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生涯いちエンジニアを目指して、ついに半老人になってしまいました。

その場考学研究所:ボーイング777のエンジンの国際開発のチーフエンジニアの眼をとおして技術のあり方の疑問を解きます

メタエンジニアの眼シリーズ(57)大陸の地理的条件が文明発展の決め手となる

2018年01月24日 08時02分31秒 | メタエンジニアの眼
その場考学研究所 メタエンジニアの眼シリーズ(57)          
TITLE: 大陸の地理的条件が文明発展の決め手となる
書籍名;「銃・病原菌・鉄(上)」(2000) 発行日;2000.10.2
著者;ジャレット・ダイヤモンド  発行所;草思社
初回作成年月日;H30.1.21 最終改定日;H30.1. 
引用先;メタエンジニアの歴史  
テーマ;メタエンジニアリングが文明を変える




「文明の崩壊」の著者が、東アジアの歴史を元に、優れた技術や発明が文明の進化につながる場合と、そうでない場合の違いを探っている。「日本語への序文」には、次のようにある。

『東アジアおよび太平洋地域からの視点によって人類史を理解しようとすることこそ、もっとも実りの多いアプローチであると確信している。』(pp.2)つまり、古代における多くの優れた発明がこの地域で行われたのに、なぜヨーロッパが近代文明の主導権を得たかに注目をしたわけである。

 このことは、次の事実に裏づけされている。すなわち紀元前における多くの発明や利用が、この地域独特のものであり、ヨーロッパや他の地域に比べて、抜きんでて早かったというわけである。

『歴史学者にとっても、東アジアと太平洋域は疑問に答える鍵を提供してくれる場所である。人類史における重要な発明のいくつかは、この地域で最初に登場しているからである。船を作り、四万年前にインドネシア海域に拡散していき、オーストラリア大陸にまで到達していったのは、東南アジアの人たちだった。研磨加工を施し、刃先の長い石器を最初に作ったのは日本人だった。 これは、世界各地の人類がまだ石器を用い、鉄器について何も知らなかった時代のことで、ヨーロッパで石器が研磨されるようになる五〇〇〇年以上も前のことである。世界で最初に土器を発明したのも日本の狩猟採集民族だった。それはヨーロッパで土器が見られるようになる五000年前、南北アメリカ大陸で見られるようになる九〇〇〇年も前のことである。

また、少なくとも九五00年前に農耕がはじまった中国は、動植物の栽培化や家畜化が世界で最初におこなわれた二つの地域の一つである。外洋航海を最初におこなったのは、中国系農耕民の子孫たちだった。彼らは三六00年前にニューギニァ海域の島々から東方に拡散しはじめ、太平洋域の最東端の島々にまで到達して現代ポリネシア人の人の祖先となったのである。』(pp.4)といった具合だ。
また、江戸時代における200年以上の期間に政権が行った「銃火器の放棄」が、その経緯が明確にわかるために、過去の人類に起こった様々な「技術の放棄」を考えるうえで、示唆に富んだ事例であるとしている。

『南北アメリカ大陸の先住民、アフリカ大陸の人びと、そしてオーストラリア大陸のアポリジニが、ヨーロッパ系やアジア系の人びとを殺戮したり、征服したり,絶滅させるようなことが、なぜ起こらなかったのであろうか。』(pp.9)
 ここから始まり、「征服と疫病と殺戮の歴史」が、現代も続いているとして、その原因の解明を試みている。歴史的に見て、この原因は「大陸によって異なる展開を見せている」としている。
そして、かつての「人種による優劣」という説は、幻想にすぎないとして、完全に否定した。

・さまざまな学問の成果を採用する


 そこで彼は、民族や国家によって、文明の変化の原因となることが多かった、『銃や病原菌、鉄をはじめとする技術、政治力や経済力の向上をもたらす技術を、ある民族は他の民族より先に発達させたし、ある民族は全く発達させることがなかった。これに対し、究極の要因はいまだに明らかにされていない。』として、その原因を「さまざまな学問の成果を採用する」ことを、この書のメインテーマに選んだ。これは、まさにメタエンジニアリングである。

『現在、この疑問に答えるのに機は熟しているといえるだろう。歴史学とは一見かけ離れて見える他の科学分野から、さまざまな新し知見がもたらされているからである。たとえば、作物やその野生祖先種を研究できる遺伝学、分了生物学、生物地理学である。家畜とその野生祖先種は、行動経済学の研究対象でもある。ほかにも、人間の病原菌やそれと関連性がある動物の病原菌を
研究する分子生物学、入問の疫病を研究する疫学、人間を研究対象とする遺伝学がある。また、言語学、世界の大陸と大型の島々を研究対象とする文化人類学、そして技術史、文字史、政治史などの多彩な歴史研究がある。』(pp.15)これだけ並べれば、まさにメタエンジニアリングだ。

 彼は、最初の設問を「技術の伝播」とした。狩猟採集生活から農耕生活へ移る技術の伝播は、大陸が東西方向に伸びている場合と、南北方向に伸びている違いは、明らかであった。そして、食料の生産方式の発達によって、様々な新たな発見や文明の要素が生まれて、伝播していったというわけである。
 つまり、『余剰食糧の蓄積が非生産階級の専門職を養うゆとりを社会に生み出し、技術の発展を可能にしたのである。』(pp.42)
 以下は、下巻につづく。


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