生涯いちエンジニアを目指して、ついに半老人になってしまいました。

その場考学研究所:ボーイング777のエンジンの国際開発のチーフエンジニアの眼をとおして技術のあり方の疑問を解きます

メタエンジニアリングのすすめ(14) 第13話 小冊子にまとめること

2015年03月31日 07時50分59秒 | メタエンジニアリングのすすめ
第13話 小冊子にまとめること


私が所属する日本経済大学大学院からメタエンジニアリング・シリーズという小冊子が発行されました。内容は、次のHPに掲載されています。
http://shibuya.jue.ac.jp/gsnews/index.html?id=33388
今後、継続的にシリーズの充実を図ってゆく計画でおります。




何故、このような形式の小冊子を纏めるに至ったかの経緯を、すこし説明をしようと思います。
私は、開発設計技術者として40年間を企業の中で過ごしました。所謂、生涯一エンジニアの気分で今も過ごしています。航空機用エンジンの開発は、1970年以来継続的に国家の補助金を頼りに進められており、現在もその性格は変わっていないように見えます。
現役当時は、標準化せよ、教訓をLessons & Learnedの形で残すように、などと常に言われたし、自ら言いもした。しかし、振り返ってみると全て紙くずとしてでも残っていればよい方で、跡形も無く消えている。後半生のものはデジタルデータだが、再び見られることは無いであろう。
退職を数年後に控えたある時から、大先輩から繰り返し、「貴重な体験をしたのだから、きちんとした形で書き残しなさい。」と何度も言われた。20年以上の年月と膨大な補助金により、独力でのジェットエンジンを開発し、その経験を以て国際共同開発に参画して、エアバス320(ドイツで副操縦士のために墜落した、現代のベストセラー機)やボーイング777(GEとの共同開発で世界最大の出力エンジンを搭載)のエンジンの開発設計のチーフエンジニアなどを務めたことを言われているのだった。

書き残す目的は、なるべく長期間多くの関係者に見てもらうことなのだが、前述の経験から従来の方法では無意味なことが分かってきた。そこで考え付いたのが、A5サイズの小冊子だった。この方法だと、自前で印刷製本が可能だし、持ち運びも便利である。また、紙と違って、むやみに捨てられることも無い。そこで、ジェットエンジンの設計開発シリーズを17冊纏めた。条件は、100ページ前後を確保することで、これだと背表紙に題名を書き込むことができる。これが無いと、紙と同様の扱いを受けることになる。

メタエンジニアリングは、支離滅裂と云えるほどの多分野に亘る知識と経験を必要としている。しかし、その為に費やすことのできる時間は限られている。そこで、このシリーズでは敢えて過去の名著や優れたエンジニアリングの業績をなるべく多く紹介したいと考えている。日本のエンジニアリングは、マニュアル第3世代問題と、Design Review Syndrome(設計審査症候群)という大問題を抱えている。つまり、技術者自らの意思で深く考えることをしなくても、物事が設計できる環境が出来上がっている。このことは、技術先進国とそれを支えた企業が必然的に辿る道のように思えるのだが、この問題を解決しないと、新技術への信頼度は逓減するばかりであろう。


規定を満足するか、しないかだけが問題なのだろうか

2015年03月20日 08時17分43秒 | ジェットエンジンの設計技師
今朝の「ケンプラッツ」に「さすが免震と思ったのに…」当惑する日立市 2015/03/19という記事がありました。今問題の東洋ゴム工業の話です。
一体、この耐震ビルと、耐震装置を持たない新築のビル(数の上では圧倒的)との安全度の違いはどうなのでしょうか。その明確な答えがやっと現れたようです。
http://kenplatz.nikkeibp.co.jp/article/building/news/20150318/695271/?rt=nocnt

曰く、
「東日本大震災のときは『さすが免震だ』と感心したのに、本当は大臣認定不適合品と分かり大変残念に思っている。東洋ゴム工業は、速やかに安全性を検証し、万全の措置を講じてほしい。
 こう話すのは、大臣認定の性能評価基準に適合していない東洋ゴム工業製の「高減衰ゴム系積層ゴム支承」(以下、高減衰ゴム支承)を使用していることが分かった庁舎の1つ、日立市消防拠点施設(茨城県)を管理する日立市都市建設部営繕課の遠藤弘課長だ。
旧耐震時代に設計された市庁舎にひび割れなどの被害が発生したことから、市は災害対策本部を市庁舎ではなく消防拠点施設に設置。当時の市長はこの場所で陣頭指揮を取り、電気や水道などのインフラ復旧に当たった。遠藤課長自身も震災直後に消防拠点施設で寝泊まりすることがあったが、就寝中に何度か余震を経験した。そのとき、免震装置の威力を実感したという。「余震の震度は4から5程度だったが、建物の揺れが明らかに小さく、揺れの時間が少し長かった。まさに理論通りの挙動だった。余震の際には、テレビで震度速報が発表されていたが、それとは明瞭な体感上の違いがあった」と遠藤課長は振り返る。

どうも、マスコミも官庁も規定に合ったか、合わなかったかだけ(Design by constraints)を取り上げ、本来の機能の目的達成度を多面的に議論する(Design on Liberal Arts Engineering)気は無いようです。建築関係は、総て安全率をかけており、確率論は出てきませんが、実際の製品にはバラツキがあり、震度6強でまったく問題が無かったのならば、むしろ良いデータができたとして、規定のありかた(数字だけではなく、実際のデータに基づくなど)を見直しても良いのではないでしょうか。

規程通りにつくったものでも、福島第1原発の様な事態が頻発する世の中です。過去に作られた規定に合わせることだけに固執すると、いろいろとおかしなことが起こりかねません。(マニュアル第3世代問題)

その場考学半老人 妄言