仔羊の回帰線

詩と散文のプロムナード :Promenade

*前線の森で:  ボルヒェルトより

2023年02月08日 08時48分32秒 | *現代ドイツ短篇選

  雪が 樹々を 覆っていた。:

機関銃を手にした兵士が 歌を 口ずさむ。

ロシアの森の 最前線である。

兵士の口ずさむ歌は クリスマスの歌。 二月というのにである。

  雪が 何メートルも積っている。 雪は 黒い樹幹を覆い 小枝を覆い 木立に 綿をかぶせたように 吹き付け 辺りは 一面の雪。 

その中で 一人の兵士が 歌を口ずさむ。 もう 二月というのに クリスマスの歌を 口ずさむ。  

 ときおり 兵士は 二三発 発砲する。 そうしなければ すべてが 凍えてしまうからだ。 目標はない。 ただ 兵士は 闇雲に 発砲する。そして人の気配のないのを 知ろうとする。 心は 不思議と和らぐ だが しばらくすると 兵士は また 発砲を繰り返す。 すると 気が安らぐ そうしなければ すべてが 凍えてしまうからだ。 そして 発砲が 繰り返されるたびに 森の静けさが 打ち破られていく・・  

 刹那 何かの物音が・・ 左から 前方から 右からも そして さらに背後からも。兵士は息をのむ。 とまた 何かの物音が 鼓膜に響いてくる。兵士は軍帽のエリを 立てる。 指先が 小刻みに震え、冷汗が 鉄兜の下から滲んでくる。が 汗は 額のところで 凍りついている 。外は 41度の寒さだ。そのため 冷汗は にじみ出ると すぐに凍てつく。


 その時だった。兵士が歌いだしたのは。

大きな声で、不安を 打ち消すように、物音を 打ち消し 冷汗を凍てつかせぬように。兵士の歌う歌は クリスマスの歌!.. 

大声で ロシアの森の前線に いるにもかかわらず・・


  Aus: W.Borchert .1921- 47. Viele,viele Schnee     


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