生涯いちエンジニアを目指して、ついに半老人になってしまいました。

その場考学研究所:ボーイング777のエンジンの国際開発のチーフエンジニアの眼をとおして技術のあり方の疑問を解きます

メタエンジニアの眼 203 土偶の眼の謎

2021年12月17日 09時30分22秒 | メタエンジニアの眼
メタエンジニアの眼 203
このシリーズは文化の文明化プロセスを考える際に参考にした著作の紹介です。『 』内は引用部分です。

TITLE:土偶の眼の謎


初回作成年月日;2021.12.17 最終改定日;

梅原猛編「東洋思想の知恵」PHP研究所(1997)には、興味深い記述が多数あった。副題は「地球と人類を救う」で、日本と中国の古代からの思想に関するそうそうたるメンバーが一節ずつ書いている。

 

 これは、1996年に上海で行われた「東方思想研究会」とういシンポジウムの講演記録でもある。そのテーマは、『行き詰った工業文明を立て直すため、また地球環境問題を解決するためには、稲作農業を基礎として発展してきた「東方思想」に基づく発想の転換がどうしても必要だということである。』(まえがきより)としている。それから20年以上経過したのだが、まだ日本では「行き詰った工業文明を立て直す」顕著な動きはみあたらない。

 この中で、安田喜憲の「森の心の新しい文明」に興味が湧く。前著「日本人の自然観」で、北緯35度を境として、約五千年前に世界中の自然環境が反転したというもので、それが日本列島でも起こっていた。土偶の数が一斉に増え始めた時期と一致する、とされた方だ。

 日本の土偶の中で、突出して不思議に思われているものがある。縄文時代晩期に東北地方でつくられた遮光器土偶である。「エスキモーの雪眼鏡」などと云われている。しかし、これは全くの間違えで、「目の信仰」の表れと主張している。

 話は、中国の長江文明から始まっている。近年では、それは黄河文明よりも古く、土木工事、都市の建設、玉器の製造に優れていたといわれている。この文明の信仰の対象は、揚子江のワニをデフォルメした怪獣で、特に目が常に強調されている。その時代は3500年前で、日本の遮光器土偶の時期と一致している。

 また、当時の三星堆遺跡からは、多くの青銅製マスクが発掘されているが、いずれも目が強調、または突出している。ヒトは、死ぬと先ず目の力が無くなる。意識がなくなったヒトは、目を開くと生気を取り戻す。つまり、『目こそ人間の命の窓』(p.63)といえる。

 当時はアニミズムの時代で、『人々は自分たちをじっと見つめる大地の神々の視線を感じ、その目を持った像をつくったのである。』(p.66)その一つが、森の文化だった。

 三内丸山遺跡で有名なのが、巨大な柱で、それは長期間育成された森から生まれた。つまり、「森の文化」と云える。弥生時代になって、大規模な森林破壊が始まった。それと同時に、目を崇拝する文化が終焉した。

 日本の神社には、必ず森がある。神社は森に囲まれている。そこが、仏教やイスラム教の寺院や教会との違いだ。私は、八ヶ岳南麓の森の中で、毎年数十日間を過ごしているのだが、森の力には毎年驚かされる。森と眼の文化には共感を覚えざるを得ない。




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