WATERCOLORS ~非哲学的断章~

ジャズ・ロック・時評・追憶

ニューヨークの青江三奈

2019年08月08日 | 今日の一枚(G-H)
◉今日の一枚 439◉
Helen Merrill
With Clifford Brown
 1954年録音のヘレン・メリル「ウィズ・クリフォード・ブラウン」だ。誰もが認めるジャズの古典的名盤である。大学生の頃、廉価版のLPレコードを買った。ずっとそのLPレコードで聴いてきた。今でもそれを所有している。結構聴きこんだと思う。ところが、よく考えてみるといつしかこのアルバムを聴くことはなくなり、もう恐らくは20年近くターンテーブルにのせてはいない。このアルバムのことを思い出したのは、2日程前に10kmウォーキングをしていたときだ。突然、何の前ぶれもなく、「 ユード・ビー・ソー・ナイス・トゥ・カム・ホーム・トゥ」のクリフォード・ブラウンのブリリアントなソロが頭の中で鳴り響き始めたのだ。まったく思いがけないことだったが、ブラウニーのトランペットのメロディーを何度も口ずさみながら、残りの道のりをウキウキしながら歩いた。

 さて、「ニューヨークのため息」ともいわれるヘレン・メリルの歌声を聴いて、日本の歌姫、青江三奈とを連想するのは私だけではあるまい。青江三奈のちょっと演歌チックで声質がやや野太いところを除けば、そのヴォイスが醸し出す雰囲気はヘレン・メリルそっくりである。「日本のヘレン・メリル」とか、「伊勢佐木町のため息」などとは呼ばれなかったのだろうか。その辺の同時代的なことは、私には詳しくはわからない。青江三奈のメジャーデビューは1966年であり、登場した年代はヘレン・メリルが先行しているから、彼女が青江三奈を模倣したとは考えにくい。青江三奈がヘレン・メリルの影響を受けたと考えるのが自然である。実際、そうなのかもしれない。けれども、私にとっては青江三奈を知った方が先だったのであり、初めてヘレン・メリルを聴いたとき、「青江三奈じゃん」と思ったものだった。その意味で、ヘレン・メリルをあえて「ニューヨークの青江三奈」と呼びたいところである。


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