武田光弘画楽多製作日記

暇をもてあそび造形してます。作品として形としてまとめたものなどを見ていただきたい
と思っています。

霜柱

2015年12月18日 | Weblog
ひさしぶりの寒気だ。
舗装してない道に霜柱がたっていた。
この霜柱はどこでも寒くなればあると思っていたら地質にも関係あるそうだ。
関東ローム層にたつんだとか。

いよいよ年の瀬だ。大掃除がはじまる。
俳句でいうと「大掃除」は夏の季語だ。昔、夏に日を決めて皆で大掃除をした名残らしい。
これを冬の句につかうと、ちょい違うのだ。冬では「すす払い」がこれにあたる。

先日の句会に先達が「師走」の句に「大掃除」を使っていた。
ふつうの方なら、ご指摘しますが・・・・先達だとまずいなと思っていたら句会は終わっていた。他の人もきずいた人はいただろう・・・・・・なんだかなーーーーー

むかしむかしのものがたり

2015年12月16日 | Weblog


印刷所からゲラが届いた。きっとえらい作家だとここをこうだと色々注文をつけるのだろう。
ま、いいじゃないの・・・・という感じ。

いわくつきのオリンピック競技場の案が出た。
なんか昔ゴタゴタあった。
エンブラムの審査がはじまったそうだ。
1万4599の点数で、、このうち1500位に明日までにしぼるそうだ。なお私の案もこのうちに入っている。審査員の目を期待したい?。

年末になると昔のことを強く思い出す。
年のせいだろうか。
「けむい」など言う言葉は死語になりそうだ。たき火も禁止だし・・・・・「火吹き竹」など知らない人も多いだろうな。
「バリカン」という道具が一家にひとつはあった。男はみな丸坊主だった。なぜこれが切れなかった。手入れか。使い方か・・・・・やたらと毛をぬかれた。今みたいな電動のやさしさは天国だ。あの痛さはあんまりうれしいことではなかった。

昼行燈

2015年12月15日 | Weblog
馬鹿に赤穂浪士のことをやるなーーと思っていたら14日は討ち入りの決行日だった。

リーダーの大石内蔵助は若い頃、「昼あんどん」というあだ名がついていたらしい。
切れ者という類のあだ名ではない。
しかし、見かけは茫洋とした人物であるが、要所は決めるタイプかもしれない。

この仇打ちは集団で人を襲う行為であるので、好きでないという人もいる。
浅野内匠頭は病気とか。吉良は善人だったとか・・・真相は不明なれど・・この事件は平安になれた江戸の人たちの格好の話題だったのだろう。

あの日は江戸は雪だったけど。

足腰の強さ

2015年12月13日 | Weblog


昔の人は健脚だ。乗り物がなければ足しかないのだ。今みたいに飛行機か車か電車もあるなどと考えるから足が衰える。
松本の殿様に御年始に村代表がでかける・・・二日はかかるのだろう。まてよ一日で着いたかもしれない。とにかく足腰が強靭だ。

明るくなれば起き、暗くなれば寝る。

基本的な生活パター―ンだ。都会みたいにいつまでも明るい夜はほんとうの夜でない。

山姥伝説

2015年12月12日 | Weblog
10枚ほどの冊子予定で制作中。

内容は千国街道・山姥物語




最初はひだらをほしがるところ。・・・といってもひだらって何?
って言われそう。
当時、海からの海産物は生では無理なので、たらを干しそれを運んだ。塩でまぶしたのだろう。小さい頃の記憶だと塩っぽいものだった。当時は貴重品だ。
昔はお湯をかけ、しゃぶっていた記憶がある。



山姥は・・・悪行もあり善行もある。師走になれば昔街道に市が出た。ここにこっそり酒買いにくるような話もあり、なぜか山姥が買う店は繁盛したと・・・・

その昔、アイヌの人と交流し物品の売買をした。そのころアイヌの人は口に刺青をしており、これが口さけ女風に見えたところから山姥のイメージがきたらしい・・・とか。

よだかの星

2015年12月10日 | Weblog

顔はところどころ味噌をつけたようにまだらで、くちばしはひらたくて耳までさけている・・・・・・・

おとうとのかわせみは「にいさん行っちゃいけませんよ。ぼくひとりぼっちになってしまうじゃありませんか。」
「ヘン。また来たね。まああのざまをごらんよ。ほんとうに。鳥の仲間のつらよごしだよ。

ま、そんなところで「よだかの星」制作中に、かのコンクールの賞状と金一封が届いた。
いただけるものはもらいましょう。

漱石忌

2015年12月09日 | Weblog
9日は夏目漱石が亡くなった日だ。
朝日新聞では、小説を再連載してるし今だその勢いを持っている文学者はやっぱり天才というのであろうか。畑の後始末をしてると、貸主さんが柿くれた。そこで一句・・・・・・

柿くえば鐘が鳴るなり法隆寺

これは子規の句だった。漱石は

鐘つけば銀杏散るなり建長寺

と詠ってる。オット・・・これには柿が出てこない。

秋さびて霜に落ちけり柿ひとつ

これが漱石の柿の句だ。

畑にたつ柿ふたつもらいけり

これは私の迷句だ。

漱石は新語の名人で授業に、それをつかって生徒を困惑させたとか。たとえば「野次る」など当時はなかった言葉で生徒はなんのことかとめんくらったとか。

針供養・・・・

2015年12月06日 | Weblog
暦では冬であるが、雪がないので気分がでない。

暦をみてたら「8日は針供養の日」だった。
そんなのどかな風習ももうない。あの細い針が布を縫い合わせ我々の生活にいかに役立ったか・・・現在はミシン・・しかも電動だ。
世の進歩はすざましい。

しかし、手造りの味はすてられない。
そういうこともあったわけではないが、ペーパークラフトで宮澤賢治の「よだかの星」に挑む。

これが又難しく・・・・うずらの様相を呈してきた。

映画の日

2015年12月04日 | Weblog
知らなかったけど1日は映画の日だそうだ。
明治29年神戸で最初に上映された日だそうだ。

今朝のテレビで山田洋治監督が出ていた。最近テレビの出演者をみると、映画の宣伝を兼ねるのか俳優が登場したりする。両方にとっていいのだろう。「母と暮らせば」という映画ができたそうだ。「封切」だと言っておられた。この封切って言葉は、最近聞かない。なつかしい言葉だ。
江戸時代に貸本の初めての公開を「封切」といったそうだ。これから来たとか。

イラストの続きを描く。ちょい飽き気味。

これでもかーーーーーって感じ。