
一年前の今日、 平成22年 8月1 日和歌山市議会議員補欠選挙の投開票日でした。
投票日は朝早くから家族で近所の小学校に投票に向かいました。 今思い返すと、 頭の中が真っ白で、当日の記憶はほとんどないが、自宅から投票所までの約200メートル、いろんな人に声をかけられた。 暑い中よぅ頑張った、絶対大丈夫やよ。まぁそんな感じで。
補欠選挙なので、 おそらく数万票の争いになるだろうから、まさに自分は、まな板の鯉状態。 今 さらどうしようもないと思い、自分から誰にも電話をかけなかったように記憶している。 やるだけのことはやった、見てみぃ、シャネルズみたいに真っ黒やないか (30代後半以降のおじ様、おば様にはうけるはず。) えーい落とすなら落とせ、そんな気持ち。
もちろんかかってきた電話はとる。 選挙を一緒に戦ってくれた仲間から電話が入る。 こんな内容… 今から投票いくけど、今まで投票ら行ったことないさけよぅ、わからんわ、認めの印鑑と免許証いるのか ? 的な電話が数本入る。いらない、いらない (笑)
その前に、 去年の夏の総選挙、あれだけお願いしたから行ってくれたんでしょ ?一年で忘れるの?… うーん、そこは突っ込まない…
投票時間も締め切られ、あとは開票を待つのみ。 開票所はビックホエール。
選挙事務所を持たない私と応援団の皆は、自然とビックホエールに集まってくる。 私も自分の開票を自分の目で見ることにしました。 まずは市長選挙の開票。
次に運命の瞬間、市議補選の開票です。やっぱり市長選挙のおまけ的な選挙なのか、テレビ中継は市長選挙の結果がでて終了。 ひっそりと開票が始まる。 投票率が市長選挙と同じく約36% だったので、候補者も4人と少なく、次々と開票が進んでいく。
私の後援会から開票立会人を出していたので、只今3000 票、6000票、一万票と教えてくれる。 教えてくれなくても私のすぐ目の前で積み上げているのだが … 通常選挙での当選ラインは3000票弱といわれる中で、通常選挙では考えられない票がどの候補者にもドッカンドッカンと積み上げられていく。
中間発表もなく一時間弱で最終発表。 永野裕久 31869票。当選! 以上。
やったー。念願の初当選! 欲を言えば一番が欲しかったのかもしれないけれど、 二議席目に滑り込みだけれど当選が決まった。 事務所無し、選挙カーなし、ほとんどお金を使わなかったこと 、そして、民主党の公認で戦ったとは言えども、 選挙の中身は全くの素人後援会選挙に近かったことを思えば、 31869票は身に余る得票数です。
和歌山市の有権者が約31 万人。 有権者の10人に 1人は私の名前を書いてくれたことになる。 そう考えると、 とんでもないことだ。 それから、 しばらくは例えばスーパーに行っても、どこに行っても、 10 人程度の人だかりを見るたび、この中で約一人は俺の名前を書いてくれたんだよなぁ。 俺、俺、ここにいるよ、永野裕久です。春になったらもう一度 思い出してね。 なんて、バカな心の中の独り言を言っていたような気がするなぁ (笑)
ばかげてるけど、人生80 数年。一生涯の上で、おそらく数万人、いや数十万人に一人しか経験することのない、補欠選挙の 候補者を経験した本人にしか分からない、心理なんだといまでも思う。
そんなこんなで補欠選挙が終わり、真夜中まで次々と友人が真っ暗なビックホールまでかけつけてきてくれた。 ほんまにありがとう。
次の日から市議会議員としての任期が始まるのだが、8 ヶ月後に通常選挙を控えた新人議員生活。 当選直後から次の通常選挙では現職では一番弱いといわれる、私だけあって本当にしんどかった 一期目。 めちゃくちゃしんどい8ヶ月が待ち構えてるとは思いもせず、真夜中バンザイの 8月1 日~2日未明のビックホエールでした。
薄氷を踏みながら(失礼)も、勝った~また
勝った~がこの1年でありました。激動やね。
以前上司に「録音も大切やけど再生はもっと
大切なことなんや」と教えられました。人生、
振り返りつつ前を向いて進むことなんやろね。
今現在は録音どころか録画しつつ再生できる
んかあ~?みたいな状況にこの日本国やその
各自治体は、おかれておるものと思われます。
「再生」ボタンを押すだけで「再生」できる
のは家電製品だけなのでしょう。ほんまもんの
「再生」は、「人智の及ぶ限り」可能であると
信じたい。「温故知新」知恵総動員法やで~!