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おうりゅう就役!新潜水艦に軽巡洋艦艦名継承を【3】次艦とうりゅう艦名と重巡洋艦"加古"

2020-05-08 20:06:52 | 防衛・安全保障
■旧軽巡と重なる現代潜水艦任務
 軽巡、軽巡洋艦の略称です。現在は潜水艦が瑞祥動物の艦名を冠していますが画期的なリチウムイオン電池潜水艦時代に併せ転換すべきではないか、という。

 潜水艦に河川名を冠名するべき、旧海軍の軽巡洋艦が戦史に刻んだ、この提案はDE沿岸用護衛艦という従来河川名として軽巡洋艦の名を継いだ護衛艦が、あぶくま型以降20年以上建造されていないという点、そして海上自衛隊潜水艦が瑞祥動物を艦名に冠していますが潜水艦に適し、殊勲艦の名を継ぐ艦名が使い切ってしまった、と理由等を挙げました。

 DE,艦種区分では護衛駆逐艦に付与されるものでDDは艦隊駆逐艦です。海上自衛隊は長らくDEを地方隊の沿岸用護衛艦へ付与するとともにDDを護衛艦隊の護衛艦へ区分してきましたが1995年防衛大綱改訂、冷戦終結を受けた防衛力縮小への改編により護衛艦定数が削減された際に、DEもDDも同じ一隻であり大は小を兼ねる様にDDへ統合されている。

 潜水艦は長らく海象を艦名としていましたが、おやしお型潜水艦から画期的なAIP潜水艦へ移行した際に瑞祥動物へと艦名を転換し、空母蒼龍の艦名を冠した潜水艦そうりゅう型、と瑞祥動物の時代へ入った訳です。蒼龍は旧海軍の殊勲艦、そして各国海軍を視ますとやはり、海軍史に殊勲艦を有する各国は潜水艦に強力な艦艇の名を継承させているのですね。

 しかし、もう一つ。軽巡洋艦という区分が成立した当時の運用と、現代の海上自衛隊潜水艦運用はかなり重なる部分があり、敢えて軽巡洋艦の艦名を潜水艦に継がせることは、士気を高め、且つ海上における抑止力へとつなげる大きな意味があります。軽巡洋艦が草創期に担った任務と潜水艦の本来の任務、元々の起源まで遡りますと共通点があるのですね。

 潜水艦の任務は潜航する事で制海権の優勢を得ていない海域へ浸透できる点で、これにより重要港湾への機雷敷設や航路での通商破壊を実施できる、第一次世界大戦からの潜水艦の用途です。一方、軽巡洋艦の任務に遠隔地の警備任務があり、これが長大な航続距離を必要とする点から、戦時には通商破壊艦としての任務に当る事が出来た。共通点はここ。

 ただ、軽巡洋艦といいますと我が国では水雷戦隊旗艦という各国では嚮導駆逐艦が担っていた任務に当てられていました、日本の場合は周辺地域以外に遠隔地の植民地はありませんでしたから、ね。従って、潜水艦と軽巡洋艦の任務に共通性がある、としますと勘違いを生んでしまうかもしれませんが、潜水艦を護衛隊の旗艦へ、という意味ではありません。

 嚮導駆逐艦の代替というわけではなく前述しました通り、軽巡洋艦の任務は世界においては長大な航続距離を活かしての遠方領域警備、という部分が大きく、また航空機普及以前には軽巡洋艦が単独での航行を行うことで、特に劣勢の海軍が優勢の海軍に対し、局地的な制海権確保を誇示し、逆に優勢な海軍へ兵力分散を強要する、運用がなされています。

 フランス海軍の通報艦運用は軽巡洋艦が有する劣勢海軍の一つの運用ですし、海洋冒険小説のような独立運用により大きな戦果を挙げた第一次世界大戦中のドイツ巡洋艦エムデンの通商破壊任務もこれに該当するものでしょう。そしてその能力は、相手海軍に対潜相当任務部隊を主力部隊から割かせ、つまり分散を強要する、という非常に重要な任務がある。

 戦艦金剛のほか、空母雲龍や大鳳といった日本海軍航空母艦が潜水艦に撃沈されたため、我が国では現在航空母艦による脅威が顕在化している事とも相まって、潜水艦を敵航空母艦などの主力艦への攻撃手段、と誤解されていますが、これは寧ろ現在では護衛艦の任務で、現代の対潜戦闘能力の向上とともに少々この運用は難しくなっているかもしれません。

 主力艦への攻撃任務が少々困難、というのは潜水艦の待ち伏せている海域を敵空母が航行した場合、というもの。逆に潜水艦が空母を追うべく高速航行を行えば水中放音がけた違いに増大しますので捕捉される危険が増す、そして原子力潜水艦でもなければ高速航行は電力大量消費で短時間にとどまり、シュノーケル航行を行わなければ動力が保ちません。

 勿論、主力艦艇への攻撃は相手海軍基地の湾口付近や確実に通航する重要海峡のような要点において待伏せ攻撃を加えるならば、充分可能性はあります。しかし、主力艦といいますか航空母艦はそれほど多くありません。それよりは通商破壊の可能性を顕在化させる事で分散を強要する、潜水艦任務はここに在り、これはかつての軽巡洋艦とも重なるのです。

 とうりゅう。おうりゅう、に続く潜水艦ですが、一部その兆しが在るのですね。加古川の名勝闘竜灘が艦名の由来と説明されていますが、加古といえば旧海軍の古鷹型重巡洋艦の艦名であり、河川名が一等巡洋艦に冠せられるのは当時は異例ですが、元々は5500t型として世界の羨望を集めた川内型巡洋艦四番艦として計画されていたという歴史を持ちます。

北大路機関:はるな くらま ひゅうが いせ
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1 コメント

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Unknown (Unknown)
2020-05-28 16:30:34
名称でいうなら、潜水艦は伝統の「伊〇〇号」の方がはるかに士気が高まると思います。護衛艦は旧海軍の伝統を受け継いだ艦名を付けているのですからね。
しかしイージス艦は装甲巡洋艦や重巡洋艦の名称、汎用護衛艦は駆逐艦の名称、ヘリ空母型護衛艦は戦艦の名称という徹底ぶり。潜水艦もそうであってほしいと思います。

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