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元ラーメン屋店主のツイート集

ラーメン屋を10年経営し、今は閉店し、介護士をしています。

再ブレーク:7つの習慣

2010年09月14日 | 店主の人生哲学
80年代に爆発的に売れ、いまだ社員教育、子供教育などに
活用されている自己啓発本「7つの習慣」が、今、また
売れているらしいです。

全文は読んでいないけど、内容は、だいたい知っています。

多くの方々が、どうやって生きたら良いのか?自分は何なのか?
とか、迷っているから、このような本が売れ、セミナーに人が
詰掛け、市民団体やボランティアに熱をあげ、パワースポットに
行くのでしょう。

僕も、一時期、人文、思想、倫理学、道徳、人生論、教訓、成功論
精神論、自己啓発、儒教など読み漁った時期がありますが、150
冊以上読んで、一時的なカンフル剤で、自己のサクセスストーリー
が未来に続くような錯覚に落ちていただけだと感じ、それ以後、
あんまり読まなくなりました。

今の「龍馬伝」ブームも、下級武士、脱藩浪士が、日本を大きく変え
る姿に、自分を重ね、現状は打破出来ると勇気を貰うのでしょう。

「7つの習慣」は、分かりやすい内容で、疑問の余地がない全うな
正論ばかりですし、すぐに実践できる事ゆえ、ヒットしたと思います。

この書籍をキッカケにヒットしたビジネス用語が「Win-Winの関係」
でしょうね。成功哲学の原則「自分も勝ち、相手も勝つ」ですね。

僕が「7つの習慣」の中で、目からウロコみたいに感じた項目は、
「緊急では無いが重要な事をやる」です。多くの人が、目の前の
仕事に追われて1日終わり、重要な事は後回しに成りがちです。
無理に時間を作ったり、緊急をセーブしてでも、自分にとって
重要な事を優先する考え方は「なるほど」と、思いました。

あれをしよう、しよう・・・と、思いながら、忙しさを理由に
していない事が沢山あります。

「蟹工船」を見て、今の日本を見る

2010年09月10日 | 店主の人生哲学
「蟹工船」の原作は80年も前に書かれた、実話を元にした小説で、この作家は
公安警察の拷問により殴り殺されました。

そのリメイク版を見ました。

あらすじは知っているし、共産党員がやたらとプッシュしている
作品なので、なかなか手が伸びなかったけど、今の若者に物凄い
支持を受けている作品だし、最近見た映画「ブラック会社に勤めてるん
だが、もう俺は限界かもしれない」 の、もっと理不尽な労働形態ゆえ
とりあえず見てみました。

確かに、過激な内容でした。カムチャッカ沖で、蟹を水揚げをし、船の中で加工し、
缶詰にする国家事業で、労働者に権利なんて一切無く、倒れても、病気
をしても延々と重労働を強いられ、容赦ない暴力により有無を言わせず奴隷の
ように扱われていました。蟹工船で働く者には、わずかな賃金で、過労で
死ぬと海に捨てられる運命で、歯向かうと銃殺され、極寒の海ゆえ逃げる
事も出来ず、ついに反逆で労働者が船を乗っ取るべく殺人集団へと変わり
ます。

閉鎖的空間での理不尽な労働形態、未来が見えない、死ぬか殺すしか現状
打破案がない、利益を生む労働者は貧困なのに搾取した金で贅沢な生活をして
いる上層部や投資家は苦労知らず・・・と、現代の社会的弱者側の
ワーキング・プアや、捨て駒労働のフリーターや、ハケン労働者が
自分と照らし合わせ共感するのも分からないじゃないです。

でも、軍国主義時代の日本と、今の日本を重ねるのはナンセンスです。

確かに、現状の日本が蟹工船ほど劣悪な労働環境じゃないにしろ、社員の給料を
とことんコストカットし、高級車、高級マンションで、湯水の如くお金を
使う社長がいて、勝ち組、負け組がハッキリ分かれたのを見ると、労働者の
権利を主張したくなるのも分かります。

13歳のハローワーク2010年の人気職業ランキングで、ベスト20で
会社勤務の仕事は1つも入っていなく、公務員系が人気です。市民の為に
働きたいというより安定した生活をしたいという現われでしょう。子供達
まで夢や希望が持てない国とは情けないです。

バブル全盛期は、自由な勤務形態で会社に属せずバイト暮らしで、プライベート
生活に主軸を置き、色々経験し、のんびり適職を探そう・・・・と、余裕で
したが、今の社会状況は、何処でもいいから働かせて欲しい・・・という
時代で、社員として採用されないから生きる為仕方なくバイトをしている
人が多いです。

一部の富裕層と、多くの貧困層という歪な社会構造から、自殺やうつ病が増加
し、休業や失業も含めると日本は2.7兆円の経済損失らしいです。

株主と経営者の会社では無く、労働者と消費者の為の会社と、原点に戻らなけ
れば日本はいつまで経っても不況を抜け出せません。皆、お金が無いのに消費
が増えるはずが無いです。消費者がお金が無ければ、優れた旅行プランも、
楽しいレジャー施設も、豪華な料理も、新商品も無意味です。

政治家の為の国政、公務員の為の役所、先生の為の学校、店主の為のお店、
歌手の為の歌、そんな利己的な時代は、変わらないと、沈没しかかった日本丸
は海底に沈みます。

共産党は改革の意味で「蟹工船」を政党宣伝材料にしていますが、先進国であり、
平和主義で、草食男子増加の日本で、今更、クーデターや、一揆や、
安保闘争の混乱や、学生運動や、ましてや内戦やテロなんて起きないでしょうし、
せいぜいストライキ、市民団体運動止まりだと思います。

だから、国民の代表である政治家、日本のリーダーである総理大臣は、タレント
気取りな事や、豪遊して無いで、本気で日本を考えないといけないです。

「竜馬伝」がヒットしているのも、江戸時代から明治時代に変わったように、
今の日本が脱皮し、大きな変革を望んでいる現われだと思います。

日本に期待していない、政治に期待していない、会社に期待していない、
の延長に自分の人生に期待していないことによる自殺が増加していると
思います。


新ゴーマニズム宣言スペシャル脱正義論/小林よしのり

2010年09月08日 | 店主の人生哲学
「ゴーマニズム宣言」シリーズを、僕はよく読むけど、別に小林よしのり
に共感している訳でも、感銘を受けている訳でも無いです。

ただ、読み物として面白いです。

とにかく必死に、読者に自分の意見を伝えようという熱意が、漫画を通して
伝わってきます。少しは共感できる所もあるが、多くは、僕とは全く違う
価値観、哲学、思想ゆえ、自分とは違う感性の人の正当論を読むのは面白い
です。

僕も、ある程度の年齢ゆえ、こういった書籍程度では影響されない、独自性
を持っていますが、無知識ゆえ、小林よしのりが徹底的に調べ上げた情報で
世の中の陰部を知れて楽しいです。

本書では、ミドリ十字による非加熱製剤によるエイズ訴訟で厚生省が謝罪
した市民運動と、その後について描いています。

最近、ニュースで、選挙運動として、官直人が厚生大臣時代に、
エイズ訴訟を国が認め和解させたのは自分の手柄みたいに言っていますが、
実情は、市民運動が肥大し、マスコミが騒ぎ立て過ぎ、収拾がつかず
厚生省は謝罪し、被害者に保障をしなければいけなかったのです。

その市民団体の代表が、小林よしのりです。当時は、ネームバリューから
利用されているとも知らず、小林よしのりは、必死に団体の会員を増やし
大々的なイベントを開催し続け、テレビにも出まくりました。

小林よしのりが団体の代表を務めるまで、一般の人は誰も知らなかった
小さな訴訟でした。国を相手にした負け戦に、小林よしのりの、一般世論
、マスコミを巻き込んだ手法で大事件へと発展しました。

でも、小林よしのりは、厚生省の謝罪後、団体から追放されました。

連載のゴーマニズム宣言で書きすぎたのです。市民団体は、裁判や活動で
有利な情報のみを流してほしいのに、代表であり内部に精通しているゆえ
小林よしのりは、市民団体の影の部分、負の部分、内部情報を描きまくり
ました。

団体から追放後は、市民運動、市民団体、ボランティアに牙を向き、上層部
の掲げた目的に向け活動して活動そのものにやりがいを見出している弱者立場
で大物に立ち向かうサークルと、痛烈に批判しました。

また、市民運動、市民団体、ボランティアを、カルト新興宗教や学生運動や
過激派共産党員とかと同じ位置づけしました。

確かに、全てをそうとは言えないと思いますし、熱意を持っているのに水をさす
のも失礼かもしれませんが、ニートやフリーターなど社会的な位置づけも危うい
自分の生活もままならない人が、ボランティア活動とかに熱心なのは疑問を
感じます。まずは、世の中の無償活動は自分の生活ありきだと思います。
自分はお金を貰わず善意を積んでいる偉い人なんですよ・・・と、活動に
生きがいを見いだしている人が多いと思います。

市民団体も、市民運動も、公共性あってこそ活動に意味があります。

要するに、大多数にとって賛同を得れない活動は、マイノリティなエゴ集団だと
思います。

例えば、公共事業で、市民にとっての利便性向上、市民の有益性が明らかな
物でも、必ず反対運動が出ます。民主主義なので、反対運動は良いのですが、
その為に、工事延期などの無駄な経費が費やされるのが許しがたいです。
道路開発でも、必ず、反対し立ち退かない人がいますが、そういった反対運動
の殆どが、ピュアな信念と言うより、反対運動をすれば補償金が貰えるかも
という嫌らしさを感じます。それと、集団で、行政、市議会が決めた事を
覆す達成感を得たいという反発精神を感じます。

僕の友人に、レンタルDVDの返却が数日遅れた際、店員を脅し、延滞金を
払わずに済んだ者がいます。

銀行などで、整理券をとって待つ場所でも、強面が、高圧的に「急いでる」を主張し
たら順番関係なく先に対応するケースもあります。

クレーマーとかも、列記とした苦情というより、示談金目的に言っているケースも
少なくないです。

そういった反社会的な、自分の思い通りに成らないと納得できない人達が、集団化
し、結果、公益性を損なう事もあります。

古い話を持ち出して恐縮ですし、現実化していたら公益性があったのかも謎ですが、
「国鉄呼子線」は工事の殆どが済み、「唐津ー韓国海底トンネル」は数百メートル
掘削で中断し、戦時中の「唐津飛行場」建設は案だけで、結局は、反対運動勢力に
国、市が負けました。僕の幼少期は、西唐津の先にも、あちこちに線路やトンネルが
残っていて、一度も列車が通ることなく存在している不気味さがありました。

デジタル時代の軽薄な人間関係

2010年08月17日 | 店主の人生哲学
インターネットでは、実生活では出会えない人とも容易く知り合え、
似た性格、同じ思想、同じ趣味など、実生活以上に自分に合うタイプ
と知り合えます。

インターネットやモバイルをキッカケに実際の親友に成ったり、恋人に
成ったり、結婚したりのケースも珍しくない時代に成りました。

僕の場合も、ブログや、ミクシイや、ツイッターをキッカケに、当店に
ご来店頂いたり、とても親しい友達に成った人が何人もいます。

しかし、最近、ツイッターをやっていて思うのが、深い関係性を拒む
あえて浅い関係性が居心地がいい付き合い方というのに、困惑していま
す。ちょっと、深い話をし互いに知ろうと思うと、アクセス禁止され、
あっさり関係性を絶たれます。ツイッターで知り合い、直接も何度か会い
もっと仲良く成ろうと、実名を聞いただけで、断られました。

ツイッターとは言え、人間同士の付き合いなので、礼儀は尽くすべきです。
独り言のつぶやきではなく、直接の質問メッセージなどをあからさまに無視
されるのは腹が立ちます。特定の人が、何度も僕を無視し、避けてるのかと
思いきや、僕の質問はスルーし、僕に別の話題でメッセージしてくるので、
「何で、僕の質問などに答えてくれないのですか?」と、尋ねると
「いつも、どの話題にも返事しなきゃいけない訳じゃないでしょ。
返事したい時だけ返事をする。それがツイッターですよ。」
と、言われ、ツイッターの魅力は一気に冷めました。

ただの暇つぶしや、いつも誰かと繋がっていたい、だけど、深い付き合いは
持ちたくないという、互いに都合がいい、上辺の付き合いに思えました。

そういった視点で、皆のやりとりを見てみると、嫌な事があった、とか、
落ち込んでいる・・・とかいう人に、皆が、励ましあって、友達ごっこ
や傷の舐め合いをしているようにしか見えませんでした。

渋谷のコギャルが携帯のメモリ数百件を自慢したり、元彼50人とかを自慢
しているようなものです。1人、1人と、どれほど深く、濃く付き合ったかが
重要です。

会社会長が、年賀状を2000枚貰っていて、会長辞任後は20枚なんてのと
一緒で、いつ縁が切れても惜しくなく、嫌になればすぐに縁を切るような
関係性を広く築いても何の意味も無いようにしか思えません。

本来のあるべき姿を考察

2010年07月29日 | 店主の人生哲学
先日、ラジオのお便りが少ない番組で、パーソナリティが
「番組存続の為に、みなさん、メールやFAXや葉書を送ってください」
とか言っていましたが、番組側も勘違いしてもらったらいけません。
リスナーは番組を存続させる為にお便りをしている訳じゃないです。
番組が面白ければ自然とリスナーは増えるし、リスナーも番組に参加し
たければお便りしますし、人気があればスポンサーもつきます。
リスナーは番組を存続させる為にお便りをする義理はありません。

例えば、全然、のれない、しらけたコンサートで、ボーカリストが
「お前ら、のってるかい?まだまだ、声が聞こえねえぞ。もっと、
ヘッドバンキングしてのれ!」とか煽っているようなものです。
バンドに観客をのらせる力量が無いくせ、無理に嫌々観客が付き合っ
てのった所で、リピーターには成りません。

僕が10年前ぐらい何度か行ったヘヴィメタル愛好者のOFF会で、
僕が「ヴァン・ヘイレン」「ミスター・ビッグ」「エアロスミス」
「ボン・ジョヴィ」「ディープ・パープル」とか大物バンドを好き
なのが気に食わなかったようで、主催者が「あのね、そういった
ビッグネームは私達が応援しなくても売れるのよ。だから、私達は
レコード契約更新が厳しい売れていなくて実力はあるバンドのCD
を買ってあげなきゃいけないの」とか説教をされました。
ネームバリューの有り無しなんて関係ないです。自分が好きな
のを買うべきです。ミュージシャンの生活とか知りません。
ミュージシャンの生活を支える為にCDを買ったり、コンサート
に行くんじゃなくて、欲しくて、楽しみたいから買うのです。

「AKB48」ファンが、ひいきの娘の票数を増やす為に、一人
何十枚も同じCDを買っていた人がいるようですが、レコード会社
としては100枚のCDが、100人に売れようと、10人に
売れようと売り上げは一緒だから、そういった戦略なのでしょうが、
そんなCDの売り方はおかしいです。

今、中国では、高層マンションが乱立し、世界中の富豪が何室も
買占め、全室完売で、住民はわずか・・という不気味な現象が
起きています。すなわち、住むために買うのでは無く、値上がり
するのを見越した投資目的です。住む為に作られたマンションが、
転売、転売を繰り返し、値段がどんどん釣り上がるという、マネー
ゲームの道具でしか無いです。

商品先物取引も、大豆やトウモロコシや金やアルミが欲しいのじゃ
無く、その値上がりで利益を得る投資です。

欲しい人が、欲しい物を、必要な分買うのでは無く、投資や転売で
利益を得る世の中が全うだとは思えません。

インターネットの普及で、レアチケットや、レア商品を、原価の
何倍もふっかけるような個人取引は取り締まるべきです。

桃屋の食べるラー油ですら、定価400円が、ネット転売じゃ
数千円で取引されています。それが、金儲けになると分かるから、
買い占める人達がいて、ずっと品薄状態です。

骨董や絵画の展示即売会とかで、やたらと「1,2、年で20%は
価値が上がる」とか、投資目的の販売をしていますが、そんな売り
文句はおかしいです。自分が良いと思った作品に対し、そういった
趣味がある人が買うべきです。将来高くなるからとか、芸術に
無知なお金持ちのステータスで買うような物じゃ無いです。

他にも、商売人に多いけど、宗教や市民団体やボランティアに、
その活動への共感や、崇拝や、善意などが無いくせ、自分の商売
への観客導引や、商売的にメリットがある人脈作りの為に
そういった活動への参加で仲間を装い利用する人がいます。

何だか、世の中、本筋がズレているのが、まかり通っている気がします。

地位、金、名誉の為に政治家を目指したり、安定の為に公務員を
目指したり、試験の点数の為に勉強をしたり、周囲に自慢する
為に貴金属を買ったり、モテる為にバンドをやったり・・・何か
本来の意味や存在価値と違う、自分本位が当然化いています。

そういった様々な事がズレているし、皆、なれすぎていて、ズレすらも
気にならなくなっている気がしてなりません。

美味しい料理を作る為の包丁で殺人をしたり、残された遺族の為に愛の
証である生命保険が金の為に殺人をしたり、遺族に自分の人生の財産を
分けるという愛がキッカケで兄弟が骨肉の争いをしたり、どこでも電話が
出来る便利な携帯電話が盗撮や迷惑行為になったり、情報収集や人々と
繋がれるインターネットで知らない者が罵り合ったり犯罪の道具になったり
と、本来の用途や役割や理由と相反する事を今一度考え直すべきだと思います。

思春期精神科病棟

2010年07月22日 | 店主の人生哲学
今回の話はデリケートで、一歩間違えれば炎上しがちです。

以前、急増する現代病「うつ病」について自分の考えを書いたら、
コメント100件を超す状態に成り、かなりの批判を浴びました。

だから、あえて、そういったネタをさけていました。でも、見て見ぬふりで、
無知識な奴は何も語るな的な風潮・・・。世に広がる社会問題を、タブー化
する方がおかしいです。

昨夜ニュース番組「ZERO]で、思春期精神科病棟のドキュメントを見ま
した。思春期の精神科疾患者急増に対し、受け入れる病院数が不足している
ようです。

勉強して分からない問題があると自傷行為とか、学校で周囲と会話が合わない
とうつ症状になるとか・・・ちょっと、理解し難いです。

でも、思春期は、反抗期とも言いますので、破壊的に成ったり、怒りを抑えき
れなく成ったり、無気力に成ったり、生きている意味を考え出したり、大人が
嫌いに成ったり当然します・・・素人の僕には、入院者の多くが、健全な
思春期に思えました。

成長ホルモンの分泌の影響で、感受性が敏感になったり、異性を気にしたり、
傷つきやすくなったり、喜怒哀楽が豊かになったり、精神的に不安定になるの
は極当たり前の年頃だと思います。

その難しい年頃の子供に対し、親が、子育て放棄し、病院に入れたように思えて
なりません。

今の子供は繊細だったり、精神的に難しいのかもしれませんが、プロ任せでは
親の責任を果たせていないように思います。

家族は、一緒に悩み、考え、解決策を練る事で、絆も深まるものだと思います。

この病院の日常ですが、僕はズブの素人ゆえ暴言になるかもしれませんが、
医者の診療と言ったら「人間は色々いていいんですよ」「あなたは、居ていいん
ですよ」「無理をして変わらなくていんですよ。ありのままの貴方でいいんですよ」
・・・・・何ですか?あの、今時、自己啓発でも言わないような呪文みたいな
通り一辺倒のマニュアルセリフは・・・・。

あんな、呪文を毎日聴いていて治ると言うのなら、医療じゃなく、新興宗教の
類だとすら思えてきました。

その病院は、患者のワガママ、グズり、甘えを全て受け入れ、決して、否定したり
叱ったりしません。

厳しい事を言うと、あの病院に入ると、益々、悪化するように思えました。

思いっきり、優しい言葉や、親切な対応、患者を褒めまくるカウンセリングなど、
あんな生ぬるい環境で過ごさせて、一般社会の荒波に飛び出れるのですか?

大昔からあった健常な成長過程を、思春期精神科なんて、病気認定するから、
その患者に成る人はレッテルを貼られ、負い目を感じ、甘え放題の病院で
社会不適業者へと変えられるような気がしてなりません。

おっと、この文面は、ヤバイな・・・・荒れるな・・・・釣りや、わざとじゃない
けど、れいんぼ~節で自己主張すると、こうなってしまいます。

ゴーマニズム宣言 差別論/小林よしのり 著

2010年06月29日 | 店主の人生哲学
この本は1ヵ月以上前に読んだ本ですが、あえてレビューを控えて
いました。それは、この本に書かれている、公的禁止用語
、放送禁止用語だらけのタブーを書きつづった本を紹介する事で、僕が
ハイリスク・ノーリターンで、バッシングを受ける矛先に成り得るゆえ
ためらっていました。

「ゴーマニズム宣言」を読んでいる事を言う事事態が、危険思想、
反社会思想との誤解を与えかねません。「小林よしのり」の思想観は、
僕とは全く合いませんが、そういった自分と全く違う視点から、
本気で掘り下げ調べ上げた情報の投影である「ゴーマニズム宣言」を
読む事は、事実を知り、反論を持つ事で自分の考えを確立できます。

「ゴーマニズム宣言」を真に受けるようでは駄目だと思います。

一歩、距離を保ち、ちょっと斜に構えた態度で「ゴーマニズム宣言」
は真実・正論ではなく、あくまで「小林よしのり」の体験・知識・思想
の集大成だと思って読むべき本です。

「小林よしのり」も、この「差別論」を書いた事で、多くの仲間、
友達、知人が「小林よしのり」の元を去っていきました。

「小林よしのり」は「ゴーマニズム宣言」シリーズで、
戦争、天皇、A級戦犯、新興宗教、沖縄の集団自決、アイヌ先住民族問題、
北方領土交渉問題、佐藤優言論封殺問題など、他の物書きが書けないような
タブーを独自論とギャグで書き続けています。

「ゴーマニズム宣言」シリーズのせいで、暗殺未遂に合い、オウム真理教に
誘拐され、一生涯「台湾」への入国拒否など、様々な団体とのトラブルに
合っても、「小林よしのり」は書く事を止めず、自分の使命として身を削り
ながら書かれています。

この「差別論」の内容はショッキングで、今まで多くの人が「触らぬ神・・」
にしてきた事をズバズバ書いてあります。

無知とは恐ろしいもので、自分の身近な問題や日常では無関係な事に関して、
大昔にあった差別ぐらいの認識だった事も、実は、今もその差別とは潜在的に
あるという事実を知り、再度、考える機会になりました。

アメリカとかでは、コメディ番組などで公然と差別をギャグにしています。
要するに、先住民、黒人、身体障害者、犯罪者、身体的特徴などを
エンターテイメントでギャグにしブラックユーモアとして受け入れられる
お国柄です。

でも、日本はそうはいきません。デリケートな問題には蓋をし、なるべく
関わらないようにする風潮があるようで、市民団体などへの恐れが
付きまとっているようです。

僕も、今回、この「ゴーマニズム宣言 差別論」を紹介していながら、
具体的な内容や、固有名詞を避けました。「小林よしのり」から
言わせると、それが差別だと言うのかもしれませんが、まだ、僕自身が
差別の実態について浅知識で自身が無いゆえ、こういった抽象的な
あいまいな駄文になってしまいました。

日本における様々な差別と、差別を含む事に対するマスコミ・出版系の
「自主規制」について知りたい方は是非、読んでみて下さい。

FMラジオとは・・・

2010年05月27日 | 店主の人生哲学
「山洋電機」の新商品ラジオ付ICレコーダー
「ザクティ サウンドレコーダーICR-XRS120MF」
が物議を呼んでいますね。

FMラジオの音楽とトークをレコーダーが判別し、トーク部分を
自動カットし音楽のみを録音する機能がある機種です。

今のFM世代から反論を頂きかねないし、僕も最近FMラジオに
メールするのを楽しんでいますが、正直90年代のFMラジオに
比べ、今のFMラジオにはFMらしさを感じません。

AMラジオは、広範囲に電波が飛ぶので音質が余り良くない分、
番組の企画やトークで売ってきました。AMラジオが90年代に
ステレオ放送をこぞって始めましたが、あまり普及せず、最近は
モノラルに戻す傾向で、電機メーカーもAMステレオラジオ製造か
ら撤退していきました。

やはり、音質でAMは、FMにはかなわないのです。しかし、AMは
リスナーと身近な存在で、熱狂的なヘヴィリスナーを生み、
人生相談、青少年の悩み、娯楽、落語、漫談、歌手・タレント
番組など時間帯に合わせた年齢層を絞った番組作りをしてきま
した。

一方、90年代のFMは、ラジオを付ければいい音質で音楽が
聴けるというものでした。だから、トークと音楽の割合は、
圧倒的に音楽で、プロフェッショナルのDJがこだわってセレクト
した音源が流れていました。60年代ロック、ユーロビート、
パンク、ブラックミュージックとか、番組ごとにジャンル分け
し、リスナーは好きな音楽ジャンルや、好きなDJで番組を
セレクト出来ていました。トーク内容は、楽曲について、
アーティストについての話だけで充分でした。

しかし、2000年以降のFMは、AMのような番組スタイルで、
トークの合間に少し音楽を流す程度で、DJと言うよりパーソナ
リティで話が面白い人が番組をするように成りました。

以前のように、音楽の専門家みたいなDJは影を潜め、流す曲も
ヒット曲やプロモーターが売り込んだ曲中心で、ジャンルも
何でもありで、以前のFMより今は音楽を適当に流している
だけにしか思えません。パーソナリティが流している音楽に
愛着が無い、喋りの休みに、とりあえず業務的に流して
いるようにしか思えなく成りました。

今は、大抵、カーステレオにCDやUSBが付いていて、
ドライバーの好みの音楽を流すのが主流なのかもしれませ
んので、かつての「生活に音楽を」的な、有線放送みたいな
音楽中心のFMラジオは流行らないのかもしれません。

もう、エアチェックなんて言葉も死語かもしれませんが、
音楽の発信にはテレビよりラジオの方が向いているという
前提が崩壊した事が音楽の衰退に繋がったと思います。

ビデオクリップや、テレビの音楽番組の影響で、歌手のルックスや
見た目のインパクトや、フリートークの面白さなどが優先し、
音楽そのものの魅力とかけ離れた情報で、楽曲の売れ行きが
変わります。今やアニメの「けいおん」
や「初音みく」がランキングのトップを独占している時代
です。

かつて、FMをエアチェックしていた世代で「トークはいらない
から、自分がまだ知らない音楽を聴きたい」というニーズが
「ザクティ サウンドレコーダーICR-XRS120MF」
を生んだのでしょう。

僕なんかもFMの「ビーズ・ビート・ゾーン」でハードロック
を広く知り、FM「ヘヴィメタル・シンジケート」で
新旧のハードロック、ヘヴィメタルに興奮しCDを選んで
いました。

そういった、音楽との出会いをFM局には求めてしまいます。

テレビの音楽番組では、売れている曲、新曲、話題曲しか流れ
ないゆえ、FMにはマイナー曲、旧譜、洋楽などにもスポット
を当て、リスナーに音楽と出会うキッカケ作りをしてほしいです。

たった1曲との出会いで、人生観や将来が変わる事もあります。

音楽は、小説や、映画や、恩師や、親友や、伴侶との出会い
並に大きく人生を変えるものです。宝くじで一等を当てるより
も大きな意味があると思います。

ノー・ミュージック、ノー・ライフ

アスペルガー症候群は、天才病

2010年04月13日 | 店主の人生哲学
アインシュタイン、エジソン、ベートーベン、ゴッホ、アンデルセン、
スティーヴン・スピルバーグ、他、著名な研究者や、科学者、医者、
芸術家、大学教授、作家などにアスペルガー症候群の人が多いようです。

昨夜、RKBラジオで「アスペルがー症候群」について特集していました。

僕の友人で才能豊かなシンガーソングライターをしているAさんも、
アスペルガー症候群に悩まれていて、改善のためのカウンセリングを
受けられているので、ラジオのボリュームを上げ聴き入りました。

発育障害の一種で、言葉の裏を読みにくい性質で、お世辞や、冗談や、謙遜
や、皮肉などを真に受けてしまうようです。相手の表情や、声のトーンなど
で察知出来ず、相手の言葉の内容のみで理解するので周囲との隔たりを作り
やすいです。だから、相手の真意や心を読みにくくコミュニケーション障害
に陥りがちです。

しかし、しかし、アスペルガー症候群の人は、凡人には到底真似出来ない
才能が備わっているのです。オタクの究極系とも言える、自分の興味ある
事に対する探究心や追求心がとてつもなく強いです。凡人が気にも止めない
事や、些細な事でも、とことん集中し、並外れの知性や想像力を発揮します。

ただ、アスペルガー症候群の人は、興味が無い事に対しては、忍耐力が無く
「一部の分野の天才で、多くの分野の劣等性」との評価をされるようです。

一般的な感性、価値観の人は、アスペルガー症候群の人の言動を理解できない
為に変わり者と爪弾きし、イジメの対象にもなり易いようです。


僕の友人Aさんは、とても素晴らしい楽曲を作り、見事に歌い上げています。
でも、アスペルガー症候群のカウンセリングを受け、Aさんが、対人関係や
コミュニケーション能力が一般的に改善されると同時に、天才的な能力も
凡人並になるのでは無いかと思ってしまいます。

Aさんのようにシンガーソングライターをやっている人は、多少、欠点があろう
とも、1つの分野でズバ抜けた才能を持っているのなら、欠点を補うに十分だと
思います。

何でも器用にこなせる人より、1つの事に対し誰も真似出来ない能力がある
方が羨ましいです。

僕が尊敬する人の多くは、社会不適合者ですが、その非常識極まりない言動
と、一般人とは違った視点の鋭さに感心しています。

大抵の人は、何かを成す時、完璧を目指したくても、時間や、予算や、忍耐力や
やる気などで、「まーこれぐらいでいいか・・・」と、自己評価で80点ぐらい
で限界点を定め、折り合いをつけてしまいます。

しかし、アスペルガー症候群の人は80点では納得できず、より100点に近い
「完璧」「究極」を追求し、様々な犠牲を払おうとも、自分が納得出来る理想を
具現化出来る能力があるのです。凡人には無理です。

だから、アスペルガー症候群は、自分は他人とは違う事を負い目に感じず、自分は
他人とは違う事を誇りに思い、自分が興味がある分野を追求し続けて欲しいです。

時間を制する者は人生を制す

2010年03月11日 | 店主の人生哲学
こういった格言的なタイトルが思い浮かびましたが、実は、
まだ内容は何も考えていません。考えながら書いていきます。



誰しも、無駄が無い、終始充実した時間を過ごしたいけど、
無意味に時間を浪費しているものです。

実りの無い時間の削減で、悪循環の生活習慣を改善する
事により、豊かな時間を使いこなせます。

時間管理は、ビジネスや大人の基本で、時間にルーズな人は
信用を失います。時間すらも守れないような人とは大人の
付き合いは出来ません。要するに、甘えがあるから時間が
ルーズになるのでしょう。

月並みですが、信用は長年積み重ねてできるのに、
失う時は一瞬です。

学校の授業は時間割で進みますが、社会人は自分で管理する
必要があります。僕は自営業ですが、ラフに、優先順位を書き
出し、何時までに何をする、何処に何を注文するとか、朝一に
全て書き仕事を始めます。無計画に行き当たり、ばったりでやって
いると、仕事が円滑に進まず効率が悪くなります。

言うのは簡単ですが、なかなか濃密な秒刻みの生活をするのは
難しいです。

よく「DVDを観てたら朝になった」「ネットをしてたら数時間
無駄に過ごした」「ゲームに夢中になって休日を無駄に過ごした」
なんて事を言う人がいますが、嫌々やっている訳では無く、自分が
好きな事に没頭した時間は、浪費とは思いません。自分が楽しみ、
元気に成っている訳だから、それも意義ある時間の過ごし方だと
思います。

つまんない番組と思いながらもとりあえずテレビを観たり、自分の
意思に反し人から何かをやらされたり、行きたくも無いのに付き合
いで飲みに行ったり、そういったのは時間の無駄です。

そういった捨て時間を、自分の為に使えば、人生の密度は濃くなり
ます。遊ぶ時は、思いっきり楽しみ、仕事は真剣に、メリハリが
利いたバランスが大切です。何事も、中途半端は駄目です。

今の人は、労働量に対し賃金が安すぎるワーキングプアが多す
ぎるのが問題です。

誰しも、労働量、労働時間に見合う額を得る権利があります。

低賃金で働く事は、自分の人生を安売りしているようなものです。
しかし、今のご時勢は、自分の価値を下げざるおえないというジレンマ
があります。日本企業が世界と価格競争を続ける限り、この呪縛から
人々は抜け出せません。低賃金だから安いものしか売れず、安い物を
売るから従業員は低賃金というデフレスパイラルを脱するには、
政府介入の価格基準を決め、輸入品の関税を高めるなどの手立てが
必要です。

企業間の自由競争で、消費者は物価下落に喜んでいますが、この安値
競争が自分達の首を絞めているのです。

は~・・・また、いつものパターンですが、書きながらどんどん
話が脱線してしまいました。

言いたかった事は、人から左右され自分の時間(人生)を無駄に
過ごさず、自分にとって意味がある有意義な時間(人生)を過ごし
ましょう・・

ありがとう

2010年03月10日 | 店主の人生哲学
先日、友人T君と話していて、T君の彼女(正確にはまだ付き合っていない)
は高収入で貯金もあるので、T君が彼女から食事をおごって貰ったり、服を数万円分
買ってもらったり、駐車料金を払ってもらったり、それが普通になりすぎて
お金を払ってくれる礼を言っていなかった事を、最近、彼女から指摘され
ハッ!としたらしいです。T君は、自分が親切でやった事に対して、お礼
を言わない人の事が大嫌いだったようですが、無意識で、自分が一番嫌いな
態度を人にしていた事を反省していました。

身の回りの事に敏感になり、関心を持ち、感謝する気持ちは、意識すれば
誰にでも、今すぐに備わる能力です。

日常や、友達や、家族や、恋人や、健康や、人との出会いや、仕事をする
事や、平和は、当たり前の事では無く、何でもない「今」の尊さに気づけば
自然と「ありがとう」という言葉が出てきます。誰でも、失って大切な物に
気づくのは当たり前であり、先手をついて、「もしも」の最悪パターンを
想像すると、今の「当たり前」は偶然では無く、素晴らしい事であると
気づけます。

「ありがとう」と心を込めて言うと素晴らしい現象を巻き起こします。

「ありがとう」とは何回言っても減らないし、言えば、言うほど、幸福を
招く呪文のようなものです。言われた方も、言った方も幸せになれます。

僕の知人のGさんは、「ありがとう」と言うのが下手で、僕が何かを
してあげても感謝の言葉を口にしません。僕は何か見返りや、下心があっ
て、親切にする訳じゃ無いけど、「ありがとう」と言えない人には
何もしてあげたくないです。Gさんの場合は、そんな事が何回も重なり、
もう僕はGさんに親切にしたくないのに、Gさんは感謝の態度は出せない
くせに僕に善意を要求してきます。だから、僕は先日、優しい口調で
人間付き合いとしての核と僕が今、Gさんに感じている不信感をお話
しましたら、当Gさんはヘソ曲げてしまいました。

希望退職時代(早期退職)

2010年03月03日 | 店主の人生哲学
最近、僕の知人、旧友達が、こぞって、希望退職募集に
応募し早期退職をしています。

僕の友人らは、大手じゃ無いので、手厚い退職金や再就職
支援とかの特典は無いですが、一括で「給料○ヶ月分相当の
退職金と失業保険の即支給」という、目先のまとまったお金に
目がくらみそういった選択をしているようです。

今やっている仕事に、やりがいもなく、いつか辞める予定
だった人にとっては、退職に踏み切るキッカケに成っている
と思います。

ワーキングプアや失業者で溢れた日本は、消費が縮小し、
若者も先の生活保持の為に貯蓄型に成り、どこの企業も
不況です。仕事量激減や、人員整理による同僚達の別れ、
給料の低下、ボーナスカットなど、モチベーションが下がる
要因は今の世は事欠きません。

会社内は暗い話とイライラ感ばかりが募り、士気が下がった
未来が無い企業を去り、自分の歯車が狂った社会生活を立て直し
新たな人生を歩もうという人が増えるのは当たり前です。

辞めたいと思う社員と、辞めさせたいと思っている会社
の意見が一致した、図式的には円満退社に思いがちです。

意欲的な人ほど、自分を過信してしまいがちで、
「自分は何処に行っても通用する」と、思ってしまい、
再就職の不安なく、意気揚々と退職し、ハローワーク通い
とかをしてみて数社の面接に落選し、現実を知るのかもしれ
ません。

景気が上向く見通しが無い、異常事態である時代は、嫌な仕事
でも、条件が悪くても、大海に浮かぶ木ぎれにしがみ付いて
いた方が賢明です。木ぎれを失った途端、大海の底に沈み
かねないです。

一昔前までは、100%に近かった高校生の就職率が、今年は
高校卒業までに就職未定者が14.2%もいる時代です。
企業側は、「若い勢力的な人材すらいらない」と言っているの
です。少子化の時代に、高校生すらも仕事に就けない時代です。

予測されていた「正社員切り」も本格化し、落ち度が無い社員
を解雇するのは難しく「希望退職」という「早期退職制度」を
設けている企業が多いです。

東証一部上場企業では、パナソニックが1万5000人の正社員
早期退職募集し、ソニーは1万6000人、JVCは580人、
日清紡は300人、日本板硝子5800人、アルプス電気1万
3000人、ヤマハ発動機800人と、桁外れの、実質的大幅
リストラ策である「希望退職」を募集しています。

「マクドナルド」も今年中に433店舗を閉店するし、
「ベスト電器」も傘下「さくらや」全店閉店と、ベスト電器70店
舗閉店に伴い1000人の販売員削減です。「ベスト電器」の
具体的な閉店店舗は5店舗ほどしか公表していませんが、「こじま」
や「ヤマダ電機」「ビック・カメラ」などの家電激戦地帯からは
撤退の見込みのようです。
唐津は「ヤマダ電機」と「ベスト電器」の一騎打ちですが、どうなる
事やら・・・・。

日本も失業率5%代になり、もっと、もっと増加傾向ですが、
「リーマン・ショック」「ドバイ・ショック」「ユーロショック」を
モロ受けた国は、先進国でも二桁代の失業率に成っている国家もあります。

サービス業、飲食業は、他業種より、圧倒的に非正規雇用率が高く、
店長のみが社員という所も多いです。社員がこれだけ削減されているの
なら、バイトやパートの販売員達はどれだけ切られた事やら・・・。

デパートや複合販売施設のような、大型販売施設も、縮小傾向にあり、
地方の赤字店舗は閉店に向け、広げすぎた店舗拡大の見直しに取り掛かって
いるようです。

もはや、唐津市も全国で問題に成っている「フードデサート」状態で、
モータリゼーション社会により、郊外型大型店に集中し、住宅街
付近の日用品、食料品店は廃業に追いやられ、結果、自宅から徒歩で
行ける店が無くなり、車や身寄りのない人にとっては、とても不便な
町に成っています。僕の家だって、住宅密集地でありながら、半径
1キロ以内にスーパーも、コンビニも無いです。正確には、夜は閉まっ
ている「ローソン」がありますが・・・。

複雑・難解なファン心理

2010年03月02日 | 店主の人生哲学
趣味・趣向が合う者同士は、打ち解け合い仲良くなりやすいと思いがち
ですが、ファン心理はそう単純では無いです。

熱狂的ファンは、にわかファンを嫌います。

例えば、日頃からJリーグなどサッカーを応援し続けている人は、ワールド
カップなどで急にお祭り騒ぎのサポーター化して応援している人に対し
冷ややかで交じり合えない気質があります。同じチームの応援者であって
も、仲間意識は持てないようです。

バンドなども、インディーズ時代からのファンと、メジャーになってからの
ファンは、ファン同士でも一線を引いた関係性があるように思います。
それゆえ、インディーズ時代のファンは、新ファンばかりか、自分が好き
なはずのバンドに対しても牙を向き「メジャーに行って駄目になった」
と否定しがちです。

僕の友人とかのケースでは、恋人同士で、彼氏の趣味に同調しようと、
彼女が浅い知識で、彼が好きなF-1や、格闘技や、野球などに意見する事に
より喧嘩になるというケースもあるようです。

ハードロック/ヘヴィメタル好きも、僕みたいな全盛期リアルタイム世代
ではない、青春期の90年代に「80年代」「70年代」を愛好していた
者に対しては、リアルタイム世代の中には敵対視に近い感情を持っている人も
います。「ハードロック衰退期・氷河期の時代の世代にハードロックの良さ
なんて分かりっこ無い」という、決め付けから入られるので、リアルタイム
世代は知識自慢的になり、理詰めで言い負かそうという攻めの姿勢での
会話に成るのでハードロックの話をしていても面白くないです。

マニアの人とは、往々にしてそういった気質があります。

例えば、ラーメンマニアの人の中には、自分がネットや書籍やテレビ等から
収集した情報や、食べ歩いた店舗数に自信を持っていて、周囲のラーメン
好きばかりか、ラーメン屋店主に向かっても、ラーメン評論家・ラーメン
博士気取りで知識をぶちまける人がいます。
喫茶店で、喫茶店のマスターにコーヒーの講釈している客同様に、釈迦に
念仏でしかありません。
ラーメン屋店主の目線から言うと、作る側と食べる側は別の次元ゆえ、
1度もラーメンを作った事がない客がいくらラーメンの製法について
語っても机上の空論でしか無いです。

例えば、優秀なギタリストのCDを1000枚集めたり、優秀なギタリスト
の歴史や偉業に関して知識豊富でも、ギターを1度も弾いた事無い人には
ギターなんて弾けません。

ラーメンマニアも同様に、数百店食べ歩いたとか、ラーメンに関する情報は
ファイリングし、番組はDVD保存していても、本当に重要な事とは現場
(厨房)にしか無い事であり、マニアと、店主は違う価値観です。

同じものに愛着や尊さを持っていて、目の前に希少な同じ愛好家がいながら
「自分の方が上だ」と主張するばかりで、仲間意識を持てないのは勿体無い
と思います。

話のベクトルがズレますが、唐津市の人も、他から移住してきた人や、
市町村合併で唐津市民になった人に対し、自分は先祖代々唐津人であるとか
唐津の歴史に詳しいとかで、変に壁や堀を作り、唐津市民として受け入れな
いのは悲しいし、勿体無いです。そういった、変なこだわりなら持たない
方が楽しいし、幸せな関係性を築けます。

前原:おもちゃ倉庫の2Fレジ横に書いてあった言葉

2010年02月24日 | 店主の人生哲学
夏がくると冬がいいと言う。
冬になると夏がいいと言う。
太ると痩せたいと言う。
痩せると太りたいと言う。
忙しいと暇になりたいと言う。
暇になると忙しいほうがいいと言う。

自分の都合のいい人は
善い人だとほめ、
自分に都合が悪くなると
悪い人だとけなす。

人間は元来、
身勝手・得手勝手なもの。

本当の僕は・・・

2010年02月17日 | 店主の人生哲学
よく人から「ブログのイメージと、直接会ったら違うね。」
と言われます。

僕は、意図的にキャラを変えている訳では無いですが、
第三者からは違って見えるようです。

でも、どっちが本当の自分と言う事は無く、どちらも紛れも
無い僕自身なのです。

多分、お店でお客様に接する時と友人らと接する時も違うし、
初対面者と気心知れた仲でも違うし、年上と年下も接し方
が違うし・・・自然と使い分けているだけで、ここでは
このキャラなんて器用な事は出来ません。

誰の前でも、ネットでも全く変わらない人もいますが、僕は
スタンスが変われば、自然と変わるタイプのようです。

特にネットやメールは、一人で静かに向かい合ってするので、
テンションも低く、フラット気味です。

だから、ネットなどでも、

ブログに記事を書く僕。
ブログのコメントを書く僕。
BBSにコメントする僕。
ミクシイの発言をする僕。
ツイッターでつぶやく僕。
など、それぞれに違った僕だと思います。

で、皆が知らない、絵を描く僕、車を運転しながら熱唱する僕、
厨房で仕込みをする僕、アイデアを練る僕・・・様々な心境や
行動により、僕は何通りにも変化しますが、それら全て含めての
自分自身です。

人格が違う訳じゃ無く、多面性のある僕の僅かな数面で周囲が、
僕の人間性を判断しているに過ぎません。だから、親しい人に
は自分をもっともっと知ってほしいと思うあまり、ついつい
饒舌に多弁になってしまいます。