしない。認識さえされない。どうでも いいからだ。
いつか、100万円の現金を手にする機会があれば、イヌに100万円をみせびらかしてみてほしい。どうだ、うらやましいだろう?と。
100万円の札束など、紙きれにすぎない。けれども、経済という体制のなかでは たしかに機能し、わたしや あなたの「必要」を満足させる。けれども、イヌに みせびらかしても、おたがいにとって、なんの意味もないことくらいは、わかっているはずだ。
人間の多数派は言語に あまりにも価値づけし、あたりまえだと おもい、それをたのしんでいる。言語など、オトだのウゴキだのカタチだのでしかない、つまり、その価値を共有しないものにとっては なんの意味もない。けれども、人間の多数派は、それが わからない。気づくことが できない。わたしはそれを、言語フェチシズムと よぼう。言語は おもちゃなのだ。多数派の おもちゃなのだ。
言語という制度の そとでは、言語など、なんの役にも たたない。なんの意味もない。なんの価値もない。なんでもない。
けれども、人間の多数派は、人間はすべて、なんらかの「言語」という制度のなかで いきていると、信じて うたがわない。信じて恥じない。
これが言語帝国主義でなくて、なにが言語帝国主義であるのか。
たとえば、このような議論を社会言語学の研究者が よんでも、こたえは たったひとつ。ことばの はなせないひと(たとえば知的障害者)など、例外中の例外だと。少数言語を例外とは みなさいひとが、知的障害者は例外あつかいをする。すばらしい「少数」認識である。
ここで、かしこい ひとは気づくであろう。
言語が知的障害をつくるのである。
日本の社会言語学で古典的名作とされる本は、田中克彦(たなか・かつひこ)の『ことばと国家』岩波新書、1981年だ。この本を最初から よみなおしてみなさい。
「人間はふつう、だれでもことばを話している。それは、人間と他の動物とを分ける基本的なめじるしの一つと考えられている」(2ページ)。
田中克彦は、いまになっても手話をとりあげない(『ことばとは何か』ちくま新書、2004年をみよ)。おそらく手話を言語として あつかってはいないからだ。
「ふつう、だれでも」から こぼれおちたのは、だれだったのか。ふりおとされたのは、どのようなひとたちだったのか。
「国語」というものは、けっして均質で同一でない言語社会を、ひとつの規範的言語によって、ひとつの国家をおおいつくそうとする。国語を設定した時点で、国語の外部が設定される。そして、言語政策によって、その外部をなくそうと めざされる。
うえに引用した一文によって、田中は二種類の人間を設定した。ふつうの人間と、ふつうでない人間のふたつをである。そして、ふつうでない人間にまったく言及しないことによって、その「ふつう」の外部は、ないことにされてしまったのだ。
国語学と田中の言語学と、なにが ちがうのか。国語学と社会言語学と、なにが ちがうのか。
言語帝国主義を批判するものたちが、「言語」帝国主義に どっぷり つかっているという皮肉…。ことばをうしなう。
知的障害者施設で ながいこと勤務してきたひとから きいたはなしを紹介しよう。そのひとは新人のころ、「利用者(知的障害者で施設を利用しているひと)はスリッパで たたけ」と先輩に おしえられたそうだ。そして、ちがうひとには、「もので たたいては だめだ。素手で たたかないといけない。素手で たたけば、相手も いたいが、自分も いたい。だから、素手で たたきなさい」と、そのように おしえられたそうだ。
そのひとは、もちろん、どちらも おなじく暴力であり、暴力は してはいけないと自分で自分を教育したそうだ。
「人間はふつう、だれでもことばを話している。」と いえてしまうのは、スリッパか素手か。
どちらでもないと おもう。もっと わるいと、わたしは おもう。なにも自覚していないからだ。これほどの暴言をはきながら、なにか人間の本質をかたるように、あたまから宣言しているのだ。
「人間はふつう、だれでもことばを話している」と いってしまえる問題。この問題は、言語をはなす すべてのひとが共有すべき問題である。言語帝国主義という問題である。
ここまでの議論をよんでも、社会言語学の研究者は、なにをも感じとらないだろう。ただ、よまなかったことにするだろう。一瞬のうちに、わすれてしまうだろう。
なぜなら、ひとは保守的であるからだ。そして同時に、他人の保守性を批判するのだけは得意だからだ。
自分の問題として かんがえる。うそだ。
だれひとりとして、そんなことは しない。
よっぱらえないかぎりは、そんなことはしない。気もちが よくなければ、自分の問題として かんがえることなど、だれも しない。
そんなことは ないのなら。そんなことは ないというのなら、どうするのか。
かめい・たかしは、「日本言語学のために」という文章で、「国語学よ、死して生まれよ」と のべた(1938年)。この文章をおさめた『日本語学のために』を手もとにおいて、わたしは この一文をかいた。わたしは知的障害者の施設で仕事をしているが、きょうは当直あけなのだ。文体が はげしいのは、当直あけのテンションによるものだ。
言語権も、社会言語学も、言語と名のつくものは、体制のための学問である。言語という制度のための学問である。社会言語学は「コミュニケーション研究」にならなければならない。そのためには、ハイムズの社会言語学、つまりはコミュニケーションの民族誌研究たる『ことばの民族誌-社会言語学の基礎』が再評価される必要がある。
ちなみに言語至上主義という意味での「言語帝国主義」という用語の使用は、菊池久一(きくち・きゅういち)『憎悪表現とは何か-〈差別表現〉の根本問題を考える』勁草書房、2001年が初出ではないかと おもう(29ページ)。
新井孝昭(あらい・たかあき)「「言語学エリート主義」を問う」現代思想編集部 編『ろう文化』や、菊池の訳したスタッキー『読み書き能力のイデオロギーをあばく』の137ページ以降の議論も参照のこと。
必読は、つぎのふたつ。
かどや・ひでのり 2006「言語権からコミュニケーション権へ」『人権21・調査と研究』183号、78-83、岡山人権問題研究所
古賀文子(こが・あやこ)2006「「ことばのユニバーサルデザイン」序説-知的障害児・者をとりまく言語的諸問題の様相から」『社会言語学』6号、1-17、「社会言語学」刊行会