平和エッセイ

スピリチュアルな視点から平和について考える

ダライ・ラマと村上和雄先生の対談(4)

2005年05月15日 | 最近読んだ本や雑誌から
最後に村上先生は、中国によるチベットの占領について質問します。

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 猊下はご自身の半生を振り返りながら、ある時「中国側がチベット人に加えてきた様々な攻撃やおびただしい弾圧についてもそのような事実を明らかにするのはどうしても必要であるが、中国人そのものに対する憎悪の念をいだくことは決してない」という考えを示しておられます。
 普通の人ならば強い敵対意識を持つところを、中国を敵と見ないその慈悲深いお気持ちに強く驚嘆いたしました。
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ダライ・ラマはこう答えています。

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 個人でも集団でも敵と思えるような相手に出会ったら、それを忍耐や寛容を与える修行だと考えてみてください。そのように考えると、敵は私たちの師であり、先生だといえます。敵はとてもありがたい存在なのです。人生の苦しい時期は、有益な経験を得て内面を強くする最高の機会なのですから。
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ダライ・ラマは、『ダライ・ラマ平和を語る』(人文書院)という本の中で、こう語っています。

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 私の日々の実践の中で、私は中国人について瞑想し、彼らに対する尊敬の念を成長させ、慈悲心を開発するように努めています。なぜかといいますと、彼らもまた苦しんでいるからです。私は彼らの否定的な感情と行動を自分に引き受け、彼らの意見を自分のものとして理解します。
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いっさいの敵を見ないダライ・ラマの心境には脱帽します。ダライ・ラマは、人間の本心・本体と、業想念をはっきりと区別しているのです。私も彼のこういう心境を見習いたいと思います。

しかし、中国がいつまでもチベットを支配し弾圧することは、中国の悪業を増大させることになります。そのカルマの結果はいつかは中国自身にはね返ってきます。現状を放置することは、中国人にとっても不幸であり、マイナスです。

チベットは、自力では中国から解放されることはできません。だからこそ、国際社会は、チベットの事態を公表し、中国にチベット弾圧をやめさせるように働きかける責務があります。それは、決して中国を憎悪することではありません。中国が真に立派な国になる手助けをすることです。この点において、日本の政府もマスコミもきわめて消極的であるのは残念なことです。