WATERCOLORS ~非哲学的断章~

ジャズ・ロック・時評・追憶

袋小路……青春の太田裕美⑩

2006年10月14日 | 青春の太田裕美

2_15  太田裕美の3rdアルバム『心が風邪をひいた日』収録の「袋小路」……。隠れた人気曲だ。 

 暗い曲だ。けれども好きだ。松本隆による情景が目に浮かぶような映像的な詩が、荒井由美作曲の旋律によって言葉の輪郭がより鮮明になり、詩の意味を噛み締められるような構造になっている。 

  「椅子のきしみ」や「レモンスカッシュの冷たい汗」などの一見具体的でリアルな言葉がかえって全体の抽象度を高めている。 

  「もしどちらかにひとつまみでもやさしさがあったなら袋小路をぬけだせたのに」というところは、多くの人には心当たりのあることだろう。しかし、現在の若者たちを、例えば手を繋いで街を歩く高校生などをみていると、この歌詞のせつなさを理解できるだろうかと思ってしまう……。 

 この歌詞の主人公は男女関係がうまくいかなかったことを引きずって生きているわけだ。かつては、男女交際というものは、現在のように「気軽な」ものではなかった。人は傷つくことを恐れあるいは世間の目を気にして、簡単に積極的な行動を取れるわけではなかったのだ。秘められた「つのる想い」を胸に抱きながら生きていたのだ。人が積極的な行動に出るのは、ある条件のもとでそれを許された時か、想いがあるレベルを超えたときだったと思う。したがって、男女交際というものは、ある種特別のものであり、それが挫折した場合には深く傷つき、その傷を長く引きずったわけだ。 

 気軽に付き合う相手を変え、けろっとしている現代の多くの若者たちを見ると、正直ちょっとうらやましい気もする。けれど、もう一度今の時代に青春を送り、自分もそのようにしてみたいかと問われれば、否と答えるだろう。「秘められた想い」……。それが時代のつくった虚構であると知りつつも、やはりその時代に生きた私は、それが美しいと感じてしまう。


ビーチ・ボーイズのサーフズ・アップ

2006年10月14日 | 今日の一枚(A-B)

●今日の一枚 68●

The Beach Boys   Surf's Up

Scan10008_15  村上春樹さんの近著『意味がなければスウィングはない』(文芸春秋,2005)所収の「ブライアン・ウイルソン ~カリフォルニア神話の喪失と再生」は、近年の卓越したブライアン・ウイルソン論あるいはビーチ・ボーイズ論だ。村上氏はこの文章の中で、「比較的取り上げられる機会の少ないアルバム」として1970年の『Sunflower 』と翌71年『Surf's Up 』を取り上げて論じているが、首肯すべき見解が多く含まれている。私にとってもこの2つのアルバムは思い入れの深い作品である。

 1970年の『Sunflower 』はすばらいし作品であったが、商業的にはまったくの失敗といってよかった。その深い失望の中で、もう一度再起をはかるべくリリースされたのがこのアルバム『Surf's Up 』だ。とはいっても、麻薬に侵され精神的混乱苦しむ天才ブライアン・ウィルソンの落胆は大きく、提供している楽曲もわずか数曲のみである。さらに、アルバムタイトルにもなった⑩ Surf's Up は、発売中止になった幻のアルバム『Smile』に収められる筈のものでり、ブライアンはこの曲を入れることに頑なに反対し、一方、他のメンバーたちも陰鬱な歌詞をもつブライアン作品⑨ 'Til A Die の収録に反対するなどブライアント他のメンバーたちの緊張関係は深まってしまった(村上氏前掲書)。

 にもかかわらず、『Surf's Up 』は魅力的な作品に仕上がっている。ブライアンの作品もさることながら、他のメンバーたちの楽曲が異彩を放っている。村上氏も注目する、グループの状況を象徴的に表すような歌詞を持つ① Don't Go Near The Water や優しく穏やかでメランコリックな歌いだしからはじまる② Long Promised Road 、そして誰もが認めるブルース・ジョンストンの名曲④ Disney Girl (1957) は痛々しいほど優しい旋律だ。他にも佳曲が揃っている。

 しかし、アルバム最後の⑩ Surf's Up は、特別だ。この曲が収録されるはずだった幻のアルバム『Smile』を聴いてみたいという想いがつのる。『Smile』のために録音された作品たちは、その後いくつかのビーチ・ボーイズの作品に分散されて収められ、またいくつかの海賊盤としても流出したようだが、私はそれらすべてを所有しているわけではない。数年前、ブライアン・ウィルソンの新作として、アルバム『Smile』がリリースされた。長い時間をかけて麻薬と精神的混乱から立ち直ったブライアンがを新たに録音しなおしたものだ。残念ながら、私はまだ聴いていないのだが、この文章を書きながら是非聴いてみたいと思いが強まってきた。いつか、このブログで取り上げることになるかもしれない。